ふたり 7










『景ちゃん、大好きっ!』



本当に幼い頃。恥ずかしさもなく景吾に向かって言っていた言葉。


あの頃は、空が高くて。青くて。風も、光りも友達だった。


いつまでも、あの澄んだ空に笑い声が響いていた、あの日。





ふたりは、近くて遠い。
人の感情には聡い景吾も、近すぎる幼馴染には勘が働かなかった。


はひとりで、苦しい恋心を知り。少しずつ、少女から女に変化していっていた。



昼休み。忍足は、日当たりの良い図書室で、本を読んでいるを見かけた。
サラサラの髪が日に透けて、色白の頬にかかっている姿が綺麗で。
思わず声をかけずに、見入ってしまった。


見ほれていたのは・・・どうも忍足だけでは、なかったようで。
近くにいた男子生徒が、ちらちらとを見ている。



ありゃ。跡部はええんか?ちゃん、ひとりにしてたら・・・マズイんやないかなぁ。などと思いつつ。
自分が一番の危険人物なのだが、鬼のいぬまのなんとやら・・・で、いそいそと近づいていった。



斜め前から、声をかけようとして。ふと、窓の外を見つめた彼女の表情に言葉が止まる。



は、黙って。涙を耐えるような顔で、外を見ていた。
その視線の先を追えば。



図書室から見える中庭で、跡部が女の子と話をしていた。
目は笑っていない跡部に。女の子が夢中になって話しかけている。
そして、馴れ馴れしく・・・跡部の腕に触れる。


景吾は、さっと腕を引いて。女の手を払ったのだが。


その時には。の視線は、本に戻っていた。
溜息をひとつ零し。は、本を閉じて・・・席を立とうとしている。



ちゃん。」



声をかければ。揺れる瞳が、忍足を映した。



あーあ。ちゃん・・・恋してしもうたか。



忍足は、すぐに理解したが。ニコニコ笑って、なんでもないように振舞った。





全国大会が終わると。3年生は引退し。とうとう景吾たちが部の中心になる。
部長は、もちろん景吾。副部長には、くじ引きで決まった忍足がなった。


くじ引き・・・というのは。誰もが、跡部と組んで働きたくなかった。それだけの理由だ。


全国大会で、上には上がいる。と、いうことを知った景吾。
だが、そんなことでへこむ彼ではない。更に闘志を燃やし、俺様が一番になるっ!と心に強く誓った。




今まで以上に、テニスにのめりこむ景吾。もちろん百人を超えるテニス部を引っ張っていく仕事もある。
それだって、手を抜いたりはしない。ワンマンな景吾が、すべて切り盛りしていった。




俺様のえらそうな奴だが。誰もが、その実力に舌を巻いた。
他人にも厳しいが、自分にも厳しい姿に。後輩たちは彼を慕い、憧れた。


持って生まれた、人をひきつける魅力とカリスマ性。


氷帝学園に『跡部景吾』あり。


名前が知れ渡っていく。




部活後も遅くまで残って、練習メニューをチェックしている跡部。
コート整備の点検を終えて、忍足が戻ってきた。
他の部員は、すでに帰って、残っているのはふたりだけだ。



「異常なし。倉庫の鍵、戻しとくな。」
「ああ。」



書類から視線もあげずに返事する景吾を、忍足は溜息交じりで見つめた。



「大変やなぁ。部長って。」
「副部長が、もうちょっと働く奴なら楽だったろうな。」


「・・・そりゃ、悪かったな。」
「いいから、先に帰りやがれ。邪魔なんだよ。」



景吾は、口元にあてていたペンで、シッシッと追い払う仕草を見せる。



「はいはい。帰ります。」



忍足が帰り支度をする間も、景吾は難しい顔で何やら書類に書き込んでいる。
2年生だけでもかなりの数に及ぶ部員。なのに、景吾は1年生までも頭にインプットしていた。



確かに。こいつ・・・凄いわ。



口には出さないが、忍足も跡部のことは認めないわけにはいかなかった。



だからというわけでは、ないが。ちょっと、おせっかいをしてみることにした。



「跡部。ちゃんなぁ、最近・・・綺麗になって。そこらの男が狙うとるで?知ってるか?」
「なに?」



部室に入ってきてから一度も顔を上げなかった景吾が、自分を見ている。それに忍足は苦笑する。



「前にも言うたけど。しっかり、捕まえとかんと、トンビに攫われてしまうで?」
「トンビは、てめぇだろ?」


「いやいや。まっ、俺も・・・攫えるもんならとは、思うけど。けどな、跡部。
遊びもたいがいにせんと、大事な人を傷つけてしまうで?」
「・・・・なに?」


「じゃあ、お先に。」



忍足も、すべてを教えてやるほど優しくはない。ひらひらっと、手を振ると。部室をあとにした。


あとに残された景吾は、ペンを机に放り投げて椅子にもたれる。


腕時計を見る。すべてを終えたら・・・また遅くなるだろう。


今夜も。には会えないな・・・。


無垢な笑顔を思い出して。小さく、息を吐いた。









跡部の家で開かれる恒例のクリスマスパーティー。


あっちこっちのテレビや新聞で見かける財界人たちが集まってきていた。


内心では「つまらねぇ」を連発しながらも。そこは、跡部家の長男だ。


嫌味のない笑顔を浮かべて、父親と共に挨拶にまわる。



「景吾君。」



声をかけてきたのは、の父親だった。隣には、の弟が立っている。
まだ、小学校の低学年だ。
の父親は、子供のころから知っているから。他の客よりは、打ち解けて話す。
が、彼も・・・先代に見込まれて、の家に入ってきた切れ者だ。
なかなかの人物だった。



さん。」



後ろから、声をかけてきた人間を振り返ると。景吾の肩を軽くたたき、父親は離れていった。
ついていこうとする、の弟を呼び止めて。ずっと、気になっていた事を聞く。



「おい。今日、はどうした?」
「風邪で、具合が悪いって。」


「風邪だと?酷いのか?」
「ううん。仮病だよ、多分。」


「仮病?なんでだ?」
「この前さ、オペラを見に行ったんだけど。
 そこで、F銀行の頭取の孫・・・とかいう大学生と見合いさせられてさ。
 姉さまは知らされてなかったから、凄くショック受けてて。
 だから、こういう人の集まる場所は、警戒してんだよ。」



さすが、の跡取りだ。
小学校低学年にして、非常に分かりやすい説明を景吾にしてくれた。


がっ。景吾は、それどころではない。



見合いだと?まだ、中学生だぞっ。
怒りながらも・・・この世界では、よくあることだという事も分かっている。


くそっ。イライラしながらも、弟からできる限りの情報を引き出した。


途中で。どっかの親父が娘を連れて挨拶に来たが、適当にあしらって追っ払った。


何とかしなければ。どうしてこう、は俺に手を焼かせるのか。
ああっ、もう。どうすりゃ、アイツのすべてを俺のものにできるんだ?



華やかなパーティー会場の真ん中で。景吾は考えをめぐらせて。

手っ取り早い、方法を思いついた。
あまり気に入った方法ではないが・・・。



まっ、仕方ねぇか・・・と。ひとり、つぶやいた。



パーティーのあと。景吾は、父親に話があるから・・・と時間を貰った。
同じ家に住みながら、父親と会うのは月に数十分だ。
顔を合わせた時に話しておかなければ・・と。時間がないという父親を捕まえたのだ。



「で?何だ?お前が、話があるとは、珍しい。」



景吾は、父の広い書斎に立っていた。真っ直ぐに、父親を見据えると口を開いた。



「俺は。が、欲しい。家に、申し入れてくれませんか?」



父の書斎を出てから。景吾は、その足で家に向かった。
遅くなってしまったが、景吾なら通してもらえる。

の部屋には、メイドの案内がないとあがれないのだが。
それも、景吾は許されているので。玄関で挨拶だけすると、
の母親に断わって部屋に向かった。


トントン。一応、ノックする。が、返事がない。
ドアを開けると、すんなり開いた。



部屋の中は電気がついているものの、物音ひとつしない。



かって知ったる・・・ということで。躊躇いもなく、寝室のドアを開けた。



は、子供みたいに眠っていた。



ベッドの中。小さくなって。穏やかな寝息をたてている。
その足元で、チョビも小さくなって眠っていた。

が、チョビは景吾の気配に気がついて、ムクッと起き上がると尻尾を振り始める。
景吾は苦笑して、チョビの頭を撫でながら「しーっ」と、口元に人差し指を立てた。
チョビは、きょとんとしながらも、おとなしくなる。



景吾は、そっとを覗き込んで。その、柔らかな髪をどけてやる。
手触りが良くて、ついつい何度も髪を梳いてやった。


ピンクの唇が薄く開いていて。


吸い寄せられるように。その唇に、自分の唇を重ねた。


数回、軽く触れて。


もう一度、髪を梳く。



。メリークリスマス。お前は、俺のもんだ。」



そう、囁いて。名残惜しく、最後にもう一度だけ・・・キスをした。



の愛犬は黙って。主人にキスをする景吾を見つめていた。





朝、目覚めたは。枕元に置かれている、プレゼントに驚いた。


綺麗な赤い包みを開けば、赤いリードが入っていた。
持ち手のところに、の名前とチョビの名前がローマ字で刺繍されていた。


それを見ただけで。誰からのプレゼントなのか分かる。


慌てて起き上がり、隣の部屋に行けば。
机の上においてあった、景吾へのプレゼントがなくなっていた。


そこには、一枚のメモ。



『カードに俺の名前が書いてあったから、貰っていく。
 風邪、早く治せよ。』



そのメモとリードを抱きしめて。は、目を閉じる。



「景ちゃん。本物のサンタクロースみたい。」



は、カーテンを開き。窓の外の青空を見上げた。



気配に目覚めたチョビが、の足元で、じゃれる。



ねぇ、ねぇ。昨日、景ちゃん来てたよ。に、キスしてたんだ!



もしも、チョビが話せたのなら。そう、お喋りしただろう。





中学2年のクリスマス。少しずつ、ふたりは大人になっていく。




















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