広い社長室に景吾の声が響いた。



「・・・納得できません。」


「お前が納得できる、できないの問題じゃない。決まったことだ。」


「決まっている?」


「尾田社長と私の間では話がついている。発表は春だ。そのつもりでいてくれ。」


「っ!?何をっ。お父さんっ!人の話を聞いているんですかっ?俺は他に結婚したい人がいるっ!」


「専務。社内では社長と呼ぶように言ってあるだろう?」



社長という名の父は、書類からチラリとも視線をあげずに会話を進めていく。
それが更に景吾を苛立たせた。



「社長。申し訳ありませんが、私は彼女と以外結婚する気はない。
 尾田との話はお断りしてください。
 社長が断わらなくても、私個人で断わらせていただきます。話はそれだけです。失礼します。」


「待ちなさい。」



一度は社長に背を向けた景吾だったが振り向いた。
溜息をつきながら書類を机に置いた父親と、この部屋に入って初めて目が合った。



「その女と別れろとは言っていない。好きならば、飽きるまで傍に置いておけばいいだろう?
 ただ、子供は産ませるな。争いの種になる。それと、スキャンダルになるようなことは避けろ。
 うまく付き合えばいい。恋愛と結婚は別だ。分かるな?景吾。」


「本気で・・・言ってるんですか?」


「尾田の娘も親を見て育っている。ある程度の覚悟はして話を受けているはずだ。
 跡継ぎさえ産んでもらえば、あとはお互いが好きに生活すればいいことだ。」


「あなたと母さんの様に・・・ですか?」



ピク・・・と父の眉が上がった。だが「そうだ」という言葉が返ってきた。
社長は再び机の書類を手に取ると内線のボタンを押す。



「加賀部長を呼んでくれ。上海の件で指示がある。」


『かしこまりました。』



プツ・・っと内線が切れたのを確認して、再度景吾と視線を合わせた父。



「お前は跡部グループを継承する人間だ。好き嫌いで行動できる立場にない。
 好きな女と結婚したいなどと・・・我儘もいい加減にしなさい。
 話すことはそれだけだ。戻りなさい。」


「我儘っ!?」



景吾はデスクに近づき、音を立てて両手を社長の前についた。
睨みあう二人。景吾の唇は怒りで震えていた。



「社長。加賀部長がお見えになりました。」


「入れてくれ。」



父は景吾から視線をそらし


「早く戻りなさい。お前と話すことはもうない。」  と冷たく言う。


そこに部長が入ってきて、景吾が社長に詰め寄っている姿に一瞬驚いた様子を見せたが直ぐに笑顔で隠した。
仕方なく景吾は不機嫌な顔のまま背を向け、入ってきた部長に軽く頭を下げて通り過ぎようとした、その時。



「専務。ご婚約が決まったそうで、おめでとうございます。」


「おいおい、加賀君。まだ早いよ。まだまだ青二才で困ったものだ。」



加賀の言葉に固まった景吾。
自分を取りまいている状況を把握すると、乱暴にドアを開けて飛び出した。


すでに幹部内には自分の婚約話が行き渡っているということだ。
ということは、サンの社内にも広がっているだろう。


近いうちにマスコミにも噂が流れるにちがいない。
サンとの事業提携の話と共に。



クソッ



「専務?」



厳しい表情で自室に戻ってきた景吾に、片岡が声をかけたが無言のまま通り過ぎる。
片岡は事情を聞こうとしたが、目の前でドアが閉められた。


これは・・・誰も入れるなという拒絶。


片岡は溜息を飲み込んで、女性秘書に誰も取り次がないよう指示を出した。





景吾は拳を自分のデスクに叩きつけた。


腹の底から怒りが込み上げてくる。そして・・・哀しかった。


両親も企業と企業の繋がりを強めるために結婚した。
父親には結婚前から外に女性が何人もいて、ろくに帰ってこない。
母も恋人をもち、家をあけることが多かった。


物心がついたときには両親は名ばかりの夫婦で、愛情の欠片もない冷たい家庭で景吾は育った。
金や物は何ひとつ不自由しなかったが、心は足りないものばかり。
公の場に出ると仲が良さそうに振舞う両親を見ては気分が悪くなった。


景吾の成績には関心を持っていても、子供の身長や体重さえ知らない。
そんな両親のもとで景吾は育った。


教育係と使用人に育てられて大人になったといっても過言ではない。
その中の一人が秘書としてずっと傍に居る片岡だ。



それと同じことを・・・俺にもしろというのか?



俺と同じような思いをする子供が・・・また育っていくのか?



それが、この世界のありようなのか?





     





心が悲鳴に近い声で恋人の名前を呼ぶ。



自分で痛めつけた拳を握り締めて窓の外を見ていたら内線電話が鳴り始めた。
秘書を怒鳴りつけたい気分で受話器を取ると、意外な名前を告げられた。





『専務。芥川様からお電話です。
 片岡秘書が芥川様は繋いでも宜しいのでは・・・と言うのですが。いかがいたしましょう。』


「・・・繋いでくれ。」



血が滲む拳を開いて、外線のボタンを押した。



「ジローか?」


『あっとべぇ!元気ぃ?』


「ああ。・・・お前は元気そうだな。」



それは幼馴染からの電話。
長く傍に居る片岡だから、芥川の名を聞いただけで繋いで良い・・・と判断できたのだろう。


陽気なジローの声が耳元に響く。
内容は、久しぶりに元氷帝のメンバーでテニスをしようという誘いだった。
相変わらず要領をえない話し方。話題があっちへ飛び、こっちへ飛びのジロー。


景吾は言葉すくなに、それでも短い相槌を打ちながら根気よく聞いてやる。


ひとりで散々しゃべり続けた後


『ねぇ、跡部。元気ないね?疲れてるんじゃない?』  と聞いてくるジローに苦笑する。



「馬鹿。てめぇが、ずっとしゃべってるから、こっちは口を挟むヒマがねぇんだよ。」


『あはははは。そっか。なら、いいんだ。でも・・・やっぱ、元気ないだろ?』



ジローは、ぼんやりしているようで鋭い。


景吾は受話器を握ったままデスクに腰をかけ、外を見た。
オフィスのガラスには色が入っていて、本当の空の色は分からない。
空は・・・どんな色をしているんだろう?



「なぁ、ジロー。」


『うん?』


「好きな女と・・・生きていきたい。それは、我儘なことか?」


『へ?く・・・あっはははははっ。跡部さっ、何言ってんの?』


「おかしいか?」


『オカシイよっっ。だってさ、んなの当たり前じゃんっ。
 人生なんて一回きりなのに。好きな女じゃなくて、誰と生きんのさ。
 我儘とか、そういう問題じゃないっショ?』


「当たり前?」


『そっ、当たり前。』


「・・・。」


『跡部はさっ、もちょっと我儘言ってもいいと思うけどなぁ。我慢しすぎじゃね?』



ジローは分かった風なことを言ってケラケラと笑った。
その声を聞きながら、景吾は受話器を握ったまま片手で目を覆う。





好きな女と生きたいと思うのは・・・当たり前。





当たり前だってよ。





またべらべらと、勝手にしゃべり始めたジローが有難かった。














景吾に呼ばれた気がして顔を上げた。
だが、こんなところに景吾がいるはずもない。
彼には、ここに来ることを話していないから。


午後とはいえ混んでいる外来のソファに座って一時間はたつ。
周囲にはお腹の大きな人がそれぞれの方法で時間をつぶしている。


ひろげた赤ちゃん雑誌を見るともなしに見つめながら・・・溜息が出た。



さん。診察室の方へどうぞ。」



呼ばれて立ち上がる。





景吾・・・。





心の中だけで、そっと恋人の名前を呼んだだった。




















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