勘違いも甚だしい 番外編











今まで何事もなかったのが不思議だ。



そんなことを考えながら、待ち合わせ場所に指定した店の中から眺めている。
大きく開いたガラス窓の向こうには、息を切らせた彼女が腕時計を確認して青くなっていた。



考えられる事としては・・・
約束の時間を間違えたと今ごろ気付いた。もしくは道に迷った。
いや。途中で転んだか、誰かを転ばせた。


やりそうなことに思いを巡らせている間も、彼女は上京してきたばかりの『おのぼりさん』状態でキョロキョロしている。
目的地が分かっている人間には見えない行動だ。



『えっと、たぶん分かります。前に友達と行ったことがあるから』



などと言っていたのだが、あれは嘘だったのか。
首をひねった彼女は携帯を開いてメールを確認し始めた。



「そうそう、確認は大事ですよ」



俺は小さく呟いて、残り少なくなったアイスコーヒーに口をつける。
するとメールを確認した彼女はウンウンと子どもの様に頷いて、何を思ったのか俺の待つ店とは逆に歩き始めた。



どこへ行くつもりだ?



思わず椅子から腰を浮かせかけたが、数歩で足を止めた彼女が再び首をひねって此方を振り返った。



「ここですよ、こっち見なさいよ」



小さく呟いてみたが、彼女はちっとも俺を探せない。
通りを歩く見知らぬ歩行者がガラス越しに決まって俺を見ていくのに、何故に待ち合わせをしている彼女が気付かないのか。
相変わらず理解に苦しむボケっぷりだ。


あっちを覗き、そっちを覗き。
なのに、どう考えても一番に目立つだろうガラス張りのカフェだけ覗かない。



わざとなのか?



そう疑い始めた時だ。視界の端から、いかにもな若い男が彼女に近づいていった。
手にはアンケートらしきものを持った男は満面の笑みで彼女に話しかける。


俺は腕時計を確認し、大きな溜息をついた。





五分後。



「事務所、すぐそこだから。ちょっとだけ、ね?」
「だ、だからですね・・・わたし、人と約束してて」


「時間とらせないから」
「でもっ」



男が彼女の腕を掴んだ。
俺は男の肩を掴んだ。



「痛っ、誰だ」



男が歪んだ顔で俺を振り返る。



「彼女の連れですよ。その事務所とやらへ俺も案内してもらいましょうか」
「木手さん!」



俺より小柄な男は黒のスーツを着ていたが、見るからに品の悪そうな手入れもされていない代物だ。
細身のネクタイが貧相な体の男には似合っているが、どうにも薄っぺらい。


男は俺を見るなり引きつった笑みを顔に張りつかせ、いえいえ結構ですと棒読みで手を振る。



「強引な勧誘、軟禁による契約の強要は・・」
「す、すみませんでした!」



言うなり男が脱兎のごとく走りだし、人ごみに紛れていった。
男を追いかけてまで説教する気はない。
それより呆けた顔で男の後ろ姿を見送っている彼女にこそ、説教が必要だと判断した。







心持ち声を低くして呼び掛けた。
が、俺に視線を向けた彼女は気の毒そうな表情で呟く。



「あの人、きっとヤクザにからまれたって勘違いしてますよね。かわいそうに、怖かっただろうなぁ」
「・・・・・来なさい」



俺は口を結ぶと、の腕を掴んでマンションに帰ることにした。



「なんでですか?映画は」
「映画なんか数カ月待てばレンタルされますよ」


「なんか木手さん怒ってます?時間に遅れたの木手さんなのにぃ」
「は?遅れたのは君でしょう?俺は二十分も前から約束したカフェで座ってましたよ」


「ええっ、嘘!!どこ!?」



俺はこんなにボケで勘違いの甚だしい人間を見たことがない。
正直、未知の生物のようだ。



「前に友達と来たことがあるんじゃなかったんですか?」
「そう思ったんですけど・・・七、八年前だったから様子が変わってました」



君のことだから、先週来た場所でも覚えているか怪しいですけどね。
傍から見れば連行されているようなが「月日は人と街を変えますねぇ」などと感慨深く語っている。



「遅れた原因は?」
「あ・・・えっと、駅の階段を下りてたらベビーカーを担いで上がってくるお母さんがいて。小さい子もいたから、大変だなぁと」


「それで?」
「ベビーカーを上まで運んであげて、すごく感謝されたんですけど
 お礼とか言われてるうちに電車が行ってしまって。そしたら休日ダイヤなもんだから、次の電車が15分後で」



現地集合にした俺の判断ミスだったらしい。
近所に住んでいるのだから迎えに行って共に来れば良かった。



「おまけに君はキャッチを追い払うこともできない」
「そんなことないですよ。いつも木手さんに言われてるから、断固拒否しました」


「拒否?あれが?君、五分間も男の話を聞いてたんですよ?」
「ええ?五分間って計ってたんですか?なら、早く助けて下さいよぅ」



口をとがらせる彼女に足を止め、向き合ってみた。
大きな瞳に悪意はなく、底抜けに人の好い色を浮かべた憎めない顔。
沖縄にはない雪のように白くて滑らかな肌にピンクの頬。


白ウサギか、ハムスターか、何にしても小動物しか浮かばない。


小動物の大脳は小さいのだろう。
教えても教えても学べないのは脳が小さいせいだ。
だからこそ無邪気で可愛いのだろう。


そう思えば諦めもつくというものだ。



「なんですか?」
「まぁ・・・可愛いから仕方ないかと納得したところです」



ええっと声をあげ、見る間に頬を染める姿に笑みが浮かぶ。
いつまでも相手に怒った顔をさせないのは彼女の特技か。



「いいですよ。俺が守ればすむ話ですからね」



意味の分かっていない彼女は、首をかしげながらも可愛いと言われたことに照れている。
見た目ではなく馬鹿なところが可愛いと思っているのだが、それは口にしないことにした。



「映画の代わりに美味いものでも食べますか」
「わ〜い、今日は何にします?」



喜色を浮かべた瞳が期待に輝いている。
無邪気に喜ぶところも、まぁ可愛いところか。


どうせ映画の上映には間に合わない。
食事をして、ちょっと酔わせた彼女をマンションに持ち帰って俺も楽しもう。



自分の行き先を知らない彼女が楽しげに笑っているのを横目に、俺も物好きな男だと可笑しくなった。




















勘違いも甚だしい 番外編

2011/07/12

みいさまへ捧ぐ




















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