勘違いも甚だしい 6
うかつだったと思う。
思っても、時計の針は戻らない。
平気な顔をしてたけど、木手さんは酔ってたんだ。
一杯飲んだだけで自分が酔ったお酒なんだから、そうに違いない。
自分に言い聞かせてベッドの中で悶絶した。
キスされるなんて考えもしていなかった。
そんな雰囲気は皆無だったと思うし、キスした後の態度もあまりに淡々としていた。
なにがどうなってこうなったかは分からないが、木手という知り合ったばかりのヤバい人にキスされたという確かな事実。
お酒の香りが残る唇の感触を思い出し、今さらながら頬が熱くなる。
「どうしよう」
口から出るのは、そればかり。
困っているはずなのに胸がドキドキする。
そして思うのだ。
また、どうしようと。
一日置いて、日曜の午前中を掃除と洗濯で費やす。
いつもなら午後から買い物に行くところだが、そんな気にもなれず溜まった録画を見たりして過ごした。
夜になって空の冷蔵庫を前に悩んでいたらメールがきた。
『夕飯、食べに行きませんか。俺は仕事が終わって今から帰るところです。一時間後に駅の改札で待っていてください』
最初の一行は都合を聞いているふうで、最後の一行は人の都合お構いなしだ。
行かなきゃいいと思うのに、着ていく洋服を考えている。
だから、どうしようなんだ。
たった三回しか会っていない人。それも普通の人じゃないのに惹かれている自分を自覚してしまった。
怖いけど見てしまうホラー映画とか、悲鳴をあげながらも乗ってしまうジェットコースターみたいなものだろうか。
うんうん悩んだ末に『分かりました』と返信したら、『携帯、直ったんですね』と返ってきた。
嘘が見透かされていたみたいで、また冷や汗が流れた。
今日の木手さんはダークスーツに薄紫のワイシャツだった。
傍から見たらホストと同伴する客かもしれない。
「君のおススメは?」
窮屈なのかネクタイを人差し指で緩める木手さんはリラックスしている。
昨夜のキスが気まずくて目も見られない私には分かりかねる、普段仕様だ。
「な・・何が食べたいとかありますか?」
「そうですね」
ぎこちない雰囲気が読めないのか、木手さんは薄い唇に指をあてて考えている。
あの唇と・・・思っただけで赤面しそうになり、誘いに乗ったことを早々に後悔した。
「じゃあ、君の手料理で」
「はい!?」
ぎょっとしていただろう私を通り越し、木手さんの視線が背後に注がれている。
つられて後ろを振り向けば、何やら男たちが言い合いをしていた。
見ている間に声を荒げた一人が車のドアを蹴る。
人が怒鳴る声になど慣れていない私は自然に体が竦んだ。
そんな私の肩に大きな手が触れる。
「君はここで待っていて下さい」
「え?木手さん」
声は穏やかだが視線は男たちを捉えたままで、木手さんが歩いていく。
止める間もなく男たちのもとに行ってしまった木手さんは何事か話しかけたが、興奮した男は「うるさい」と怒鳴った。
離れていても怖くなる。
男が怒鳴り散らしても木手さんは冷静だけど、それがかえって男の怒りを煽っている気がした。
駅の交番は近い。
駆けこもうかと思って、木手さんの職業を思って躊躇った。
喧嘩の仲裁にいったのに、ヤクザというだけで逮捕されたりしないだろうか。
悶々としているうちに、男が手を振り上げた。
木手さんが殴られる!
咄嗟に私があげた小さな悲鳴よりも、男のあげた悲鳴のほうが大きく響いた。
「痛ぇ!!」
「それぐらいにしておきなさい」
殴りかかってきた拳を受け止めたかと思うと、目にもとまらぬ早さで男の腕をねじり上げた木手さん。
唖然とする私の隣を制服姿の警官が走って行き、木手さんと言葉を交わす。
息をのむ私の前で、男を引き渡された警官は木手さんに頭を下げた。
「じゃあ、後はお願いしますよ」
警官に言い残し、あっさり戻ってくる木手さんに肩の力が抜ける。
「どうしました?」
「よかった・・・」
安堵する私に、苦笑しながらも木手さんの雰囲気が柔らかくなる。
「あれぐらいじゃ怪我なんかしませんよ」
「それもそうですけど、木手さんが捕まらなくて」
「なんで俺が」
私は周囲を気にして、少し声を落として言った。
「だってヤクザだと良いコトしても捕まるかもしれないじゃないですか」
木手さんの目が大きくなる。
それから暫し私の顔を見つめると、大きく溜息をついて髪を後ろに流した。
「君、勘違いも甚だしいんじゃないですか?俺は刑事ですよ」
へ・・と口を半開きにしたまま、私の思考は停止していた。
勘違いも甚だしい 6
2011/06/02
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