本気の恋 4










は俯いてゴシゴシと目元をこすると、笑顔を作って顔をあげた。
急ぐでもなく近付いてきた跡部がの前に立つ。



「まだ帰ってなかったんだ。」
「ああ、職員室で色々と用事を言いつけられちまってな。」


「まさかと思うけど、また仕事が増えた?」
「その、まさかだ。」



困ったねと笑うを見下ろしていた跡部は努めて穏やかな声で訊ねた。



「なにかあったか?」



訊いて正直に答えるではない。
昔から人前で泣くような子供ではなかった。
悲しい時は隠れて涙を流していたことを跡部は知っている。



「何もない。」



予想通りの答えに内心で溜息をつきつつも、ならいいがとの肩を叩いて歩き出す。
するとが慌てたように跡部を呼び止めた。



「景吾!その・・・部室に忍足がいると思う。いたら私はもう帰ったと伝言しておいて。」
「それは構わないが、いいのか?」


「いい。それじゃあ、また明日。
 残りの資料は作っておくから、景吾は無理をしないで。」



そう言い残すと、は身を翻して駆けて行く。
闇に浮かぶ白いブラウスが遠ざかるのを見送って、跡部は部室へ向かうために歩き出した。





は門の外まで走りきると、長く続く白い壁に背を預けて息を整えた。
涙は止まったし、もう泣くものかと思う。



あんな男を好きになってしまった自分が愚かしいと夜空を見上げた。



夜の空は彼の瞳と髪の色だ。


どこに惹かれたのかと考えれば、彼の持つ黒だったかもしれない。
色素の薄い自分とは違う黒が忍足には良く似合っている。
長めの黒髪と穏やかに細められる黒い瞳を見るのが好きだった。



ちゃん、なぁちゃんって』



耳触りのよい関西弁が自分の名前を呼ぶ。
どこにいても目敏く見つけて近寄ってくる忍足だったが、嫌ではなかった。


だけど彼を目で追うようになった時、は気付いてしまった。
それは自分だけに向けられるものではないことに。


彼の周囲には女のコたちが多くいて、いつも楽しそうに話していた。



『髪、切ったんや?めちゃ可愛いなぁ。惚れ直したわ。』
『ノート貸してくれるん?いやぁ、助かった。愛してるよ。』
『これくれるん?ありがとう。好きになりそうや、俺。』



どれもこれも軽く彼の口から飛び出していく言葉。
は酷く落胆もしたし、聞くのが辛くて嫌だった。



ちゃん、綺麗やなぁ』
『俺、ちゃんのこと好きなんやけど』



人と同じ言葉を浴びせられても、胸が痛むばかりで嬉しくなどない。


もっと近くなりたい。
彼の特別でいたい。
そんな想いを口にできるはずもなく、の態度は頑なになるばかりだった。



「夜なんか来なければいいのに。」



小さく呟いて、は歩き出す。
彼と同じ黒い闇に包まれながら、遠くに見えるバスのヘッドライトに瞳を眇めた。










建物の角を曲った跡部は部室の前に立つ人物たちを見て、全てを悟った。
舌打ちして、ズカズカと歩を進める。



「あれ、跡部クンもまだ居たの?」
「いちゃ悪いのか?どけよ、邪魔だ。」


「機嫌悪いなぁ。まだ仕事があったんか?」



不機嫌な顔で部室のドアに手をかけた跡部が、思い出したかのように忍足を見た。



「アイツはもう帰ったぜ?」



ハッとした忍足の顔に、跡部は突然に手を伸ばし彼の襟元を掴んだ。
隣に立つ女のコが顔色を変えるのも無視して跡部は畳みかける。



「テメェふざけんなよ。お前が遊んでいいような女じゃないんだ。
 んな見分けもできねぇのか、馬鹿野郎!」


「跡部クン、どうしたの!?やめて!」


「ええから・・すまんけど帰ってくれるか?」


「でも・・」
「頼む。帰ってくれ。」



止めようとする彼女に、襟元を掴まれたまま忍足は笑顔を見せた。
あまりに緊迫した雰囲気に耐えられず、忍足を誘っていたコは女子の部室へと帰って行く。
足音が消えたところで、忍足が跡部の目を見ながら口を開いた。



「・・・遊びやない。本気や。」



それを聞いた跡部は瞳を見開き、忌々しそうに忍足の胸元から手を放す。
皺になったシャツを直し、忍足は一つ息を吐いた。



、ここに来てたんか?」
「多分な。」



忍足が自分の黒髪を長い指で掴む。
跡部は部室のドアを背にして、そんな忍足の姿を黙って見つめた。



「諦めて帰ってくれるよう話してたんやけど」
「ハッ、お優しいことだな。テメェに用はないと蹴ってやればいいんだ。」


「蹴るんはどうかと思うけどな。でも・・」
「ああ?」


「また怒らせてしもうたかなぁ」



そう呟いて星空を見上げた忍足の横顔に、跡部は胸のうちにあった怒りが静まっていくのを感じた。


器用な男だが、器用貧乏なのだろう。
が器用な人間でないだけに擦れ違ってしまっている。



「ひたってんじゃねぇぞ。本気なら、本気を見せろ。」
「それなりに本気で・・・」


「よく言うぜ。お前は何に対しても、そうなんだよ。
 いつも本気の自分を隠そうとする。どこかで自分が傷つかないようセーブする。
 本気じゃなければ失敗しても言い訳ができるとか思ってんじゃねぇのか?
 だからテメェは中途半端なんだよ。」



レンズの奥にある忍足の目が見開かれ、次には静かに伏せられた。



「笑わへんの?」
「何をだ。」


「俺・・・本気出して負けるかも。」



跡部が唇の端をあげた。



「俺が本気で戦った奴を笑ったことがあったか?」



忍足も少しだけ笑って俯くと首を横に振った。





傷つくことを恐れては本気とは呼ばないのだろう・・・何もかも。




















本気の恋 4 

2008/06/06




















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