勘違いも甚だしい 5
子供のころから『ノウテンキ』だとか『鈍い』とか、色々と言われてきた。
街を歩けばキャッチセールスに捕まりそうになり、トークはつい最後まで聞いてしまう。
勧誘された宗教団体の数なんかは覚えていられないほど。
信じやすい。断れない。隙だらけ。
言いたい放題に言われてきた自分の性格をすっかり忘れていた。
「美味しかったです」
「それは良かった」
食べてみたいなぁと旅行雑誌で眺めていたものが次々と出てきた。
どれも食べたことのないようなもので珍しく、かつ美味しかった。
沖縄出身の店主が地元から素材を取り寄せて作っている『本場の味』なのだそうだ。
いちいち感動して声をあげる私を前に、木手さんは平然と泡盛を飲んでいた。
顔色一つ変えずに飲んでいた木手さんを見て、私も飲めるかなぁなんて思ったのが間違いだった。
軽く一杯程度のものだったが、体がふわふわしている。
「あ〜、また奢ってもらっちゃって」
「いいですよ。誘ったのは俺です」
「でも」
「じゃあ、今度は君のお勧めの店に誘ってください」
「いいですよ」
言ってから「また約束しちゃった」と頭を掠めたが、思考が回らない。
ほろ酔いの頭は『まぁ、いいか』で終わってしまう。
夜道に吹く風が冷たくて心地よい。
おろした髪が頬をくすぐっていくのに気をよくして木手さんを見上げる。
「木手さんて、いい人ですね」
その言葉に目を眇めた木手さんは、小さく息を吐くと撫でつけた髪をかきあげた。
「君は放っておけないというか、心配な人ですね」
「そんなことないですよ。こう見えて、しっかりしてます」
「しっかりした人はホームで他人を突き飛ばしたりはしませんよ」
「す、すみません」
確かに階段を踏み外したりが日常の人間を『しっかり者』とは呼ぶまい。
笑って誤魔化し足を踏み出せば、ヒールが何かに引っ掛かって転びそうになる。
ヤバッと思った時には腕を掴まれて支えられていた。
いっそう強くなる木手さんの香り。
自分の周囲にはいない、この人独特の香りだと思う。
思ったら、急に動悸がしてきて更に酔いが回ってきた気がした。
「あ・・りがとうございます」
「家まで送りますよ」
さらっと告げると、木手さんは私の腕を柔らかく掴み直して歩き始めた。
そこから家まで何を話したのか、よく覚えていない。
私の住むアパートはコンビニの近くで、木手さんの住むマンションも近いのだと知った。
ああ、あの家賃が高そうなマンションね。
やっぱり裏社会に生きる人はセキュリティとか大事なんだろうな。
命を狙われたりとか危ない目にもあったりするのかなぁ。
木手さんが住んでいると教えてくれたマンションの前を通り過ぎながら思う。
「危なくないですか?」
「何がです?」
「撃たれたりとか、刺されたりとか」
「大丈夫とは言い切れませんが、俺も鍛えてますからね。そう簡単にやられませんよ」
「でも転んでました」
「後ろから靴の踵を踏まれたら誰でも転びますよ。正確には転びかけただけです」
運動神経の鈍い相手だったら顔からホームに突っこんでいたと木手さんが言う。
私は笑えなかった。やっぱり木手さんは撃たれたり、刺されたりするような世界に身を置いているんだ。
怖いとか関わり合いになりたくないとかよりも、木手さんの身が心配になった。
「気をつけて下さいね」
「そんな顔をされると困るんですが」
そんな顔って、どんな顔をしているんだろう。
見上げた木手さんの頭上に輝く月が見えた。
その月が暗い影に隠れてしまう。
月が・・・
ぼんやりと思った時には、暗い影が唇に触れていた。
「戸締りに気をつけなさいよ」
「どうも」
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
アパートの前で木手さんと別れた。
小さくなっていく黒服の人が闇に紛れて行くのを見届けて階段を上がる。
部屋の前で鍵を出し、さそうとして手が震えているのに気がついた。
無理矢理に鍵を差し込み、ドアを開いて中に飛び込む。
カバンが足元に落ちた。
唇を押さえて、ずるずると玄関に座りこむ。
木手さんにキスされてしまった。
その事実を認識した途端、もう立っていられなくなった私だった。
勘違いも甚だしい 5
2011/06/02
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