花信風 5











私たちの周囲だけ隔離されているかのように時が止まっていた。
言われた言葉の意味を考えるのに精いっぱいで声が出ない。
注がれる視線の強さに胸が震える。



答えなくては・・・私も会いたい。



ひきつりそうな喉から声を発しようとしたとき、短いクラクションが響いた。
恥ずかしいほど体をビクつかせて振り向けば、それは迎えのタクシーだった。



「今日は本当にありがとうございました。」



前で話していた片山君のご両親が手塚君を振り返り頭を下げる。
私はというと口にできなかった答えを飲み込んだまま、情けなく俯くばかりだ。



さん、今日はゆっくりお話しできなかったけれど会えて嬉しかったわ。
 よかったら・・・、また遊びに来て頂戴ね。」



そっと私の隣にきた手塚君のお母様が優しく言ってくれる。
あんなに可愛がってもらったのに、手塚君と別れてから疎遠になってしまった。
本当はずっとお礼が言いたかったのに。



「ありがとうございます。」



あの時に言えなかった気持ちも込めて、私は丁寧に頭を下げた。
顔をあげると手塚君と目が合う。彼は穏やかな瞳で微笑むと静かに口を開いた。



「勝手なことばかり言って、すまない。お前にも事情があるだろうに。」
「そんな」


「会えただけでも喜ばないとな。」



手塚君は空を見上げるようにして呟くと、私の背中を優しく押した。
最後にタクシーへ乗った私は、大事なことを言いそびれた気がして喉の奥が詰まっている。
何度も頭を下げる片山君のご両親の隣で、泣きそうになりながらガラス越しの手塚君を見ていた。
動き出す車に手塚君が少しだけ眉をよせて口を開く。


短くて、分かりやすい言葉。





   『じゃあ、また。』





声は聞こえなくても、唇の動きで分かった。
私も頷いて、動いていく窓に向かって口を動かす。





   『うん、また。』





涙が零れそうだった。










その翌日、大石君からメールがきた。
珍しく急患がなくて暇なんだと当直室からメールをしているらしい。





  手塚には会った?俺は忙しくて電話でしか話してないんだ。
  おまけに途中で呼び出されたりで、ろくに話せてない。
  それでも手塚が君に会うって言ってたからさ、どうなったかなと思って。





私は携帯の文字を見つめ、どう報告するべきか悩んでいた。


会ったは、会った。
でも個人的にではなく、会うべき用件があって会った。事実としては、それだけだ。


なのに心が騒いで仕方ない。
それは手塚君に告げられた「会いたいんだ」の言葉。


社交辞令的に告げられた言葉とは思えなかった。
そんな軽い言葉ではなく、彼は真剣に「会いたい」と口にした気がする。
あの時の彼の声、視線を思い出すだけで体が震えてしまいそうになるほどなのに。



私の願望がそう思わせるのだろうか。



迷って、片山君の留学が決まったことや手塚君の帰国は一時的なものではない事などをメールにした。
すると直ぐに返信が来る。
よほど暇なのだろうと笑いを噛み殺しながらメールを開けば、驚くような事が書いてあった。





  それだけ?まさか今も俺たちが付き合ってると思って遠慮しているのかな。
  手塚は俺たちに関する話題は意識して避けてたから、
  はっきりとは告げなくても別れたことを匂わせたつもりだったんだ。
  ああいうところ鈍いからなぁ、手塚。
  ここはから行くしかないよな。頑張れ!





頑張れって、何を?どう?
唖然としてメールを何度も読み直す。


大石君のけしかけるようなメールに困惑した。





『無理よ。手塚君にはアメリカに恋人がいるみたいだし。
 私と会って懐かしくはあっただろうけど、ここで今さら気持ちを伝えても迷惑だと思う。』





  恋人?それ真実なのか手塚に確かめた?





『まさか。久しぶりに会って、恋人いますかって聞ける?』





  俺は訊く。なら手塚に訊いてやろうか?
  ついでに俺たち別れてるし、は今でも手塚を想っているんだって伝言しとこうか?





『冗談はやめて。』





  まぁ、そこまでしてやるのは俺としても本意じゃない。
  正直、ちょっと腹立たしいかな。
  は臆病すぎるよ。自分から動いたことが一度でもあるかい?
  傷つくことを恐れてばかりでは、いつまでたっても前には進めない。
  もういいかげん手塚を卒業してもいいだろう?
  手塚に恋人がいても仕方ない。思いきって傷ついておいで。
  ボロボロになった時には、俺がもう一度だけ傍にいてあげるよ。





気づけば携帯を持つ手が震えていた。
目の奥が熱くなってきて文字が滲んでいく。
機械的な文字なのに、久しぶりに大石君の『』と呼ぶ声が聞こえた。



そうね。綺麗事ばかりを並べて、本当は傷つくことを恐れた。
大石君の心は強い。強くて、とても優しい。
彼のような人と繋がっていられる幸せを思えば涙が出た。





『このままじゃ駄目なんだね。』





  そうだよ。美しい思い出だけでは生きていけないよ。
  俺たちは、今を生きている。





私は頬に零れてきた温かい涙をぬぐい微笑んだ。



動くこともせずに泣くのはやめよう。
そう心に決めて、携帯を両手に包んだ。




















花信風 5  

2008/04/28




















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