勘違いも甚だしい 4
「優しくしといて、後で大変な目にあわせるつもりかもよ?」
「そ・・そうかな」
「コンビニで会ったのも偶然じゃないとか。実は駅から家をつけられてて」
「ひぃ〜」
散々同僚に脅された私はビビっていた。
でも・・・木手さんは服のセンスと髪型は特殊だけどイケ面には違いなく、話せば怖い人に思えなかった。
少々突き放した物言いに聞こえるのも、彼の容貌には似合っていてクールだし。
ヤクザでさえなければ、是非ともお近づきになりたいぐらいイイ男だ。
同僚には『警察に相談すれば』と勧められたけど、相談するような事柄がない。
強請られたわけでも、脅されたわけでもない。
何かを聞きだされたこともなければ、無理に勧誘された事もない。
怪我をさせたうえに、後日にお茶とケーキを奢ってもらったのは私のほうだ。
悪人じゃないんだけどなぁ。
そんなこと思ってると事件の被害者になっちゃうんだろうか。
ぐるぐる考えているうちに返信もせずに金曜日がきた。
困ったな。どうしようかな。それを繰り返しながら会社帰りの電車に揺られる。
ガラスに映る不景気そうな自分の顔をぼんやりと眺めては、その迷う気持ちの理由を考えてみた。
なかったことにするならメールなど無視をすれば済むこと。
それでも迷うのは木手さんが悪い人じゃないと思ってしまうからで。
いやいや悪い人じゃなければ誰に誘われてもお茶に行くのかといえば、違う気もする。
つまりは・・・
「こんばんは」
耳元に低い声が囁かれ、私は思いっきり飛びあがった。
条件反射で囁かれた耳を押さえて振り向けば、そこには木手さんが。
今更ながら整髪料の香りを強く感じて酔いそうになった。
「び・・っくりした」
私の驚き具合が可笑しかったのか、ふっと木手さんが笑った。
今夜も黒のスーツに薄いピンクのシャツと洒落たネクタイでビシッと決めている。
開襟のシャツじゃないぶん、ストイックな雰囲気だ。
なんとまぁ、今夜もカッコイイ。
思って、溜息が出た。
そう。つまりは木手永四郎という男は怖くてもカッコイイから困る。
「偶然に隣の車両から君が見えたので」
「そうなんですか?」
振り向けば、隣の車両に立つ乗客が私の位置からも見えた。
わざわざ移動してきてくれたのか。
「お仕事の帰りですか?」
「そうですよ」
吊り革につかまる木手さんはカバンを持っていない。
仕事帰りに手ぶらって。
やはり普通のサラリーマンではないと思えば、恐ろしくて職業を聞く気になれなかった。
「メール、届きましたか?」
「へ?あ!?ああ、あ・・あの、携帯が壊れてしまって」
さらっとメールのことを聞かれて、咄嗟に口から出まかせを言ってしまった。
木手さんは少し私を見下ろしてから、それは大変ですねと答える。
内心で冷や汗をダラダラとかいてる私は、ガラスに映る木手さんが一つ溜息つくのを見た。
「まぁ、いいでしょう。これから飲みに行きませんか?」
「はい?」
面と向かって誘われるのなら、メールで断ったほうが何倍もマシだったと思うが・・・もう遅い。
これから用事がと無理のある断りを口にしようとする私に更なる追い打ち。
「俺の行く沖縄料理の店に連れて行こうかと思ってたんですよ。美味いですよ」
「・・・行きます」
断れなかった。
沖縄に興味があることを知って、わざわざ誘ってくれたのだと思えば断ることができない。
携帯が壊れたなんて嘘もついてしまったし、罪悪感と共に覚悟を決めた。
後に怖い目にあうのか、もしくは裏社会の友人ができるのか。
どちらにしても普通の人生を歩いてきた私には縁のなかったことだけど、何事も経験だ。
危なくなったら逃げる!
そう自分に言い聞かせて、私は木手さんについていった。
「うわ・・ここですか?」
「ここですよ」
木手さんが連れて来てくれたのは、この前のカフェと同様にこじんまりとした店だった。
けれど入口には厳つい顔したシーサーとお酒の瓶が並んでいて雰囲気がある。
藍色の暖簾をくぐると郷土色の濃い陽気な音楽が流れていた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
こんな店が近くにあるのを知らなかった私は目を輝かせた。
そんな私の背を軽く押す木手さんの手は温かかった。
勘違いも甚だしい 4
2011/06/02
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