ふたり 3 










「てめえ・・・」



低い、景吾の声が部室に響く。



「なんてな。彼女より先に、レギュラー掴まんとなぁ。
 レギュラーになったら、ちゃんともお付き合いしょうかなぁ。」



忍足は、ケラケラっと笑って席を立った。
何事もなかった顔で、ロッカーを開けて着替え始める。


景吾が、その背中を睨みつけていた。
亮も慌てて、席を立ち、誰よりも早くダッシュッで、着替えて部室を飛び出した。



「あー。怖かった。」



亮のつぶやきが、夕闇のグラウンドに溶けていった。


その日から、「忍足侑士」は要注意人物として景吾のリスト、トップに載せられた。
が、思わぬ伏兵がいることなど・・・その時は知る由もない。










1年生が参加する「新人戦」が始まった。
既に1年レギュラーの景吾は、2.3年生に混じって試合に出ていたが、
他の1年生にとっては、大きな大会デビュー戦になる。


も、テニス部の応援に出かけていった。
そこに、出会いがあった。



とろい、。広い会場で、早速の迷子になっていた。



「どうしよう。氷帝って、どこで試合してるのかなぁ。」



キョロキョロしながら歩いていたら、誰かにぶつかった。
小さなは、そのまま後ろに尻餅をついてしまった。



「あ・・・イタ・・・」
「すまない。大丈夫か。」



落ち着いた声が、頭上から聞こえてきた。目の前に、差し出されているのは大きな手。



「いえ。私もよそ見してて。すみません。痛っ」



立ち上がろうとしたら、腰が痛かった。思いっきり、コンクリートに腰を打ったらしい。
さっと、自分の手が掴まれた。そのまま、ゆっくりと引き上げられる。


温かい手だった。がっちりとした・・・男の人の手。
逆光で、良く見えなかった相手の顔が、徐々に明らかになる。


立ち上がりながら、は、ぼーっと、その相手の顔を見つめていた。
眼鏡が陽射しに反射して光っていた。
その反射が消えると、切れ長の綺麗な目が現れる。



「救護室があるが・・・。行こうか?」
「あっ、いえ。だ・・・大丈夫です。」

「いや。しかし、痛むのだろう?」
「でも・・・」

「手塚っ!」



手塚と呼ばれる人物が、振り向いた。後ろから、坊主の男の子が走ってきた。



「氷帝は12番コートだ。ん?どうした?」



気がつけば、手塚はの手を握ったままだった。
はっとした、ふたりは、慌てて手を離す。



は、動悸を抑えながら自分の胸で手を押さえる。



「いや。彼女にぶつかって、転んでしまったんだ。痛がってるから・・・。」
「ああ、あれ。君は、氷帝学園?制服が・・・。」



坊主君が、を見つめて言う。



「あ、はい。もう、試合・・・始まってますか?」
「これからだよ。で、手塚。どうする?」

「とにかく、教護室に連れて行く。大石、先に行ってくれ。」
「分かった。」

「あの、大丈夫ですから。」



慌てていう、に、手塚はふと・・・表情を和らげた。



「行こう。何かあったら、大変だ。」



二人は、救護室に向かった。
医師に見てもらうが、やはり単なる打撲で、湿布をしてもらって部屋を出る。


すると、救護室の前に手塚が立っていた。



「待ってて、くれたんですか?」
「怪我のほうは?」

「怪我なんて・・・ただの打撲です。心配をおかけして、すみませんでした。
 せっかく試合を見に来たのに・・・。」

「いや。いいんだ。見たい試合は、多分・・・最後の方に組まれているはずだ。
 行こう。氷帝の応援に来たんだろう?」



二人は並んで、12番コートに向かう。
は、今まで感じたことがないぐらい、心臓がドキドキして、まともに手塚が見られない。
でも、沈黙したまま歩くのも、つらくて・・・口を開いた。



「あの・・・。手塚・・・さんは、どちらの学校なんですか?」



黒い詰襟。ここら辺では、見かけない制服だ。けれど、凛とした手塚に、良く似合っていた。



「青春学園。都内にある。それに、俺は一年だ。敬語で喋らなくていい。」
「えっ!?一年!?年上かと・・・」



あまりな、の驚きように、手塚がため息をつきながら


「よく・・・間違われる。」 と、小さくつぶやいた。


可笑しくて、は笑った。
すると、少しだけ手塚が困った顔をして・・・それがまた可笑しくて笑った。


ポツポツと、話しをする。
手塚は、自分もテニス部で、氷帝に気になる選手がいて見に来たと言った。



誰だろ?景ちゃんかな?



そんなことを思いながら、手塚と歩く。
こっそりと、盗み見た手塚の横顔が格好よくて、思わず見惚れてしまった。


そうこうしているうちに、見慣れた氷帝の制服が見えてきた。黄色い声援が飛ぶ。
景吾がコートに入ったところだった。



「どうやら、間に合ったようだ。」



手塚のつぶやきに、彼の目的が景吾だったのを確信する。



「手塚、こっちだ!」



手塚の姿を見つけて、大石が声をかけてきた。


は、ペコッと頭を下げる。



「ありがとうございました。手塚君。」
「いや。じゃあ。」



手塚は、さらっと言って、に背を向けた。


その背中をじっと見送る。



手塚君・・・。



もう一度、心の中で名前を呼んだ。それだけで、心拍数が急激に上がる。





は、初恋をした。


の心に一大事が起こっている事も知らず。



「俺様の美技に酔いなっ!」



景吾は格下の相手を完膚なきまでに打ちのめしていた。










の様子がおかしいと気がついたのは、新人戦から随分たってからのことだった。
3年生も引退し、2年生と1年生で、新体制が作られたりと忙しかった。
忍足への牽制は怠っていなかったが、への目配りが足りていなかった。





「なあ、跡部。この前さ、に青学の手塚のことを聞かれたぜ。」
「なに?が、なんで手塚のことを知ってるんだ?」

「なんだったかな・・・ぶつかって、助けてもらったとか、言ってたぜ。」



亮は、軽い気持ちだった。が、手塚を知っていたのが不思議だったから。
聞いたことを、つい跡部に喋ってしまった。



「・・・・・。」



黙りこんだ跡部を見て、ヤバッと思ったが。もう、遅かった。



「宍戸。その話、詳しく話して貰おうじゃねぇか。ああん?」



結局、から聞いた話すべてを話し終わるまで、亮は解放されなかった。


すべてを聞きだした景吾は、何故か胸騒ぎがした。
すぐに携帯を手に取ると、を呼び出す。



「俺だ。お前、今晩うちに来い。分かったな。」
『ちょっと!明日は、英語のテストが』



ぶちっと切る。



なにが、英語のテストだ。俺様が一番だろうよっ。



いつになく慌てた様子で部室を後にする景吾。亮は、ぐったりとしていた。
そんな亮に、新たな魔の手が伸びてくる。



「なあ、宍戸。跡部、なんかあったんか?あの、イラつきようは・・・ちゃんがらみやろ?
 なあ、話してみい。」



亮は眩暈がした。
しかし、忍足の微笑みは目が笑ってなくて、とても逆らえなかった。









景吾は、いつもの帰宅時間より30分以上早く帰ってきた。



は?」



執事に荷物を渡しながら聞く。



「先ほど、いらっしゃいました。」
「そうか。」



寝ていたら、叩き起こしてやる。そう、思いながら自室に急ぐ。


ドアを開けたら、が不機嫌そうに振り向いた。



「景ちゃん。私、明日は英語のテストだって、言ったでしょ。」
「ふん。起きてたのか。」



景吾も、に負けない不機嫌な顔で、彼女の前に立った。



「お前、手塚の何が知りたいんだ?」



先制パンチだった。景吾から、思いもしない言葉をいきなり聞かれて。
手塚・・・という名前が耳から入ってきて、の心を掴むから。


あっという間に、の顔が真っ赤になった。耳まで、赤くして俯く姿に・・・景吾は愕然とした。



「お前・・・まさか、手塚が好きなのか?」



単刀直入の景吾だ。単に気が動転して、言葉が選べなかったのだが。


ぼっと、更に、の顔が赤くなる。
目を大きく見開いて、景吾を見る瞳は、こころなし潤んでいるように見えた。


もう・・・答えは聞かなくても分かる。景吾は、よりも勘が鋭い。
人の感情なども、見抜く力に長けていた。



くそ・・・手塚の野郎・・・。



「あっ、でも・・でも・・片想いなの。手塚君は、私の名前も知らないし・・・。
 それに、片想いっていっても、一回しか会ってないし・・・
 本当に好きになったのかも分かんないし・・・」



しどろもどろの、。はにかんで、恥ずかしそうに喋る彼女は・・・
景吾が初めて見る、女の「」だった。


腹の底から、怒りが湧いてきた。



ぶつかって、転んで、助けられたから・・・好きになっただと?
俺は何べん・・・お前がぶつかって、転んだとこを助けてやったと思ってるんだっ!
何故、俺に恋しないっ!



奥歯をギリっと噛み締める。


このまま、押し倒してやろうか。
悠長に、から『好き』と言わせようなどと、思った自分がバカだったのか?
いつまでも子供だと油断していたら、とんでもないところで恋なんかしやがって。
それも、相手は手塚だと? 


手塚の実力には、景吾も早くから目をつけていた。いずれ、ライバルになる相手だと思っていた。
しかし、それはテニスのこと。
のことまで、ライバルになる気などなかった。



「景ちゃん。なんか、苦しいの。手塚君のこと考えたら、胸がドキドキして。どうしよう。」



景吾の目が細められる。怒りは頂点を越えて、かえって冷静になってきた。





ここで無理矢理、を抱いても・・・こいつは俺を受け入れない。


弱いように見えて、コイツは、これっ、というところは曲げない強さがある。


どうするか・・・。


手塚は、どう思ってるんだ?見るからに堅物そうな奴だが。


とにかく、様子を見て、を諦めさせるのが得策だ。


ちっ。まったく、手のかかる女だ。


二度と、こんなことにならないよう・・・手塚を片付けたら、本気で落としてやる。





心に固く誓う景吾。





初めての恋が、目の前の人物に握りつぶされようとしているのも知らず、は景吾を見ていた。




















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