恋はあせらず。 4










今日は調理部でカップケーキを作ると言っていた
きっと、明日には俺の手元にカップケーキが届けられるだろう。
恥ずかしそうに渡される紙袋。
いつも眩しくて目が合わせられないくらい可愛い顔してやがるんだ。


本当はその場で食べてやった方がアイツは喜ぶのかもしれない。
だが、の前で食ってしまったら・・・あの顔を見られちまう。


俺は家に帰ると手洗いも着替えも全部済ませ、呼吸も整えてからアイツからの差し入れを開く。
クッキーだったり、シュークリームだったり、その時々によって違う手作りのお菓子。
他に必ず毎回小さなカードが入っていて、それは密かな俺の楽しみだ。



『部活、頑張ってね』
『今度の試合、応援に行くね』
『昨日は送ってくれてありがとう』



たった一行でも、アイツの笑顔が浮かんでくるような気がする。
カードを読んだら机の中の小箱に大切に仕舞う。


それから手を合わせ「いただきます」と口に出して言ってから、手作りの菓子を食べるんだ。
手作りだから甘すぎない。
少々形が整ってないのが、いかにも手作りっぽくて好きだ。
全てにの手がかかっている。



「いつもね、海堂君のこと考えながら作るのよ。喜んでくれるかなぁって。」



なんの躊躇いもなく笑って話してくれた
俺はあまりにストレートな言葉に頭が沸騰してしまって「そうか」と返すのが精一杯だった。
後で「ありがとう」と返すべきだったのか、いや「嬉しい」と言うべきだったのかと頭を悩ませた。


口の中に広がる甘さに勝手に頬が弛緩してくる。
きっと他から見たらデレデレした顔をしているに違いない。


本当はいつも言いたいんだ。



「お前の作るものはウマイ。大好きだ。こうやって作ってくれるのも嬉しい。」



メールなら言えるかもと慣れない操作をして思ったままを文章にしたこともある。
だいたい携帯のメールは押すのが面倒で大嫌いだから、ほんの数行に一時間近くかかってしまった。
で、出来た文章を読み直して・・・あまりの恥ずかしさに速攻で消去した。


駄目だ。俺のガラじゃねぇ。
何故か汗ばむ手のひらに携帯を握り締め落ち込んだのは、つい先日だった。



は俺の事をどう思っているんだろう。



優しい言葉もかけてやれない。
電話なんか緊張してかけられない。かけても用件だけで切ってしまう俺。
メールだって苦手で業務連絡みたいなもんだ。
クラスが違うから、いつもいつも会えるわけじゃない。
女のクラスにノコノコ出向ける俺じゃないし、いつもが来るのを待っている。
テニス最優先の生活だから帰りも送ってやれないし、デートなんかろくにしたこともない。


アイツ、嫌にならないんだろうか。
時々思う。そのうち嫌われるんじゃないか?


それはイヤだ。
俺はが好きだから。
具合が悪くて倒れたを抱き上げて保健室に運んだ日から・・・いや違う。
同じクラスになった日から、目についたのがアイツだったんだ。


俺の斜め前の席で友達と笑っていたに目が留まって。
それから気になって視界の隅にアイツをおさめていた。
だからこそ、あの全校集会で具合が悪そうにしているに気づく事が出来たんだ。


具合が悪いんじゃないかと声をかけるか迷っているうちに、ふらついた彼女の体。
咄嗟に掴んだ腕の細さに驚いた。そして、抱き上げた体の軽さと柔らかさにも。
壊しちまうんじゃないかと本気で心配しながら保健室まで運んだんだ。


あれからアイツと話せるようになっていって・・・毎日の学校が何倍も楽しくなった。
どんどん好きになって。でも、こんな俺だから上手く言えなくて。



でも、アイツから気持ちを打ち明けてくれて。
なんとかホワイトデーに俺の気持ちも打ち明けて。これもまた、大変だったが。


やっと今の俺たちがいる。
嫌われたくない。離したくない。ずっと傍にいて欲しい。


なら、俺も努力するしかねぇ。
分かっているが・・・難しい。こればっかりは、乾先輩にも聞けないし。


溜息ばかりが増える毎日だ。










乾先輩に今日の特別メニューの説明を受けていたら、騒がしい桃城が部室に戻ってきた。
宿題の教科書を教室に忘れてきたという馬鹿野郎だ。
置き勉してんじゃねぇよ。


その桃城が部室に入ってくるなり俺の名前を呼び「ちょっと付き合え」と言う。



「十分。いや、五分でいいんだよ。ちょっと、俺に付き合えって。乾センパイ、いいっスか?」
「いいよ。俺は手塚とも相談することがあるから、どっちにしろ海堂との練習はその後になる。」


「だとよ。ほら、マムシ。ちょっと、来いって。」



桃城の野郎は勝手に俺の腕を引き強引に外へと連れ出す。
なんだ?殴り合いでもしたいのか?と睨みつければ、意外な言葉が発せられた。



「中庭でカップケーキとが待ってるから行ってやれ。あと、一個ぐらいはその場で食ってやれよ。
 で、ちゃんと『ウマイ』っていってやらねぇとな。じゃねぇと、つくり甲斐がないっつうの。」



俺は桃城の腕を振り払った。
なんだ、それは?なんで、お前がそんな分かったような事いってるんだ?



「おいっ、海堂」
「お前にンなこと言われる筋合いはねぇ」


「なにカッコつけてんだよ。気持ちってのは、言葉にしないと相手には通じないんだぜ?
 彼女、お前のために一生懸命作ってんだろ?俺も一個お裾分けしてもらったけど、めちゃウマかったし」



カッとした。の作ったものをお前が食ったのか?
は俺が目の前で作ったものを食べてくれないと、桃城に相談したって言うのか?
俺じゃなく、コイツに?なんでだ!



「とにかく待ってるから行ってやれって。お前のことだからデートにだって誘ってねぇんだろ。
 ちっとは大事にしてやらねぇと愛想尽かされちまうぜ?」


「なんだとッ」



気づいたときには桃城の襟元を掴んで締め上げていた。
無性に腹が立って、どうしようもなかった。怒りが体の底から湧いてくるようだ。



「なにすんだっ、マムシ!」
「お前なんかに何が分かる?俺の何が分かるってんだっ」


「ふん、分かるぜ。本当はのことが好きで好きでたまんねぇくせに、つまらねぇ男のプライドとかで優しくできねぇんだろ。
 そういうの、馬鹿っていうんだぜ!馬鹿っ!」


「うるさいっ!俺にはテニスが一番だ!邪魔をするならアイツはいらねぇっ!」



言葉を発した途端、桃城の右ストレートが飛んできた。
避けたが顎に当たって体が後退する。口の中に広がる鉄の味に体中の血液が頭に上った。


その時、桃城が俺の後ろを見て「あ、」と声にならない声をあげた。
反射的に振り返った俺。



それはスローモーションのように見えた。


の手から紙袋が滑り落ちて、一個のカップケーキが芝生の上に転がり出る。
震える指を唇に当てたの瞳にみるみる涙が盛り上がっていって、一粒こぼれた。



『ゴメンナサイ』の小さな声と一緒に。



走り去る小さな背中を前に、俺は頭も何も真っ白になって立ち尽くしていた。
桃城が俺の肩を掴み叫ぶ。



「馬鹿!なにボケーっと突っ立ってるんだ!追えよっ!コラッ、海堂っ!」



背中を突かれ、ニ・三歩よろけるように前へつんのめる。
俺は何を言った?体も頭も、言うことききゃしない。



「行けよ!ガッチリ捕まえなきゃ、お前・・・失くしちまうんだぞっ!海堂、聞いてるのか?オイッ」



失くす・・・を・・・失くす?
あの・・笑顔を?俺を呼ぶ・・・声も?



「クソッ」



俺は転がるカップケーキを拾い紙袋に突っ込むと後ろを振り返った。
桃城を睨みつけて、どうしても言っておきたい事がある。



「テメェ、の作ったものを二度と食うなよ!絶対に、だっ!あと、乾先輩に謝っといてくれ!」



呆気にとられた間抜け面の桃城を置いて走り出す。
背中から「ヤキモチ焼きは嫌われるぞ〜」と笑いを含んだ声が聞こえてきたが無視した。





あとは、アイツを捕まえるだけだ。



















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