恋はあせらず。 3
月に一度の全校集会。
校庭に全学年の生徒が集まり立ったまま話を聞く。
海堂君、どこかなぁ。
ニ年でクラスが変わってしまったから、すぐ隣に並ぶ男子の中に海堂君の姿はない。
背伸びしたり体を傾けたりしながら海堂君を探していたら、不意に背の高い男の子の後ろから彼の姿が現れた。
探していたくせに海堂君の姿を見てしまって一人焦る。
おまけにバッチリ目が合ってしまった。
ひえぇぇぇぇと、内心恥ずかしくて汗をダラダラ流していると彼の口が動いた。
何かを私に言っている。
なに?首をかしげると、眉間に皺を寄せた海堂君がゆっくりと口を動かしてくれた。
だ・い・じょ・う・ぶ・か? 『大丈夫か?』
あ・・・と思い当たって、うんうんと頭を立てに振った。
加えて両腕を持ち上げると力こぶを作るマネをして『元気、もりもり!』とジェスチャーしてみた。
その途端「、どこを向いている?」と、担任の先生に叱られてしまった。
す、すみません!と頭を下げて、その後に恐る恐る海堂君のほうを盗み見たら、
思いっきり呆れた顔した彼が溜息をついて『シッシッ』と犬を追い払うような仕草をした。
ショック!もう、こっちを見るなってことだ。
ガーンガーン・・・と落ち込みながらも、海堂君の『大丈夫か?』を思い出して、ちょっと復活する。
私が海堂君を好きになったキッカケ。
それは、去年の夏・・・7月の全校集会だった。
梅雨明けに一気に夏が来て、とにかく蒸し暑くて太陽がギラギラした中で始まった全校集会だった。
その前の週に夏風邪を引いて体調の悪かった私は、集会の途中から気分が悪かった。
あと少し。終わったら保健室に行こう。
そう思いながら何度も腕時計を確認しては溜息をついていた。
やっと先生方の長い話や生徒会からのお知らせなどが終わり、
解散の声がかかって歩き出そうと体を校舎側に向けた途端・・・激しい眩暈がした。
目の前があっという間に暗くなって、頭のすみで『倒れちゃう』とは思ったけど体がいう事をきかない。
その時、誰かの手が私の腕を掴んだ。
「おいっ、大丈夫か?」
「眩暈・・が・・・気持ち悪・・い」
「シッカリしろ!歩けるか?」
ぐらぐらする頭で目を開けたら、そこにはクラスで一番怖くて苦手だと思っていた海堂君の顔があった。
気分が悪いながらも怖くて、思わず大丈夫だと頷いたが足元がフラフラする。
吐き気がして口元を押さえて蹲れば、友達の「、大丈夫?」とかいう声が次々と頭の上に落ちてきた。
「ちっ、仕方ねぇな。」
海堂君の舌打ちを聞いて身をすくめた途端、背中を支えられ膝の後ろを持ち上げられた。
急に体勢が変わり驚く私の体は浮遊感と一緒に軽々と海堂君に持ち上げられたしまったのだ。
俗に言う『お姫様だっこ』というヤツだ。
「か、海堂君!」
「重いんだからバタバタ暴れるな。落とすぞ。」
「で、でも」
全校生徒が校舎に戻る人波の中で、私を抱いて保健室に向かう彼。
周囲の生徒が冷やかしの声をたてるたび、海堂君の鋭い視線が飛び彼らを黙らせた。
途中で気がついた先生方も来てくれたけれど「運ぶのは力のある海堂に任せたほうがいいな」などと言って、
結局保健室まで海堂君の抱っこで運んでもらった。
正直、私は気持ちが悪くて必死で吐き気を抑えていた。
恥ずかしかったけど、とてもじゃないけど歩ける状態ではなかったのだ。
保健室につくなり吐いてしまった私を保健の先生が介抱してくれて、
なにやかにやとバタバタしているうちに海堂君は消えてしまっていた。
お母さんに学校まで迎えに来てもらい、病院に行って点滴をしてもらって家に帰れば、すでに夕方。
やっと落ち着いた自分のベッドの中で、海堂君の事を思っては赤面したりドキドキしたりした。
重いと言いながらも軽々と私の体を抱き上げてくれた腕。彼の制服からはお日様の匂いがして温かかった。
歩きながら何度も「大丈夫か?」「もう少しだ」「しっかりしろ」と声をかけてくれてたの、ちゃんと聞こえてた。
海堂君って怖い人じゃなかったんだ。
それよりも・・・むしろ優しい人。
私、ろくにお礼も言わなかった。
学校に行ったら、ちゃんとお礼を言おう。
そんな事を繰り返し思って眠った。
「海堂君、あの・・・この前は保健室に運んでくれてありがとう。」
「あ、いや。気にするな。もういいのか?」
「うん。風邪をこじらせただけだから。」
「お前・・・」
「なに?」
「もっと食って体力つけたほうがいいぞ」
「え?」
「軽すぎて・・・ビックリした」
「う、嘘!海堂君、重いって!」
「な、なんだ?急に大きな声を出すな。」
「重いっていうから、私・・・ダイエットしようかと、」
「ダイエットだと?馬鹿か?お前、」
「馬鹿・・・」
「つまんねぇこと考えてるんじゃねぇ。もっと、太ったほうがいいって言ってるんだ!」
それが海堂君と面と向かって話した最初の会話だった。
いま思い出しても笑ってしまう、噛み合わない会話。
でも、海堂君は自分のカバンの中からバナナを一本出してきて私にくれたの。
バナナの栄養価と消化吸収の良さの説明も一緒に。
私はナンだか可笑しくてゲラゲラ笑ってしまった。
人って見かけによらないんだって。海堂君に対し、すぐに好感を持った。
海堂君、おはよう! ああ、(ちょっと驚いた顔)
海堂君、バイバイ! ああ、(またコイツかという顔)
海堂君、お弁当なんだ?スゴイ豪華ね。 ああ、(すこし自慢げな顔)
海堂君、部活頑張ってね! ああ、(気合の入った顔)
いつも『ああ、』しか言わない海堂君。
でも、表情の違いが分かって私は楽しかった。声をかけるたび心がウキウキした。
それが恋心になるのに時間はかからなかった。
彼がテニスコートに立つ姿を遠くから見つめるだけで胸がドキドキした。
お店で海堂君が巻いているのと同じ柄のバンダナを見つけると、つい買ってしまう。
調理部で作ったクッキーを渡したくて、でも渡せなくて。
どうしようかとチラチラ海堂君を見つめていたら「なんだ?言いたいことがあるならハッキリ言え!」と怒られて、
半泣きで紙ナプキンに包んだクッキーを差し出したこともあった。
海堂君は包みを開いてから「怒鳴って悪かった。貰っていいのか?」と小さく尋ねると、
丁寧にクッキーを包みなおし自分のカバンに仕舞ってくれた。
雨の日に傘を持たない海堂君に勇気を振り絞って差し出した、赤い折り畳み傘。
赤い傘なんか差せねぇと断わられ、ショックで笑えなかった私。
「お前、他に傘持ってないんだろ。俺は鍛えてあるから濡れても大丈夫だ。」
そうボソボソと言って雨の中を走り去った海堂君の背中が涙に滲んだ日もあった。
ぶっきら棒だけど。
ニッコリとは笑ってくれないけれど。
言葉だって飾りも何もなくて怒ってるみたいだけど。
本当は、とっても色々な事が分かっていて優しい人。
それが私の好きになった海堂君。
調理室の鍵を職員室に戻しに行っていたら後ろから名前を呼ばれた。
振り返ればテニス部のレギュラージャージを着込んだ桃城君が笑っている。
「おっ、今日はカップケーキか。な、な、一個!」
人懐っこい桃城君は私の抱えた透明の袋から覗くカップケーキを見つけて満面の笑みを見せる。
綺麗に出来た分は海堂君用に別にのけてあったから、私は1個を袋から出して桃城君に渡した。
桃城君ときたら、その場でパクリと大口を開けて食べてしまう。
「ちょっと、桃城君!ポロポロ落ちてるって」
「いやぁ〜うめぇ〜。ちぇっ、マムシの野郎、いつもこんなウメェもの食ってやがるのか、」
「美味しい?良かった!」
「なんだよ、マムシもウマイウマイって食ってるだろ?」
からからうような桃城君に赤面しながら首を横に振る。
「海堂君、何も言わないから。でも、必ず受け取ってくれるから食べてくれてると思う。」
「はぁ?なんだそれ。、そんなんでいいのか?」
「ちょっと寂しいときもあるけど・・忙しそうだし。一緒に何かを食べるなんて時間もないの。
それに、海堂君はテレやさんだから。」
桃城君は食べかけのカップケーキを手に真顔で私をジッと見下ろしてきた。
すこし瞳を細めると、ヨシッと息を吐く。
「さ、中庭のベンチに座って待ってな。俺が海堂の野郎を連れてきてやるから。」
「でも、」
「なに、もう部活自体は終わってるんだ。だから俺も机ん中に忘れてきた教科書を取りに来たんだしな。
あとはアイツのことだから乾先輩と特別練習をするんだろうけど、カップケーキ一個ぐらい食う時間はあるさ。
だから、中庭で待ってな!」
でも、でも・・・って、躊躇う私の肩をポンと叩くと桃城君はニコッて笑う。
「海堂のこと分かって付き合ってやれるのなんてぐらいだからさ。アイツも、もうちょっと大事にしねぇとな。
それに・・・海堂を頼むってにお願いしちまったし、俺も責任とらねぇとな。」
桃城君は「任せとけ」と元気に言って走っていってしまった。
私は海堂君のために焼いたカップケーキの袋を鞄から出して胸に抱きしめた。
温かく甘い香りに胸がキュンと音を立てた。
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