ふたり 6
『どうして勝手に帰ったんだ』と、電話してきた景吾に。
急に気分が悪くなったから・・・と苦しい言い訳をして逃げた、。
その日から。は、景吾との距離をとるようになった。
春からは、全国大会出場を目指し各地区で予選が始まる。
テニス部の練習は日々激しさを増し、レギュラー争いは熾烈を極める。
さすがの景吾も気は抜けない。
部活が終わると、クラブに向かい。更に打ち込む毎日になっていった。
当然。家に帰る時間も遅くなる。
勉強だって、手は抜けない。これで成績が下がったら、確実に部活は辞めさせられるだろう。
景吾の時間は、24時間でも足りないくらい忙しかった。
のことが気になりながらも、目の前にある・・・やるべきことを片付けていくしかなかった。
夏。全国大会の切符を掴んだ頃。
業者によるコート整備が入って、珍しく部活が早く終わった。
久しぶりに、との時間を過ごしたくて。景吾は、の家を目指していた。
さっきから、何度電話しても繋がらない携帯に、イライラしながら窓の外を見る。
見慣れた家並みが車窓を流れ始めて、ふと目をやった公園。
「おい。止まってくれ。」
運転手に声をかけた。
夕暮れの公園に、は犬を連れてポツンとベンチに座っていた。
ひとり、景吾のことを考えている。
自分にとっての景吾と。景吾にとっての自分。
いつも、自分を庇ってくれた。幼馴染というだけで、とても大切にしてもらったと思う。
一人っ子の景吾には、妹のような存在だったのだろう。
景吾が、傍にいるのが当たり前だった。
転べば、手を差し出してくれて。
泣けば、涙を拭いてくれて。
けれど・・・それが、ずっと続くものでないことに。今頃、気付いたのだ。
近い将来。自分に向けられていた優しさを、一身に受ける彼女ができるだろう。
ひょっとしたら、自分が知らないだけで。もう、いるのかもしれない。
その時には、もう・・・妹みたいな幼馴染は必要なくなる。
私・・・笑えるかな?景ちゃんの目を見て。ちゃんと、さよなら・・・できるかな?
必要とされなくなったとき。笑って『今まで、ありがとう。』って言いたいよ。
「っ。もう暗くなるのに・・・何やってんだっ!」
頭上から聞こえてきた声に、は心底驚いた。
顔を上げれば、さっきまで思い浮かべていた人、実物が立っている。
おまけに、めちゃくちゃ不機嫌そうな顔だ。
「景ちゃんこそ。こんなとこで何やってんの?」
チョビは、久しぶりの遊び相手に大興奮して、景吾の足にもむれついた。
「アレックス。落ち着けっ!ったくよ、もうちょっと躾しろっ。
お前が甘やかすから、いつまでたっても子供なんだよっ。ったく・・・ヨシヨシ。」
文句をいいながらも、汚れた足で甘えられるのも気にしないで、
チョビの頭を撫でる景吾に胸が温かくなる。
不思議な感覚だった。今までは、ただ景吾を見ていた。在るままに。
親しみや信頼は感じていたけれど。今、目の前にいる景吾を見る感情とは違う。
チョビの相手をしながら、飾らない笑顔を見せる景吾に胸がドキドキする。
チラ・・・と、自分に流す視線。あの景吾の瞳に自分が映ると思っただけで。
景吾が自分の名前を呼ぶだけで。
胸が苦しくて。それでいて、甘い切なさが体を覆う。
どうしよう。どうしよう・・・私。
私・・・景ちゃんが好き。
そう思ったら。余計に景吾の顔が見られなくなって、自分の靴先を見つめる。
ベンチが揺れて、景吾が隣に腰を下ろした。
思わず、少し体をずらして。景吾から離れて座る。
「で?何やってんだ?お前、携帯も持ってねぇだろ?」
「え?あ・・・うん。置いてきた。散歩だから・・・いいかなって。手ぶらで来ちゃった。」
はあ・・・と景吾は溜息をつく。家の執事は何をしてるんだっと、怒鳴りたい気持ちだった。
この夕暮れに、人もつけず、手ぶらで外に出すとは。
俺のに、何かあったらどうするんだっ!と。
「。」
言いながら、の肩を掴んだ。途端に、彼女の体が見て分かるぐらいビクッと震える。
「どうした?」
「びっくりしただけ。」
消え入りそうな小さな声で、視線を落としながら俯く彼女に。景吾は訝しがる。
「何があったんだ?ん?誰かに、いじめられたか?何か、失敗でもしたのか?」
景吾の質問に、つい・・・笑ってしまった。いつまでたっても、私は子ども扱いだと。
は、小さく首を横に振る。自分の気持ちなど・・・景吾は気付くはずもない。
「なんでもない。ただ・・・」
「ただ?なんだ?」
「私・・・何のとりえもなくて。とろいし。綺麗じゃないし。景ちゃんに・・・迷惑かけてばっかりだし。
もっと、ちゃんとしなくっちゃって。せめて・・・景ちゃんに迷惑かけないように。」
「・・・・。」
景吾は驚いていた。が、そんなことを考えているとは、思ってもみなかった。
確かに。は、とろい。鈍感で。おまけに無防備だ。
綺麗・・・とは、確かに違う。でも、なんとなく愛嬌があって可愛らしい。
笑顔を見ているだけで、ほっとするような柔らかさがあって。景吾は、の顔も気に入っている。
迷惑?
迷惑といえば、迷惑事を引き起こす名人だが。
それでも、が引き起こす迷惑を嫌だと思ったことはない。
のためにすることは、苦にならないし・・・
それを出来る自分が。一番、に近いのだと思っている。
しょんぼりと俯いてる彼女が愛しくて、可愛らしくて。景吾は手を伸ばした。
の肩を抱き寄せて、自分の肩に頭を押し付けると。そのしなやかな髪に口づけた。
は、一瞬・・・身を硬くしたが。景吾が力で押さえ込むと。おとなしく身を任せてきた。
「ばーか。んなことで落ち込んでるのか?お前は、そのままでいいんだよ。
お前がかける迷惑なんか、たかがしれてんだ。
俺は、気にもしてねぇ。いくらでも俺が助けてやるから、安心しろ。は、そのままでいいんだ。」
大好きな人に肩を抱かれて。優しい言葉を貰って。は、泣きそうだった。
それでも、ぐっと堪えて。景吾のぬくもりに甘えた。
ごめんね。今だけ。景ちゃんの優しさに甘えさせてね。
ちゃんと、ひとりで頑張れるようになるから。
いつか、笑って手を振れるようになるから。
私が、景ちゃんにしてあげられることって何かな?それを、探すね。
景吾は目を閉じて。の香りと柔らかさに酔った。
俺の。抱きしめてるだけで、自分の中に・・・お前が満ちてくる。
お前は、一生。俺だけのもんだ。
お前が望むなら。俺は何でもしてやるぜ?
景吾の抱擁は、愛だった。
の心の中も、景吾への愛で溢れていた。
けれど。
は、景吾の愛情を幼馴染の家族愛にも似た優しさだと思い。
景吾は、まだ幼いが自分に甘えてきているだけだと思った。
・・・切ない。
景吾も。も。自分の想いが伝わらないことが、切なかった。
もう、すっかり暗くなった道を景吾の車に乗って帰る。
の膝に頭を、体は景吾の膝に載せて。チョビは、気持ち良さそうに眠っている。
「お前、もう絶対・・・あんな時間に散歩に行くな。
というより、お前ひとりで散歩に行く事自体をやめろ。」
「どうして?散歩について来てくれる人なんていないもん。」
「はぁ?お前んところにも、人はいっぱいいるだろ?」
「皆、仕事してるもん。」
「ばかっ!お前を守るのも、仕事だっ」
「守る?何から?」
駄目だ。コイツは、これだから目が離せねぇ。
「とにかく。暗くなったら、出歩くな。どうしてものときは、誰かと歩け。チョビの散歩は、俺の家にしろ。」
「景ちゃんの家?」
「そうだ。無駄に広いから、ぐるぐる周りゃあ・・・散歩になるだろ。分かったな?」
「でも・・・」
「でもじゃないっ。命令だ。分かったな?」
ギッと睨まれると、頷くしかない、。
景吾は、瞳を緩めると。分かればいいんだよ・・・と、の頭を撫でた。
は、くすぐったそうに肩をすくめてから、ニコッと笑う。
「景ちゃん。今、チョビって・・・呼んだね。へへっ。」
「・・・っ!」
コイツはっ。
景吾は、の頭を抱き寄せて、拳でぐりぐりする。
「やっ。痛いって!景ちゃんっ」
「うるせぇんだよっ」
ふたり、車の中でじゃれながら。
家までの短い時間を過ごす。
幼い恋を。そっと、胸の奥に抱えたままで。
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