二人に出来る事は願う事しかない。


ふと、学生服を着ていた頃を思い出す。


そういえば、自分たちはいつも願っていた。
神とかそんなものではなく、何かに願っていた。


想いが伝わりますように。
夢が叶いますように。


大好きな人が・・・幸せであるように。


願い。それは、希望の光りだと思う。










             
光り 3










手塚は予定通りのシーズンを送ると決めていた。
もそう願っていたから手塚の決断を笑顔で受け取った。
胸のうちにある心細さや不安は綺麗に隠したつもり。


けれど手塚が彼女の不安に気づかないはずがない。
それでも送り出そうとしてくれる彼女の気持ちが痛いほど分かるから手塚は約束した。



「俺は、負けない」



病室での手を握り告げた。
大きくなったの瞳にみるみる水の膜が張っていって、ニコッと微笑むと輝きながら頬を滑っていった。



「私も赤ちゃんと一緒に頑張るね」



健気な姿は昔からちっとも変わらない。
そんな姿が愛しくてどうしようもない手塚は想いのままに強くの体を抱いた。



担当の医師はもちろん。大石にも、本屋の店主にも頭を下げた。
入院を知らされていなかった手塚の両親も「みずくさいじゃない」と怒りながらも、
息子を想うの気持ちに全面協力を申し出てくれた。


自分が傍にいられない分は周囲の人間に支えてもらうしかない。
手塚は日本で出来るであろう事をやるだけやると次の試合国に旅立っていった。










の体調は一進一退。
妊娠17週にはシロッカー頚管縫縮術という早産予防のための手術も受けた。
その後は一時的に退院も出来て、実家で穏やかな時間を過ごす事が出来た。


手塚は毎日のように電話をする。
結婚後も離れての生活をしていたが、マメとは言いがたい手塚が毎日電話をするということはなかった。
今回は電話をする話題がなくても、どんなに疲れていても、必ず受話器を握った。
はじめは心細いであろう妻のためだったはずなのに、いつの間にか手塚自身の為になっていた電話。



『お疲れ様。体、大丈夫?』
「俺は大丈夫だが、お前は?」


『今日はお腹の張りも少なくて調子がよかったの』
「そうか、良かった・・・」



の声を聞くと体の力が抜ける。
ソファーに身を沈めながらの声を聞くと身も心も癒された。



電話を通して彼女の日常を知る。
手塚の家から『体力をつけて』と度々食べ物が持ち込まれること。
日々達筆な絵葉書を送ってくれる本屋の店主の言葉に慰められているということ。
家にいても出版社から若い作家の原稿を読んでみてくれと頼まれたりしていること。
大石が健診に行くたび顔を出すので、外来で仲良くなった患者に大石が夫だと間違われた事。


傍にいなくても目に浮かぶ。
心を通わせた人間が皆で自分たちを支えてくれるのを知るたびに胸が熱くなった。



二人は電話を切ると、各々がカレンダーに向かって印をつけていた。
20週4日、と。毎日毎日、妊娠週数を重ねていくのを確認する。


28週の所には赤い丸がついている。
そして予定日にも大きな丸。
順調に生まれれば全米オープンの前に生まれるはずだ。
離れ離れでいても二人は同じ時間、同じ事を考えながらカレンダーに印をつけていた。





今シーズンの手塚は圧倒的に強かった。
評論家達はモチベーションの高さだとかトレーニング方法や戦術の変化など口々に言ったが、
どれも違うと手塚自身が分かっていた。



新しい命のために勝ちたいと強く思った。










暖かく色鮮やかな春になっては再び入院した。
子宮の軽い収縮がなかなか落ち着かないので24時間の点滴治療を開始するためだ。
電話で報告を受けた手塚は心配したが、の声が明るかったのと入院していてくれる方が自分も安心だと思った。



「どうなんだ?」



大石は難しい顔をしてカルテに目を走らせている産科医の隣に座った。



「うーん。なんで、こう落ち着かないのかな?大きな筋腫があるわけでもないのに収縮が止まらない。
 シロッカーで縛ってあるから子宮口は閉じてるけど、本当の陣痛がきたら抜糸せざるおえないだろ。
 点滴も目一杯増やしてきてるしなぁ。お前に活躍してもらわないと駄目かもしれない。」


「今、推定何グラムだ?」


「500グラムちょっと。標準より成長も悪いんだ。ちょっと栄養補って胎児を太らせてみるかなぁ。」


「一日でも長くもたせてくれよ。」


「そりゃ、こっちだってそう思ってる。あとは破水しなきゃいいんだが・・・破水しちまったら出すしかない。」


「そう・・・だな」



小児科医と産科医はカルテを前に考え込んでいた。
妊娠も後期に入ると一気に胎児の体重が増えてくる。
一ヶ月胎内においておくだけで500グラムは確実に大きくなる。
二人は夜遅くまで今後の治療方針について話し合っていた。





は確実に大きくなってきたお腹を撫でながら毎日物語りを読み聞かせていた。
店主が次々と絵本や童話など、読めば心がほんわかと温かくなるようなものを選んで届けてくれる。
はじめは黙って読んでいたが、ふと赤ちゃんにも読んであげないと勿体無いような気がしてきた。
聴覚発達は早いと大石が言っていたのもあって、ここ最近は毎日赤ちゃんに読み聞かせをしている。
子宮収縮を抑制する点滴の副作用で動悸と指の震えが辛かったが、本を読み聞かせしていると辛さを忘れられた。



そしては白昼に夢を見る。
柔らかく温かな子供の頬に顔を寄せ絵本を読んであげている自分の姿。
子供が甘い声で良く笑い、小さな足をバタバタとさせる。
その隣には、とても穏やかな目をした夫が自分たちを見ている。


光りに満ちて全てが白い。
あまりの幸せに目が眩みそうだった。




大丈夫。きっと、現実になる。





そう心に言い聞かせて、遠慮がちに動く赤ちゃんに微笑みを零した。





手塚は小さな子供に目が留まってしまう自分に苦笑する。
練習会場から出てきたところで待ち受けたファンに囲まれてサインを求められている時、小さな子供を抱いた若い夫婦がいた。
つい『その子の歳はいくつか?』と話しかけて、後でマネージャーに『手塚から話しかけるなんて珍しい!』と、からかわれた。



空を見ても。雲を見ても。星を見ても。月を見ても。
ただ、願う。



離れた日本に住む愛しい人とその人が育む命の無事を。





愛していると・・・照れくさくて言葉にはできない想いも共に彼方へ届けと願った。



















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