確率は100パーセント5 〜New Year〜












新しい年を乾と迎えた。


去年は一月も半ばを過ぎて、新年会帰りの繁華街で偶然に会ったのが最初だった。
なのに今年は同じベッドの中で目覚め、なんとなくお互いが気恥ずかしい気持ちで「おめでとう」と口にした。


そして妙なところで信心深い乾に連れられてやってきたのは、街の中心地にある大きな神社。
混んでそうだから嫌だと言ったのに乾は強引だった。


長蛇の列に並び、寒さと人の多さに不機嫌になる私を横目に乾はご機嫌だ。
ほらほら、人にぶつかるよと言っては私の肩を抱き、昨夜の甘さを思い起こさせるような仕草で髪に口づける。



「ちょっと、やめてよ。恥ずかしいでしょう?」
「いいだろ。別に見られて減るもんじゃないし、暇なんだから。」


「そう言う問題じゃなくて」
「恋人たちは触れ合っているのが自然だよ。」



この人、私と付き合うようになって細胞が突然変異して恋愛体質になったのかしら?
呆れるぐらいベタベタと纏わりつく乾を振り払いながら、何とか初詣をすませる。


破魔矢とお守りを買うと真顔で言う乾に付き合い、買物の列にも並んでやった。
巫女さんの前でお揃いの縁結びストラップを買おうかと悩んでいる乾を見て、
この人間は乾の皮をかぶった別の宇宙生命体ではと本気で疑う。


石畳を人を避けながら歩いていたら、乾が可笑しそうに話しかけてきた。



、ずっと不機嫌だね。」
「乾に付き合ってるからよ。」


「また、そんな酷いことを言う。泣くよ?」
「泣けば?」


「ここでキスしていい?」
「駄目っ」



言うなり近付いてきた乾の体を反射的に押し返していたら、「あっ!」という大きな声が近くで聞こえた。



「乾ぃ!」



同時に声のする方に顔を向ければ、人波の中でジャンプしながら手を振っているエージ君がいた。










暖簾の前に立ち、どう見ても不本意そうな乾を見上げて溜息をつく。
けれど目の前のエージ君は全く意にも介さず、明るく店の引き戸に手をかけた。



「大石とかも来てると思うんだ。乾も久しぶりだろ?
 おまけにちゃんも一緒だしさ。みんな、きっと驚くよ〜」



エージ君は連れている自分の恋人を促し、先に店へ入る。
乾は溜息と共に私の背を押し、続いて店に入った。



そこは河村クンちのお寿司屋さん。
仲間のためだけに店を開いた、気のいい河村クンだ。
大石君たちと約束してるんだとエージ君に誘われ、私たちは断る間もなく連れてこられた。


暖簾をくぐると直ぐに大石君が目に入った。
幾つになっても変わらない誠実そうな彼が、私を見て「あ・・」という顔をする。
その隣から顔を覗かせた不二君も相変わらず中性的な雰囲気だ。
懐かしい顔に自然と口元が緩んだ時、奥にもうひとり誰かが座っていることに気がついた。


鼓動が大きく跳ねた。
レンズの奥にある漆黒の瞳が大きく見開かれるのを確かに見た。



「うわっ、手塚じゃん!どうしたの?いつ帰国してたの?」


「昨日だ。今朝、不二に誘いの電話を貰って出てきた。」
「そ、そうなんだ。俺も偶然さ、初詣で乾たちに会ったんだ。まるでテニス部の同窓会だね。」



エージ君は私たちを振り返って少しだけ気まずそうに笑う。
その表情の意味が分かるだけに、後ろで立つ乾の顔が見られない。
だからといって私を見つめてくる手塚君の顔だって見られずに、下手な作り笑いを浮かべてカバンを握りしめた。



「二人は一緒だったの?」



不二君が穏やかな笑みを浮かべて私たちに尋ねる。
どうしよう。そう考えた私より先に乾が答えた。



「俺たち、結婚するんだ。」



さらっと言って私を追い越すと靴を脱ぐ乾。
その場にいた大石君たちが驚きの声を上げた。


違うとは言えない。
私の薬指には、乾に貰った指輪が輝いている。
私は居た堪れなくて、今すぐに踵を返して店を飛び出したい気持ちになった。



「手塚がいるとは訊いてなかったんだけど。
 まぁいいか、昔のコトだし。おいでよ、。」



乾の馬鹿。
心の中で罵るけれど、平然とした乾の顔を見て私も覚悟を決めた。
全ては過去のコト。こだわって意識する方が変だ。
私も乾に続いて靴を脱ぐと座敷に上がった。



「久しぶりだな。」


「久しぶり。活躍はテレビで見てます。」
「ありがとう。」



何年ぶりだろう。
片手では足りないほどの年数を経て手塚君と話した。


カッと血液が顔に集まってくるのを感じて焦る。
店の中は温かいわねと誤魔化せば、乾が黙って私のコートに手をかけた。
さりげない仕草で私のコートを脱がせるとハンガーにかけてくれるのが恥ずかしい。
全てを手塚君に見られていると思えば落ち着かなかった。



「それにしてもオメデタイ話だね。結婚式は、いつ?」
「明日、挨拶に行って決めるよ。」


「挨拶?どこへ?」



瓶ビールを手にやってきた河村君の質問に、聞き捨てならない答えを聞いて思わず声を上げた。
乾は私の顔も見ずに、受け取った瓶ビールを手塚君のグラスに注ぐ。



「君のご両親と俺の実家。」
「そんなこと突然に言われても・・・」


「昨夜、話したと思うけど?が訊いてなかったんだろ。」
「いつよ!?」


「ここで言ってもいいの?」
「ここでって」


「まぁ、まぁ。とにかく久しぶりに会えたんだからさ、乾杯しようよ。」



ハッとする。
意味深な物言いに嫌な予感がして口をつぐめば、険悪な空気を察したらしい大石君が明るく場を繕ってくれた。



綺麗な泡が立つグラスを手に乾杯をする。
その冷たいグラスが差し出された手塚君のグラスにも触れ、私の鼓動は再び跳ねた。



駄目だ。
初恋とは本当に厄介なものだと思う。
私と手塚君の間にあった幼い恋はとっくの昔に消滅し、すべては淡い思い出として仕舞ったものだった。


初めて付き合った男の人。
初めて手をつなぎ、初めてキスをした。
身を引き裂かれるような別れを知ったのも手塚君が最初だ。
あの頃のいろんなものが思い出されて、まともに手塚君の顔が見られなかった。


乾は全てを知っているはず。



そう思えば余計に緊張してしまい、私は顔をあげることができない。
幸い隣にはエージ君の彼女がいたから、初対面だけど相手をして貰うことにした。


乾と私は隣り合わせに座ってるのに話もしない。
時々思い出したように隣から小皿が差し出され、それには私の好きな寿司ネタが取り分けられていた。


エージ君の彼女と話しながら、私は片方で乾と手塚君の話を聞いている。


手塚君の声って、こんなに低かったっけ。
耳に馴染んでしまった乾の声とは違う。懐かしいというより不思議な感じだ。


乾が仕事の話をしている。
この前の海外出張の話は、地下鉄でのハプニングが笑えた。
それを淡々と話しては周りの笑いを買っているのが乾らしくて、少しずつ私も安心してくる。


手塚君の傍にいる時は、いつもドキドキとして落ち着かなかった。
こんな私でいいのだろうかと緊張し、臆病になって苦しかった日々。


乾の傍は、そうドキドキもしないけど居心地がいい。
素の私で居続けて、それでも好きだと言える変わり者の乾だから飾る必要もない。



きっと乾の傍が誰より安心できる場所。



そう気付いたら、隣の乾がとても愛しく思えた。





ちょっと飲めば気まずさも消えて、いつの間にか青学時代の思い出話になって盛り上がる。
よくよく聞けばエージ君の彼女も青学出身ということで仲良くなれた。
口数の少ない手塚君も穏やかな笑みを浮かべ、楽しんでいるのが傍からでも分かる。
時々は視線が合って、お互いに微笑みあえるのが嬉しかった。



「じゃあ、また。結婚式には呼んでくれよ。」
「乾、どうやって挨拶したか後で教えてね〜」


「いいけど、奢ってもらうからね?エージ。」



軽口を言う乾が最後に手塚君を見て、少しだけ笑った。



「手塚、頑張れよ。」
「ああ・・・乾も。」



さっと乾が先に店を出た。
エージ君の彼女とメルアドを交換していた私は、乾に遅れて皆に頭を下げた。



「ありがとう、楽しかった。」
「乾相手じゃ大変だろうけど、幸せにね。」



不二君の言葉に笑ったら、手塚君が一歩前に出てきた。



「会えて良かった。」
「私も。」



手塚君の言葉に胸の奥が、きゅんとした。
本当に会えて良かった。
懐かしいドキドキと一緒に大切なことを教えて貰ったの。



「乾は、いい奴だ。」
「そうね。」


「アイツをよろしく頼む。」



私は頷いて店を出た。


外はお正月特有の静けさと新しい風が吹いている。
乾ときたら、私を待たずに遠くまで歩いていた。


アルコールを飲んでるのに走らせるのかと、腹立たしく思いながら乾を追いかける。
息を切らせて大きな背中へと追いついたけど乾は振り返らない。
真っ直ぐ前を向き、黙々と歩いていく。
リンリンと破魔矢につけられた鈴だけが鳴っていた。


ああ、拗ねているんだなと分かった。
子供みたいだ、この人。


私の前では喜んだり、拗ねたり、怒ったり、忙しないほどに表情を変える。
我儘で人の話なんて聞かないくせに、私には自分の言うことを聞いて欲しいと思ってる人。



「手塚君がね、乾をよろしく頼むだって。」


「・・・手塚と話したんだ。」
「乾が先に出てくからよ。なに拗ねてるの?」



突然に足を止めた乾が後ろを向く。
無表情で私を見下ろすと、長い人差し指でメガネを押し上げた。



さぁ、来るぞ絶対に。



「君は知らないから、そんなことが言えるんだよ。俺がどんな思いで君と手塚を見てきたか。」


「昔のことよ。」 
「昔のこと?君は俺の前では考えられないくらい、手塚の前で可愛らしくなる。
 さっきだって、そうだ。手塚の顔を見るなり赤面して、正直俺は傷ついたよ。」


「だって、久しぶりだったし。」


「まさか・・まだ手塚が好きだとか言うんじゃないだろうな?
 けど、もう遅いよ。君は俺のモノだ。俺は絶対に君を離さないからね。」



夕焼けを背に子供みたいに言い切った乾。
私は堪え切れず吹き出してしまった。



「人が真剣に話しているのに笑ったな?」
「ゴメン、ゴメン。なんか胸張って宣言してるから可笑しくて。」



ムッとしている乾を見上げ、にっこりと微笑んだ。
ちゃんと私の気持ちを受け取ってね。乾お得意の分析力なら簡単なはずだから。



「やっぱり楽なのが一番だと思わない?
 ドキドキしたり緊張して過ごすより、傍にいるだけで肩の力が抜けるのがいい。
 一生を過ごすなら、私は私のままでいられる場所がいい。」



ねぇ、乾が私の居場所になってくれるんでしょう?



突然に目の前が真っ黒になった。
背中でリリンと乾の持つ破魔矢の鈴が鳴る。
黒いコートに沁みついた煙草の匂いに顔をしかめながらも、落ち着く乾の腕の中で力を抜いた。



「やっぱり明日、挨拶に行くよ。早く結婚したい。」
「実家に電話しなきゃ。掃除する時間が必要なのよ。」



頭上で乾の笑う気配がする。
それでも腕の力は緩まない。
大事なものを離すまいとするような乾の仕草に幸せを感じてる。



きっと今年は二人にとって忘れられない年になる。
確率は100パーセントでしょう?



















確率は100パーセント 

2008/01.01

あけましておめでとうございます




















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