手塚の優勝コメントが繰り返し色々な局で流れているのをテレビで見ていた。
そこへ予定通りに看護師がカルテを片手に車椅子を押して入ってくる。
「手塚さん、外来へエコーをとりにいきます。」
「はい、よろしくお願いします。」
夫の声を消してしまうのに後ろ髪を引かれながら、はガウンを羽織った。
光り 2
『あ〜、手塚さんは長期休暇に入ってまして・・・』
「長期休暇?まさか、何かの間違いでは?ずっと出社していると本人が、」
『そんなはずありませんよ。彼女、入院してるんですから。』
取材やらの合間をぬって、やっとのことで妻の携帯に電話をかけたが留守電になっていた。
後でかけなおせば・・・とも思ったが、この調子ではいつ時間が取れるとも分からない。
手塚は、どうしてもと話がしたかった。
だから滅多にかけない彼女の職場に電話をした。
居場所を確認して、ほんの少しでも話がしたいと思ったからだ。
去年の全豪はが流産した事で棄権した。
ずっと望んでいた妊娠で二人とも心から喜んでいたのに、考えもしなかった不幸だった。
手塚は迷わず試合を棄権しての傍に付き添った。
は流産のショックに加えて、手塚に迷惑をかけてしまったと自分を責めた。
取り乱して泣き崩れては「もう・・・別れてください」とまで言い出して、手塚は酷く狼狽した。
体調の回復と周囲の人間が温かく見守ってくれたお陰で徐々に明るさを取り戻していったが、
今も彼女が『テニスの邪魔をしてしまった』と悔いているのを手塚は知っている。
だからこそ絶対に今回は負けられないと強く心に誓って臨んだ試合。
優勝した事はテレビを通して知っているだろうが、どうしても自分の口から報告したかったのだ。
「入院?どういうことです?いつ?」
矢継ぎ早に質問せずにはいられなかった。
後ろの方でスタッフが自分の名前を呼んで探しているのが聞こえたが、それどころではない。
電話に答えるアルバイトらしい若い青年は要領を得なかったが、
が随分前から入院している事と病院の名前を聞きだすことが出来た。
「Time of coverage, Tezuka!」
「もう少し後にしてくれ!」
取材の時間だと後ろからスタッフに声をかけられたが、思わず日本語で答えてしまっていた。
日本語が分からず首をかしげるスタッフを無視して、次に手塚が電話をしたのは大石のところだった。
翌日、成田に立つ手塚の姿があった。
誰も優勝した翌日に手塚が帰国するとは予想もしていなかったのだろう。取材陣に囲まれる事もなく帰国できた。
そんな手塚を到着ロビーで待っていたのは大石だった。
大石の運転する車でのいる病院に向かう。
昨日は詳しく聞けなかったことを大石が分かりやすく説明してくれた。
「手塚、彼女を怒らないでやってくれよ?お前のことを想ってのことなんだから。」
「分かっている。」
チラと横顔を見れば、手塚の眉間の皺がいつも以上に深く刻まれていた。
すでに昨日、手塚からの電話をとったとたん「どういうことだ!」と怒られてしまった大石は心の中で溜息をつく。
他の人間から見れば落ち着いて見えるだろうが、長い付き合いの大石には手塚の苛立ちが手に取るように分かった。
「昨日は外来でエコー、その・・・超音波の検査をしていたらしい。で、お前からの電話に出られなかった。」
「そんなことはどうでもいい。検査の結果はどうだったんだ?」
「そんな怖い顔で睨むなよ。まあ、今のところは悪いながらも落ち着いている。
週数的には12週くらい、つまり4ヶ月に入るところだし胎児の心拍も確認されて動いている。
ただ、まだ出血が止まらない。エコーでも胎嚢周囲の出血像が小さくならない。
普通なら切迫流産でも落ち着いてくる頃なんだけどね。
とにかく前回も流産しているし慎重に治療している。」
「そうか。大石は・・・どう思っているんだ。助けられると思うか?」
「小児科の俺に難しい事を聞くなよ。でも・・・助かって欲しいと思うし助けたいと思ってる。
だけど、もう少し大きくなってくれないと俺の出番はないんだよな。」
「何週までもてば助けられる?」
「そうだね。できたら28週。
そこまでくれば体重は1000gを越えるし、成熟までとは言わないけれど最低限外界で生きていける機能を持ってる。
それ以前でも今の医学は救命する事は可能だよ。けれど障害を何ひとつ残さないでの救命になると難しくなる。」
「28週、か。まだ・・・随分あるな、」
手塚は静かに呟いて、流れる外の景色に目をやった。
「しつこいようだけど、さんを怒るなよ?」
「分かっている。」
の病室の前に立った手塚に再び大石は注意してからドアをノックした。
中から返事が聞こえてドアを開けると、不安な色を浮かべたが強張った顔でベッドの上に座っていた。
まるで今にも泣き出してしまいそうな顔をしている。
だが、
「やぁ、手塚君。優勝、おめでとう。」
緊張した病室に穏やかな声が響き、カーテンの影から本屋の店主が顔を出した。
ニコニコと微笑んで手塚に近づくと手を差し出してくる。
ありがとうございますと困惑しながら妻が慕う店主の握手に応じると、両手で手を包まれたうえにグッと力がこめられた。
驚いて店主の顔を見れば、深く優しい瞳をして頷いてくる。
ポンポンと握手したまま手塚の手をいたわる様に軽く叩くとを振り返って明るく言った。
「じゃあ、そろそろ帰るよ。また来週末、新しい本を持ってこよう。
今日はたっぷり旦那さんに甘えなさい。それが一番の薬だよ?ね、先生?」
「そ、そうですね、僕も一緒に帰ります。手塚、じゃあ、」
大石は店主と並んで病室を出ることにした。
大丈夫だろうかとも思ったが、愛し合っている夫婦なのだからと余計な口出しはしないことにする。
それに部屋を出る時、店主が大石の背中を軽く叩いて「大丈夫だよ」と言ってくれたので妙に安心してしまった。
きっと、この店主は彼女にも「大丈夫だよ」と言ってやっただろう。そんな気がした。
二人が出て行くと病室は静かになる。
何と言っていいのかお互いが言葉も出ないまま、手塚はの脇に置いてあった丸イスに腰掛けた。
イスに腰掛けるとカーテンで見えなかった点滴台が目に入った。
長いチューブはの細い左手に伸びていた。
よくよく見れば右手にも針の跡とアザがあって痛々しい。
そんな手塚の視線に気がついて、は点滴が漏れてしまった後のアザをパジャマの袖に隠しながら微笑んだ。
「優勝おめでとう。昨日、言えなくて御免なさい。」
「いや。俺こそ時間がなくて電話ができなかった。すぐに飛行機に乗ったし、な。」
「留守電に、」
「直接、報告したいと思った。」
「だから・・・ばれちゃった。」
が俯き加減で笑うけれど、とても辛そうに見えた。
手塚は手を伸ばし、紫色に変色したの痩せた手を包む。
「大石にお前を叱るなと言われたのだが・・・俺は怒っている。」
「ごめんなさい」
「二人の子供なのだから、どんな事でも知らせて欲しかった。」
「ごめん、なさい」
「大切なお前のことだから、俺はすべて知りたかった。」
「ごめ・・・」
「お前ひとりに辛い想いをさせたくなかった!」
手塚は立ち上がりの体を抱きしめた。
は既に泣いていた。
抱きしめれば言葉はいらない。
すべては積み重ねてきた二人の時間が答えてくれる。
お互いが大切な人を大切に想っている。
だから、それ以上の言葉はいらなかった。
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