女のコを好きになる。
そんなことが自分の身に起こる日が来るなんて思ってもいなかった。


試験期間中でもシッカリ組まれている特別メニューを乾先輩から貰ってから、慌てて待ち合わせ場所に走る。
名前も知らない花が咲いた木の下で、は俺を待っていた。


思わず声をかけるのも忘れて、ぼんやりと彼女を見ていた。


透けるような白い肌にピンクの頬と唇。
ああ、咲いてる花も白地にピンクでと同じだ。



綺麗・・・だ。



思ってから、ハッとして周囲に目を走らせた。
思いっきり彼女に見惚れていたのを誰かに見られたのではと焦ったが、幸い人はいなかった。


ホッとして息を吸う。


そう、大切な彼女の名前を呼ぶために。










          
恋は、あせらず。2










俺たちが付き合い始めたキッカケはバレンタインデーだった。


毎年毎年テニス部のレギュラーには呆れるぐらいチョコレートが来る。
不二先輩や菊丸先輩なんかは店が開けそうなぐらいの量だ。


俺は昔から、んなもんには興味がないし欲しくもねぇ。
明らかな義理チョコまで嬉しがってる桃城を軽蔑しながら、俺は自分に近づこうとする女達を睨みで蹴散らすのが常だった。


だが、今年の俺は違っていた。
チョコなんかは食いたくもないが・・・チョコを作るであろう気になるヤツがいた。



アイツはどうするんだろう?



『調理部で手作りチョコケーキを作るんだよ』



そう言って、ニコニコと笑った顔が頭から離れない。


誰に渡すんだ?誰か・・・渡したいヤツがいるのか?
勝手に心が質問している。が、精神力で言葉を飲み込んだ。



放課後の部室で貰ったチョコの数をホワイトボードに正の字で書き始めた菊丸先輩を横目に、俺はイライラしていた。
別にアイツのチョコを待ってたわけじゃねぇ!と思いながらも、
今日一日まったく顔を見ることも叶わなかったのが腹立たしい。



アイツが作ったケーキは誰の手に渡ったんだ?



思ってしまっては『なんだってんだ。これじゃ嫉妬じゃねぇか!』と頭を抱える。
一人で悶々としていたら桃城の馬鹿野郎に
「なんだ?やっぱりチョコが欲しかったんだろ?やせ我慢せずに受けとりゃいいのに」などと言われ、
八つ当たりヨロシク喧嘩を売って買ってもらった。


桃城と取っ組み合いをしていたら目の前に白い箱が差し出された。
顔をあげれば逆光眼鏡の乾先輩だった。
また何か危険な食べ物だろうかと身構える俺に気づいた乾先輩が苦笑する。



「預かりモノだよ。可愛い小さなコ。ほら、調理部の・・・さんといったか。」



ドクンと心臓が鳴った。
俺の襟元を掴んでいた桃城がパッと手を離すと、すぐに立ち上がって膝の埃を払いはじめた。



「海堂に珍しく普通に話せる女のコだよね?あのコに渡して欲しいと頼まれた。
 部室の前で声をかけられずに困っていたから、ついお節介をしてしまったんだが・・・いけなかったな?
 ちなみに彼女は恥ずかしそうに頬を染めて走って帰ってしまったがね。」



差し出されている箱は、どう見てもケーキを入れる箱だ。
ということは、アイツが作ったチョコレートケーキが俺のもとに来たってコトなのか?
その意味をグルグル考えて動けない俺の前に伸びてきた手がケーキの箱に触れた。



「乾センパイ、海堂は女のコからのチョコは受け取らないんスよ。
 ということで、俺が貰って・・イテテテっ!コラッ、なにしやがるんだ!マムシっ」


「うるせぇ。お前にやるぐらいなら俺が貰う」



俺は桃城の手首を力で捩じ上げて、乾先輩の手からケーキの箱を奪うと急いで自分のロッカーに仕舞った。
そんな俺の姿を桃城と乾先輩が笑いながら見ているのに気づく余裕もなかったんだ。



どうやったら中のケーキが寄らない様に・・・且つ人には大事そうに持って帰っていると気づかれないよう家まで運ぶのか。
俺は部活中もひたすら考えていた。
結局は、さりげなくスポーツバッグの底に収め、周囲をシッカリと脱いだジャージで保護して、
衝撃を与えないよう慎重に歩いて帰るという作戦にした。



「おい、マムシ。今日はジャージで帰らないのか?珍しいな。」
「うるせぇ。今日は帰りに本屋に寄るから制服で帰るんだ。」


「へぇ〜。本屋ねぇ。」



どうでもいい事に目ざとい桃城が本気で嫌いだ。



「海堂、」
「なんだ?俺はお前と話すことなんかねぇぞっ」


「俺とは話さなくてもいいけどよ。女のコには、ちゃんとしろよ?じゃないとカワイソーだし。・・・男として、こうケジメっつうか」
「フン。お前に言われなくても、それぐらいは分かってる!余計なお世話だ」


「なら、いいけどよ。あと、素直にな。す・な・お!」
「うるせぇっ!」



桃城にパンチを食らわそうとしたら、ヤロウは軽々と避けて笑いやがった。



「分かってるならいいんだ。泣かせるなよ?」と。





大事に大事にニトログリセリンでも運んでる気持ちで家に持って帰った白い箱。
服を着替え、手を洗い、うがいもして、自分の机の前で三回深呼吸をしてから白い箱を開いた。


中から出てきたのは小さな丸いチョコレートケーキ。
粉雪みたな白い砂糖が綺麗だった。部屋には甘い香りが漂いはじめる。


一緒に小さなカード。
手のひらよりも小さなピンクの封筒に『海堂君へ』と女のコらしい文字が書かれていた。
指が自分の意思通りに動いてくれないのに苦労しながら、封筒を破らないよう慎重に封を開ける。


シンプルな白地にピンクの縁取りと花が描かれているカードを前にして、また三回深呼吸。
緊張に息を詰めながら中を開けば・・・



『 好きです 』



遠慮がちに書かれた小さな文字。
でも、とてつもなく大きな意味を持つ文字。



俺の右手が勝手にガッツポーズを作っているのに気づいたのは数分後だった。





あれからも素直になれねぇ俺は遠回りをした。
今思い出しても自己嫌悪だが・・・俺にとっては初めての感情でどうしていいのか分からなかったんだ。


けど、今。コイツは俺の隣で笑っている。



「それでね、タマを連れて獣医さんのとこに行ったの。」
「何だった?」


「食あたり。っていうか、食べすぎ?絶対、他所の家でもエサを貰ってるのよ。
 食いしん坊だからお腹いっぱいでも食べちゃうの。」
「主人に似たのかもしれないな。」


「ひどーい!私、そんなに食いしん坊じゃないよ?」



コイツの笑顔は可愛い。明るく降り注ぐ陽射しみたいだ。


俺はうまい会話をふってやる事も出来ない。
優しい言葉をかけてやるどころか、ついつい照れ隠しにキツイ言葉を言ってしまって落ち込むのなんか日常茶飯事だ。



『海堂君って怖くないの?』



他の女子達が噂しているのだって知っている。
なのに、コイツは笑って言うんだ。



『全然怖くないよ?とっても優しいの』って。


どっかネジが緩んでんのか?と思わないでもない。
けど・・・嬉しくないといったら嘘になる。



風が吹く。
肩までの柔らかそうなアイツの髪が揺れて、不意に甘いシャンプーの香りがした。



触れたい。



湧き上がる衝動に自分の感情が追いつかない。



好きだ。一回じゃ足りねぇ。好きだ。好きだ。



俺はが好きだ。



心の中だったら幾らでも言えるのに。





今日もまた、もっとが好きになった。




















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