本気の恋 3
「俺は鍵を返してくるから、先に行ってくれ。部活に遅れちまったな、悪かった。」
跡部の言葉には首を横に振り微笑んだ。
二人を置いて職員室に向かう跡部を見送り、忍足とは玄関に向かって歩きはじめる。
自分も生徒会の一員なのだから、残ってでも仕事をするのは当然だ。
それよりも・・・
「今日はありがとう。助かった。」
は隣を歩く忍足を見上げて、いつもより小さな声で言う。
しっかり言葉を聞いた忍足は心からの笑みを浮かべて「ええよ」と答えた。
それにホッとした表情を見せるの雰囲気が柔らかくて、忍足は浮き立つ気持ちが抑えられない。
珍しく跡部に感謝したい気持ちだ。
窓から見える夕日がマンションの間に落ちていく。
白のブラウスを茜色に染めたがとても綺麗で、忍足は眩しそうに瞳を細めた。
このままと別れてしまうのが惜しい。
少しぐらい待ってもいい。一緒に帰ることはできないだろうか。
思った時には足が止まっていた。
「あ、あの・・・一緒に帰らんか?」
の足も止まる。
思いがけないことを聞いた表情で忍足を見上げている。
「弓道部が終わるのを待ってるから。」
「でも」
「テニス部は練習ないし部室で待ってるから、な?」
の瞳が揺れる。
普段ならにべもなく断られているだろう。
でも今日は違う。一緒にいれば何かが変わる。
そんな期待が忍足の胸のうちにあった。
「とにかくお前が迎えに来るまで待ってる。見捨てたら朝まで待ってるかもしれんで?」
おどけて言えば、が困ったように笑った。
「いつ終わるか分からないよ?」
了解の言葉に、忍足は嬉しそうに頷いた。
バタバタと着替えて片付けるを部員たちが不思議そうに見ているが、それどころではない。
忍足を待たせていると思えば気が逸って仕方がなかった。
さて準備はできたと思ったところで、ロッカーの鏡に映る自分の顔を見た。
ああ、と眩暈がする。
ブラシ、ブラシはどこに仕舞ったっけ。
リップぐらいは塗った方がいいのだろうか。
どうしよう。ポーチはカバンの底に入れてしまった。
「ねぇ、なに?とうとうもカレシが出来たのかな?」
「ま、まさか。ち、違う。」
荷物を出したり入れたりを繰り返し、時計を見ては焦っているを部員たちが冷やかし始めた。
いつも冷静沈着のが慌てている姿に、更に部員たちの追及が重なる。
なにを焦っているのかと自らの行動に冷や汗が流れた。
ひとつ深呼吸をして、とにかく残っている部員たちを急かして帰らせる。
全員が帰った後もキッカリ十分を待ってから、は周囲に気を配りながら部室を後にした。
別に悪いことをしているわけではないが、忍足と帰るところを見られるのは恥ずかしい。
それに普段の自分の態度から、周囲の人間はが忍足を嫌っていると思っている。
自業自得とはいえ、嫌な誤解だと思う。
だけど今日は少しだけ素直になれそうだとは思った。
生徒会室での出来事が忍足との距離を縮めてくれたような気がして嬉しい。
一緒に帰れるなんて。
緊張と同時に逸る気持ちは抑えられなくて、自然とテニス部に向かう足が速くなっていた。
角を曲ればテニス部の部室があるところで大きく息を吐いた。
前髪と襟足の髪を手櫛で直し、勝手に緩んできそうな口元を引き締めながら足を踏み出した。
数歩すすんで、彼女の足が動かなくなる。
忍足は確かにいた。
部室の前で別れた時と同じ制服姿のままで立っていた。
ただ蛍光灯に照らされた彼の隣には、ジャージ姿の女のコもいる。
「どうせなら一緒に帰ろうよ。」
「ああ、ゴメン。今日は先約があるんや。」
「もうっ。じゃあ明日から全部、私が予約しちゃおかな。」
「それは無理。みんなのオッシーやからな、独占禁止やって。」
ふたりの笑い声が藍色に溶けていく。
は音もさせず静かに踵を返した。
神にも祈るような気持ちで部室からは見えない角を曲り、そこで足を止める。
後ろを振り返る勇気もない。
見上げた夜空には星が瞬いて滲んでいた。
はやく帰らなきゃ。
思って前を向けば、大きなラケットバッグを背負った跡部が歩いて来ていた。
の姿を認めると、酷く驚いた表情を見せる。
そんな顔・・・暗いうえに泣いているには見えなかったけれど。
本気の恋 3
2008/06/05
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