ふたり 10
3年生のクラス替え。
中学に入って初めて、景吾とは同じクラスになった。
景吾は掲示板の紙を見つめながら、ふ・・・と口もとを緩め。
は、その後ろから景吾の背中を視界に入れつつ、溜息をついた。
その二人の背中を見つめながら、忍足がニンマリしていたのには誰も気付いていない。
新しいクラスに入る。
の友達も何人か同じクラスになれた。
ひとりの机に集まって話していたら、後ろから明るい声がかけられる。
「ちゃん、同じクラスやなぁ。よろしゅう!」
「えっ、忍足君も一緒なの?」
がっくり。俺の名前は見てなかったんかいっっっっ
心の中でぼやきつつも、笑顔を絶やさずに手を差し出す。
素直なも、つい忍足につられて手を出した。
それっとばかりに、がっしり手を握った忍足はニコニコしながら握手した手を離さない。
「お・・・忍足君、あの////」
「ちゃんの手、ちっちゃくて可愛いなぁ」
の友達も唖然として忍足を見つめていた、その時。
「忍足っ!話があるっ、こっちに来いっ!」
「痛っ」
不機嫌な顔の景吾が、後ろから忍足の耳を引張っていた。
「景・・・」
つい呼んでしまった。
しかし景吾がキッと睨むから、慌てて口をつぐんだ。
「おらっ、忍足。行くぞっ」
それだけ言うと、の方は見向きもせずに背を向ける。
まるで『お前なんか知らない』と言われているようで、はショックを受けていた。
なのに周囲の友達は『ねぇねぇ、忍足君と友達なの?』と興味津々で聞いてくる。
は、キュッと唇を噛んで俯いた。そうしないと、泣いてしまいそうだった。
景吾に首根っこを掴まれて歩く忍足は、振り向いて辛そうなを見た。
まったく、跡部はアホやなぁ。どうしようかな?横恋慕もええけど。さて?
「なぁ、跡部。」
「なんだっ?」
「さっきの。ちゃん、傷ついた顔してたで?
守りたいんは分かるけど。大事な子を傷つけてしもうたら意味ないんと違うか?」
「なに?」
忍足を掴んでいた景吾の手が離れる。
引っ張られたブレザーの襟元をなおしながら、忍足は食えない笑顔を浮かべた。
その夜。遅くになって景吾から電話があった。
『。学校では・・・俺のことを景ちゃんって呼ぶな。苗字で呼べよ。』
「っ!」
携帯を握っている手が震えた。思わず片手で口を覆い、は言葉をなくす。
そんな彼女の足元で、チョビが無邪気にじゃれていた。
『?』
「・・・ごめんなさい。もう・・・呼ばない。」
『馬鹿。何を謝ってんだ?これはな、お前を守るためだ。』
「私を守る?」
『お前と俺が親しいと知ったら、バカな女達がお前にちょっかいださねぇともかぎらねぇだろ?
だから、お前と俺は・・・学校では話さないほうがいいんだ。分かるな?』
「・・・うん。」
景ちゃんは、学校でも有名人だもんね。
ファンクラブもあるくらい・・・人気があるんだもんね?
『。勘違いするなよ。お前を守りたくて言ってることだ。学校以外では今まで通りでいいから。』
「うん。・・・分かった。」
景吾は、の返事にホッとした。
電話は顔が見えないから。
今・・・電話の向こうで、がどんなに傷ついた顔をしているのか景吾には分からない。
じゃあ。と、電話を切って。
早速、明日からの練習メニューのチェックに入った。
「跡部君。・・・跡部君。」
チョビを膝に抱き、は跡部と呼ぶ練習をしていた。
『お前。あいつらの名前、ちゃん付けで呼ぶの止めろ。』
『なんで?』
『・・・なんで、でもだ。3年生にもなって、男にちゃん付けは、ないだろ。』
『じゃあ、景ちゃんも駄目なの?』
『俺様は、別だ。』
『なんで、景ちゃんは別なの?』
『いいんだよ。俺がいいって言ってんだから、いいんだっ。分かったか!』
『ふーん。分かった』
『景ちゃん!』
『なんだ?。』
小学生のとき。遠足に行った時だったかに交わされた会話。
『俺様は、別だ』
そう。ちゃん付けの呼び名は、ふたりにとって特別だった。
景ちゃん・・・と呼ぶのは。の知る限り、誰もいない。
大切な呼び名だった。
はチョビの体に顔を埋めた。その頬に、涙が流れる。
私を守るためだって言ったじゃない?
嫌われたり・・・いやがられてるんじゃないよね?
でも・・・でも・・・悲しいよ、辛いよ。胸が苦しいよ。
景ちゃん。景ちゃんが、どんどん遠くなるよ。
チョビが身をよじって主人の頬を舐める。
泣かないで?声が聞こえてきそうなほど。
チョビは、ずっとの頬を舐めたり、鼻を擦り付けて慰めた。
翌日から、同じクラスで過ごしながら言葉も交わさない日々が続く。
恋を知ったは、花が開いていくように美しく変化していく。
性格的には目立たなくても。清楚な美しさは、男の子達の目を引いていた。
「さ、おとなしいけど綺麗だよな。」
「笑うと可愛いぜ?彼氏いないみたいだけど?」
そんな言葉を耳にするたび、景吾の眉間に皺が増えていく。
今も図書委員のヤロウに話しかけられて、穏やかに答えている彼女を見てイライラしている。
図書の貸し出しカードを配るらしい。も立ち上がって、ヤロウからカードを受け取った。
一枚一枚、名前を呼んで配っていく。
からカードを受け取る男共の顔がやけに嬉しそうに見えて、景吾は更に不機嫌になった。
「・・・跡部君。」
に呼ばれた。
初めて呼ばれた「跡部君」という響きに、
景吾は自分が思っていた以上に違和感を感じて驚いた。
「跡部君?」
「・・・ああ。」
の手からカードを受け取る。
景吾は思わず彼女の顔を見つめたが、は目もあわせず直ぐに次の名前を呼んでいった。
なんだ?この感じ?
が、遠く感じる。名前の呼び方ひとつで。アイツが目を合わせない、それだけで。
何で、こんなに胸が苦しい?
心に穴があいちまった感じだ。
じっと、の背中を見つめながら。景吾は痛みに耐える。
その同じ痛みを、が感じていることも知らず。
跡部君・・・と。練習したように言えた事に、は安堵しながらカードを配り終えた。
けれど、やっぱり胸は痛くて。とてもじゃないが、景吾の顔は見られなかった。
「ただいま。」
「お姉様。ちょっと、ちょっと。」
重い足取りで家に帰れば、弟が手招きする。
を自分の部屋に招きいれ、こっそりと教えてくれた内容は。
「姉様に、こりもせず縁談があるらしいよ?」
「縁談?まさか。」
「ホントだってば。お父様がお爺様と話してるのを聞いたんだもん。」
「どこで?」
「昨夜の創立記念パーティー。」
まったく。この弟ときたら、どっかのスパイ並に情報を仕入れてくるのが早い。
子供だと思って油断するから、ついつい彼がいても大事なことをしゃべってしまうのだろう。
「・・・そっか。」
「え?姉様、それだけ?」
この前の見合いの後、すっかりヘソを曲げてしまった姉を知っている弟にとっては
意外な反応だった。
「仕方ないよ。の家に生まれたんだから。」
「え・・・本気?僕はいいよ?姉様がずーっとお嫁に行かなくても、僕が大事にしてあげるし。」
「ふふふ。ありがとう。」
「本気だよっ」
「うん。」
なんでこんな笑い方するんだろ?なんか・・・変だ。
弟は、儚い笑顔を見せる大好きな姉を不思議な思いで見ていた。
弟の部屋を出て、とぼとぼと自分の部屋に戻った。
縁談・・・か。
友達に言っても信じてもらえないような話だよね。
でも。親に決められた家にお嫁に行ったお姉さんを何人も知っている。
決められた人のもとにお嫁に行くと思えば、この恋心も諦められるかな?
諦めないと。
いつか・・・私の想いが、景ちゃんを苦しめることになるかもしれない。
景ちゃん、優しいから。
私の気持ちを知ったら、きっと傷つけまいとするだろう。
の溜息は、ただ増えていくばかりだった。
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