本気の恋 6
今まで彼が努力して自分との接点を持っていてくれたのだと知った。
が避けているのだから尚更なのだろうが、忍足が声をかけてこないと三日も四日も姿さえ見ない日が続く。
北校舎と南校舎にクラスが分かれているのだから当然なのかもしれない。
それでもこんなに会えないと、今まで日に何度も彼に会っていたのは偶然ではないのだと嫌でも理解した。
俺はお前が好きや
・・・俺は本気やから。それは信じてくれ。
何度も彼の声が頭の中で再生される。
考えまいと思っても、気付けば彼の声を思い出している自分が嫌だ。
会いたいとも思ってしまう。
本当に彼が自分を好きだと言ってくれるのなら、それは心が震えるほどに嬉しいことなのに。
もう・・・希望はついえた。
自分には時間がない。
だから思い出す暇もないほどに忙しい方がいい。
は以前にも増して、生徒会の仕事と部活、加えて勉強と自らの時間を潰していった。
ここ最近の忍足は教室で過ごしていることが多い。
以前は廊下や他の教室で女のコたちと話している姿が目立っていたのだが、
今はテニス部の仲間と話しているか、机に突っ伏して寝ているかのどちらかだ。
跡部は広げていたファイルを閉じると時計を確認して忍足を呼んだ。
「これを生徒会室に持っていけ。」
「なんで、俺が・・・」
「俺は一分でも寝たいんだよ。
役立たずの書記が一人で待ってるはずだから、これを渡してきてくれ。」
跡部はファイルを隣の机に放りなげると、そのまま机に伏してしまった。
こうなったら幾ら文句を言っても動かない跡部だから仕方ない。
忍足は肩を竦めるとファイルを手に教室を出た。
生徒会室といえば、がいるかもしれないと思う。
だが跡部は『書記が一人』と言った。
いない確率の方が高いか。
それでも心は期待してしまうのだから、この恋心は相当だ。
好きやと告げて、それなのに手を振り払われて避けられている。
本気やと、信じてくれと付け加えなくてはならなかった我が身が情けなかった。
やっと気付いたのだ、
自分が彼女の立場だったならと。
綺麗だ、好きだと口にする男が、その口で別の女にも同じようなことを言っている。
忍足には『本気』と『口先だけ』の区別がついていても、訊いている人間に分かるはずがない。
気持ちは目に見えないのだから、今の彼女には見てしまったものが全てだ。
がどういう気持ちで自分を嫌い、避けるのかは分からない。
だが自分の気持ちが真っ直ぐに届いてない、それだけは確実に分かった。
想いを告げてから誰にも大事な言葉を口にしていない。
『好き』という言葉は、とてもとても大切な言葉だとは知ってしまったから。
人通りの少ない生徒会室の扉の前で、メガネを直す。
そんな仕草をしてしまう自分に苦笑いしながら、軽くノックをして扉を開いた。
一応は心の準備をして扉を開いたつもりだったが、想像以上の光景に息をのむ。
そこ居るはずの書記はおらず、かわりに古びたソファーにもたれて寝ているの姿があった。
これはマズイやろ。
頭の中では思ったが、足が動かない。
鍵も掛けてない生徒会室でうたた寝とは、起きたら説教の一つもしてやりたいほど無防備だ。
だけど嬉しい、鼓動が速くなる。
こんな男が近くにいると知ったら、飛び逃げてしまうだろうけど。
ソファーの隅の方で俯き加減に寝ている姿は酷く疲れて見えた。
少し痩せただろうか。身長はあっても線の細い彼女だから、とても華奢に感じる。
全国を目指す弓道部の主将と生徒会の仕事。
加えて成績優秀のは、どんなに忙しくても勉強の手を抜かないだろう。
跡部に負けないタフさだとは思うが、やはり頑張りすぎだと思う。
忍足は音を立てずにの前に近づくとソファの前に膝をついた。
白さが透けそうなの顔を覗き込み、小さく息を吐く。
「なぁ・・・そんなに自分を追い込んで、しんどうないか?
もっと誰かを頼ればええのに。例えば・・俺とか。」
そう言って、フッと忍足は口元を緩める。
俺だけには頼らんやろうなぁ。
軽薄な男だと嫌っているのだろうから。
陶磁器のような肌理の細かいの頬には長い睫毛の影が落ちていた。
薄くも厚くもない形の良い唇は僅かに開き、いつもより幼い表情の彼女がいる。
起こさないよう、そっと指先で頬に触れた。
少し躊躇って、次には柔らかく頬全体を包むようにして右の掌で触れた。
「俺のこと好きにならんか?
好きになったらええのになぁ。
好きになれ。好きになれ・・・って、まるで催眠術やなぁ。」
小さく笑って、直ぐに真顔になる。
それでも忍足のを見つめる瞳は優しい。
あまりに切実な、祈りにも似た願いだ。
「俺は・・誰よりお前が好きや。」
呟いて、忍足は眠ったままの愛しい人の髪に優しく口づけた。
名残惜しく温もりから手を離し、ファイルを机に置くと背を向ける。
冷たいドアノブに手をかけて、もう一度だけ彼女の寝顔を見たいと振り返った。
かわらない寝顔。
忍足は安心して静かに生徒会室を出ていく。
カチャッとドアの閉まる音がしても目を閉じたは動かなかった。
ただ・・・俯き加減の目じりから一粒の涙が流れて落ちていく。
声もなく、は泣いた。
本気の恋 6
2008/06/08
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