どうしようもないほどに 4











観月に電話するのには勇気がいる。
ルドルフにいた時の方が、もっと簡単に電話できた。


二人が友達と恋人の境界に足を踏み込んでから、私から観月の携帯に電話することは滅多になくなった。
かなり重要な用事でもない限り電話しない。
どうしましたと冷たく聞かれた時に言葉を失うことが怖いからだ。


周囲に人がいる時の観月の声は冷たい。
一度だけ指摘したら『だって恥ずかしいじゃないですか』と言われた。
恥ずかしいの意味が分からなかったけれど、聞き返す気力など残っていない。
とにかく人のいる前で私と話すことが恥ずかしいのだという事だけは分かった。



それでも今夜は観月の声が聞きたかった。
随分と聞いていない声。


先週のこと、ニューヨークにいるからと短いメールが来たきりだ。



今もニューヨークにいるのか、それとも帰国しているのかは分からない。
アメリカなら時差もあるし、日本時間で考えれば仕事中かもしれない。
どこに合せて電話していいのか分からず迷い、ひとまずは電話をしても良いかとメールを送ってみた。


すると暫くして、見たこともない番号がディスプレイに浮かび上がった。
おそるおそる電話を取れば、微妙な沈黙の後に懐かしい声が私の名前を呼んだ。



?どうしました?』



硬い観月の声。
誰かが傍にいるんだろうか。



「電話かけてきてくれたんだ、ありがとう。あの・・・、時間ある?」
『まだニューヨークなんですけど。』


「え?じゃあ、今そっちは」
『深夜ですよ。』


「ご、ごめん。後でかけ直す。」
『いいですよ。で、何です?あなたが電話してくるなんて珍しいから。』



観月の声が僅かに気遣う様子を見せて、私は少しだけ肩の力を抜いた。
その時だ、受話器の向こうから観月を呼ぶ声がした。



 はじめ、と。



女性の声。
観月が不自然に息を止めた気配がする。


ドクンと耳の奥で鼓動が跳ね、背中に氷が滑り落ちていくような感じがした。
頭が真っ白になり、次には喉の奥が熱くなる。
息を細く吸い、喉にこみあげる全てを堰き止めた。


観月は口元を手で覆い、共に居る誰かに何か言っているのだろう。
こもった音の向こうで流暢な英語が紡がれている。



、すみません。やっぱり後で』


「も、いいよ。たいしたことないんだ。元気かなと思っただけ。」
『あなたがそんなことで電話してくるはずないでしょう?』


「えーっとね、実家からミカンが送られてきて。あんまり多いから観月に分けようかと思っただけ。
 でもニューヨークじゃ、ミカンもないね。ゴメン、寝てるの邪魔して。」



作り話じゃない。だけど既に職場の皆に分けてしまって、ミカンは残っていないけど。



『僕は寝てませんよ。こっちに来てからトラブル続きで、今もオフィスなんです。』
「そう・・・大変ね。」


『本当に大変なんです。もう暫くは帰れそうにないし。』
「そう。」


、聞いてますか?』



重ねる観月の声が心を素通りしていく。
観月の言葉が真実でも、嘘でも、どちらでもいい。





もう・・・疲れた。





「観月、バイバイ。」
?』


「私、観月を卒業する。」



観月が息をのむ気配がした。
一矢報いたような気持ちになって、私は口元を笑顔で歪めた。
なのに瞳からは温かい雫がこぼれ落ちてくる。


ああ、長かったな。
もっと早くに泣いておけば楽になれたのに。



「もう十年以上・・・どうしようもないほど好きだった。
 でもね、嫌いでもあった。好きだから、好きになって貰えないのが嫌いだった。」


『それは違うっ』


「観月のものは部屋に送っとくね。」


『待って。、僕の話を』





電話を切った。
間髪いれずに再び電話が鳴る。


だけど私が電話に出ることはなかった。



その日のうちに観月が少しずつ増やしていった荷物をダンボールに詰めた。
小さな箱ですむと思ったのに、全てを詰めようと思ったら入りきらなくて箱を変えた。


観月と出会って十二年。
友達以上の関係になって六年。



よくよく考えれば、初めて私は観月に好きだと言葉にした。
観月には時々『好きですよ』と囁かれたけれど、それは寝物語のようなもの。
普段の観月が目も逸らさずに告げてくれたことはなかった。


そう片桐先生のように真っ直ぐには。










「すみません。」



深々と頭を下げた私に片桐先生は温かそうな大きな手を振って困ったように笑った。



「頭をあげて。本当に、お願いだから。」
「でも、」


「真剣に考えてくれたんだね。ありがとう。
 もういいよ。君に謝られると俺が辛いから。」



私を想ってくれた人は優しい人だった。
心の隙間を埋めるのに利用するには、
あまりに温かく綺麗な心を持った人だと思ったから私は差し出された手を取らない。



「ありがとうございます。」



心からお礼を言った。
こんな私を好きになってくれて、ありがとうございました。
あなたのような人に好きになって貰える自分が少しだけ誇らしく思える。



だから大丈夫。
観月がいなくても大丈夫。




















どうしようもないほどに 4 

2008/01/07




















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