確率は100パーセント4 〜Christmas〜
「やぁ、久しぶり!」
笑顔で手を振る黒いコートの男。
背が高いとロングコートが似合うわね。
思いつつも、握った拳で乾の腹筋にパンチを食らわせてやった。
連れてこられたのはビルの最上階にある洒落た和食の店。
和食とはいっても、創作料理がメインのモダンな雰囲気の店だ。
「あ、この日本酒、美味しい。どこのかな?」
「酷いよ、。久しぶりに会ったのに、いきなりパンチはないだろう?」
「ああ、新潟ね。やっぱりお米とお水が美味しいと違うわ。」
「黙って海外に行ったのは悪かったよ。でも、ちゃんと向こうから電話しただろう?」
情けない顔で私を覗き込む乾を冷たく見遣り、ひとつ溜息をつく。
「確かにお電話は頂きましたけど、帰国する前日で十日間は音信不通でした。」
「いや・・・その十日間の音信不通の間に俺と連絡取ろうとか努力してくれたかい?
俺こそ放っぽかれた気がしてるんだけど。」
はぁ?一言も告げずに海外出張に出かけた人間に恨み事を言われる筋合いはない。
視線だけで私の言いたい事を悟ったのか、乾はガシガシと頭をかいて日本酒をあおった。
私は怒ってるんだからと不機嫌な顔を隠さない。
すると頬杖ついて私を見ていた乾が、急に小さく笑い始めた。
「なに?」
「ああ、ゴメン。なんか恋人同士だなと思って。」
「どこがよ?」
確かにクリスマスで混雑する店に二人きりで来てるわよ。
けれど、それだけで恋人同士だと自惚れられては納得できない。
「よく考えてごらんよ?
今までは俺が海外に行こうが、ひと月ぐらい音信不通でもは気にも留めなかった。
後で俺が話してから、へぇそうだったんだぐらいのものだっただろう?
なのに今の君は、俺が連絡もせず海外出張に出たのを怒っている。
その間に連絡しなかったことに対しても腹を立ててるだろう?
まさに恋人同士だよ。」
何やら嬉しそうに語るイイ歳をした男を殴ってやろうかと思ったが、そこへ料理が運ばれてきて手が出せなかった。
少々言い返しても、変な思考回路の乾には都合よくとられてしまう気がして無口になる。
悔しいけれど料理はどれも美味しくて、黙々と箸を進めてしまった。
「、すごい食欲だね。おなか空いてたんだ?」
あなたと喋るのが嫌だから食べてるのよ!
ええい、ここは乾のおごりに違いない。日本酒だって、ガンガン飲んでやるんだから。
思ったとおりに飲んでたら、途中から急に酔いが回ってきた。
ぐらぐらと頭の芯が揺れるのを感じ、衝立の向こうで話す誰かの声がやけに響く。
そこへ割って入ってくる、耳触りのよい低い声。
「酔っただろう?日本酒は口当たりがいいから、つい飲み過ぎるんだって。」
「たいして酔ってない。」
「俺の経験上、酔った奴の70パーセント以上は酔ってないと言い張る。」
「どういう統計よ、ソレ。」
悪態をつきながらお箸を手に取ろうとしたら、何故か指先から畳に転がり落ちた。
ホラホラと乾が笑い、私の肩を抱くようにして箸を拾う。
「ベタベタ触らないでよ。」
「傷つくな。恋人なんだから、いいじゃないか。」
言って、肩を抱いたまま軽く唇を重ねてきた。
ぎょっとして、思わず乾を突き飛ばす。
いくら酔っていても、隣に人がいることぐらい分かっている。
「な、なにするのよ!」
乾に触れられた唇を手で拭いながらも顔が赤くなるのを止められなかった。
周囲を見渡し誰にも気付かれていないのにホッとすれば、目の前には楽しそうに笑ってる乾の顔。
「、可愛いね。なんだかもう、どうしようかと思うよ。」
「はぁ?なにがどうしたって言うのよ。
分かった。乾は今まで、こうやって女のコを口説いてきたんだ。
お酒の美味しい店に連れて来ては酔わせてたのね、サイテー。」
「酔わせたって・・・が勝手にガブガブ飲んだんだけど。
それにこの店にきたのは初めてだよ。同僚に訊いてね。あ、もちろん男の。」
「そんなこと訊いてない。」
「また妬いてくれるんだ?嬉しいよ。
もう女のコなんか連れて飲みに行ったりしないから大丈夫。
俺が口説くのは君だけだよ。それより、もう帰ろうか?歩けるうちにね。」
「嫌よ、まだ飲む。」
「いいけど・・・腰が立たなくなったら、俺はお姫様だっこして繁華街を歩くよ?」
絶対に変だよ、乾。
会話が成り立たないのを感じて、段々と疲れてきた。
それに本気で酔いが回ってきたようだ。
仕方なく帰ろうと腰を上げれば、体が意志とは違う方向に傾いた。
さっと横から腕をつかまれ、温かな胸に支えられる。
「この酔っ払い、今日は帰さないよ。」
「・・・帰る。」
「クリスマスの夜に恋人を帰す男がいたら、お目にかかりたいね。」
言うなり私の腰をがっしりと拘束して、店を出る時には跪いてブーツまで履かせてくれた。
どんなにエラそうな口をきいても自由にならない体は、乾に拘束されたままでタクシーに押し込められる。
帰る、家に帰ると繰り返し訴えても、「ハイハイ、帰る、帰る」と軽く流されて、着いたのは乾のマンション。
今度はタクシーを降りる、降りないでもめて、強引に降ろされてしまった。
「君をお持ち帰りするのが、こんなに大変だとはね。」
エントランスに入れば、荷物よろしく肩に担がれてエレベーターへ。
反対になる視界に気分が悪くなって黙りこめば、機嫌良く乾はマンションのドアを開けた。
そのまま迷いのない足取りでリビングに向かった乾は部屋の鍵をテーブルに放り投げたが、足は止まらない。
真っ直ぐに向かうのが寝室だと分かって、酔った思考でも先が読めた。
「酷い。酔った女をどうこうしようなんて。」
「どうこうして欲しいならしてあげるけど、とにかく横になった方が楽だろう?親切心だよ。」
暗い部屋に足を踏み入れ、次には視界が反転し背中が柔らかな布に沈みこんだ。
ああ、布団だと鈍い感覚で思っていたら、急に部屋が明るくなって目を眇める。
「眩しい・・・」
「ああ、ゴメン。けど真っ暗じゃ何も見えないだろ?とにかくブーツぐらい脱ごう。」
そっか、ブーツ履いたままだった。
のろのろと身を起して気がつく。このベッド、やけに大きい。
「部屋・・・狭い。」
「部屋が狭いんじゃなくて、ベッドを大きいのに買い替えたんだよ。」
「買い替えた?」
「冬のボーナスでね、思い切って。昨日、きたばかりだよ。どうだい、寝心地いいだろう?」
ふーんとスプリングを試せば、確かに良い感じだ。
「あと、枕元にプレゼントがあるから開けてごらん。」
言って乾は私のブーツを脱がしにかかる。
普段なら絶対にさせないことなのだけど、とにかく酔っ払いの私は何もかもが面倒で考えるのを放棄した。
それでもプレゼントには興味がある。
体を捻れば、深紅のリボンが掛けられた黒い箱があった。
何にも考えずに箱を手に取り、無造作にリボンをとると包みを開く。
包みの下には白い箱。更にその箱を開ければ、黒い箱らしきものが入っていた。
白い箱を逆さにして手のひらに転がり落ちてきた黒い箱は布張りの小さなケース。
そこにきて、やっと頭が回り始めた。
「これって、」
私の呟きに苦労してブーツを脱がした乾が顔をあげる。
乾は穏やかな笑顔を浮かべると膝立ちのまま私に近づいてきて、手のひらの物を取ってしまう。
「待って」心の準備が。
そう口にする前にあっさりと開いた黒いケースの中には、きらめくダイヤモンドの指輪が納まっていた。
「給料三か月分のクリスマスプレゼントだ。」
どうしよう。
目の前の乾は今まで見てきた中で、一番の男前だ。
いつもなら考えなくても出てくる嫌味が浮かばない。
私の葛藤など気にも留めず、乾は私の左手をとると勝手に指輪を薬指にはめてしまう。
「うん。サイズもピッタリだし、君の指に良く似合う。」
満足げに微笑む乾に胸がイッパイになった。
こんなもの抜き取って文句の一つでも言うのが普段の私。
だけど私の手は慈しむように薬指の指輪を撫でてしまうの。
「気にいった?」
瞳に溢れてくる涙を愛おしそうに拭ってくれる乾が尋ねてくる。
今は嘘がつけなくて、私は素直に頷いた。
途端に強く抱きしめられて息もできない。
「メリークリスマス。俺には・・・君をくれ。」
乾の願いに目を閉じた。
確率は100パーセントだと乾は言った。
そして私はやっぱり乾に堕ちてしまったのだ。
確率は100パーセント4
2007/11/16
クリスマス企画 リクNO1の乾でした
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