ふたり 9







あの夜から。


の心は揺れて、いつもさざ波が寄せているような不安定な状態に陥ってしまった。





景吾の気持ちが量れない。


あれは、幼馴染に向ける愛情?それとも・・・でも・・・まさか?





景吾の指が優しく髪を梳いていく感触。


背中から抱きしめられたぬくもり。


髪に口づけられた柔らかい仕草。






その意味がわからなくて、は困惑する。










迷いは、景吾を避ける・・・という行動になった。


電話がかかってきても、もっともらしい理由をつけて断わった。


メールには当たり障りのない返事を返す。


跡部家に出入りするときは、景吾がいない時間を狙っていく。


それでいて、学校では景吾の姿を探していた。探さずにはいられなかった。


クラスが離れているうえに階が違っている。


だから遠くから景吾の姿を探した。





廊下を宍戸たちと歩いている姿を柱の影から盗み見て。


体育の時間は窓から景吾の姿を探して自然と微笑んだ。


放課後はしばらく教室からテニスコートを見つめる。


マメの様に見える小さい部員達でも、景吾はすぐに分かった。





見ているだけで胸がドキドキする。切なくて、泣き出しそうになるくらい好き。





こんなに強い感情、手塚には感じなかった。





これが本当に人を好きになるということなんだ。





そう知って、一層・・・心が切なくなった。





どうすればいいの?もうどうしていいのか分からない。





は一人で、恋の涙を零した。










肝心の景吾は。遊んでいるようで女心に疎かった。


忍足のほうがよっぽど器用で、の心を見抜いている。





まあ、第三者のほうが見えやすいんかもな。





内心で思いつつ。さて、どうしたものか?と頭を捻っている氷帝の曲者であった。










のことが気になりながらも、景吾の機嫌は良かった。


昨日、1ヶ月ぶりに夕飯を共にした両親から朗報を貰ったからだ。





家からは考えさせて欲しいと返事を貰った。だが・・・感触としては乗り気のようだったぞ。』



さんも娘のさんには甘いみたいね。

 家のため・・・というよりは幸せになれる結婚をさせたいと望んでいらっしゃるようだったわ。』



『ありがとうございます。』





両親に頭を下げた。自然と顔が緩んでいたらしい。


景吾の顔を見て、両親も表情を緩めた。





『ちょっと決めるには早すぎると思ったんだけど。

 あなたがそんなに嬉しそうな顔をするのなら・・・それもいいでしょう。』



『だが、一度決めてしまったら。嫌になった・・・などと簡単には破棄できないぞ?』



『心配はありません。俺は・・・と決めてます。』





はっきりと景吾は告げた。


昔の武将なら戦にも出て、妻を娶っている年齢だ。


、と決めたら彼女が欲しい。将来も、跡部財閥を継ぐ。





景吾の進む道は、おのずと先まで決まっている。





ならば自分らしく。堂々と、更に上を目指すだけだ。





そして、その隣には。絶対、が必要だった。










「跡部、予選に出すメンバーは組んだか?」


「はい。少し、レギュラーに組み込めそうな1年生を試したいと思っています。」


「うむ。誰を入れるつもりだ?」





少し飛んでいた思考は、監督に現実へと引き戻された。


春から始まる大会。なんとしても全国へ行く。そして、頂点を目指す。


それに全力を注ぐ景吾だった。















バレンタインデー。


いつもと同じように手作りのチョコケーキを作って、昼間のうちに景吾の家に置いてきた。


夜は両親とバイオリンのコンサートを見に行って、帰ってきたのは遅かった。





「景吾様からお電話がございましたよ。」





付きのメイドに報告されて目を伏せる。


予想通りだ。部屋に戻って開いた携帯。マナーモードを解除して留守番電話を聞く。





『俺だ。ケーキ、旨かった。紅茶入れに来なかったんだな。

 今度は、ちゃんと直接俺に持って来いよ。じゃないと礼も直接言えねぇだろ?

 はあ・・・まっ、とにかく風邪ひくなよ。じゃあな。』





耳に響く景吾の声。また、再生する。終わったら、また再生。


繰り返し景吾の声を聞きながら、は夜空に浮かぶ月を見上げていた。















景吾の3月は更に忙しくなってきた。


部員が多いと揉め事も多い。


1年のレギュラーをやっかんでの嫌がらせが起こったりして部内も落ち着かなかった。





実力主義の景吾は、負け犬のコソコソした嫌がらせを心底嫌う。





「1年で解決させたらええねん。」





とやる気のない副部長に舌打ちして、自ら解決に乗り出した。





景吾の時間はドンドン削られていく。


を充電するヒマもない。自分の睡眠さえ削られているのだ。


それでも、テニスも勉強も手は抜かない。


それが、跡部の御曹司として育ってきた景吾の生き方だった。





ホワイトデーも何とかしてやりたかったのに、そんな時間もなかった。


前日に手配して、ピンクのバラとホテルのホワイトチョコケーキをセットしにして家に送った。





ちっ。直接渡す時間もねぇ。





イライラしながらも、ピンクのバラは『ブライダルピンク』を選んだ。


柔らかなピンクの花びらイメージに合ったのと。ブライダル・・・に意味を込めた。


鈍感なに伝わるわけもないと・・・苦笑しながら。










その日の夜。


帰ったら部屋にカードが置かれてあった。


それには一輪のブライダルピンクが添えられてある。





開けば・・・





『景ちゃん。ステキなお花。ありがとう。びっくりしたよ。

 バケツごと買ったんじゃないの?っていうぐらい沢山だったんだもの。

 ケーキも美味しかったよ。お母さんとメイドさん達とも一緒に食べたの。

 お茶会になっちゃった。

 忙しいんだよね?あんまり無理しないで?景ちゃんさ、何でも一人でしちゃうから。

 体・・・大事にしてね。ありがとう。』





ばーか。バケツごと買ったに決まってんだろ?


忙しい。無理・・・してないといえば嘘になる。


そうだな。人に頼るのって・・・俺にはできねぇんだよ。そういう性分だ。


俺の体を心配してくれるんだったら・・・俺に触れさせろよ。


お前を抱きしめたら元気になれんだよ。





何度も何度も、の書いた文字を目で追って。


その言葉に心の中で返事をしていく。





会いたい。


笑顔が見たい。


俺の名を呼ぶ声が聞きたい。


抱きしめたい。


キスしたい。





。こんなにもお前が好きだ。





自分でも純情すぎて笑っちまうくらい・・・お前が好きだ。





お前、分かってるか?





いいさ。頂点を取ったら。その時だ。





その時は全力でお前を攫いに行く。





とにかく今は。目の前にあるものを片付けていくしかねぇ。





この跡部景吾が、氷帝を全国へ連れて行く。





今は。それだ。










のカードを握り締め、景吾は夜空を見上げた。





明るい都会の空に輝くのは、強い光りを持った星だけだ。





その星に。景吾は自分を重ねるのだった。



















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