片恋 11
白い光りが差し込んでくる図書室で、は頬杖をつきながら本をめくっている。
もう何度も繰り返し読んだ本。
短編の題名を見ただけで、すべてのストーリーが浮かんでくる。
これは、手塚が貸してくれた本。
枕元にも置いて寝たほど、大切に扱った本。
傍に置くだけで幸せを与えてくれた。
彼の手のぬくもりや溜息。
彼の暮らす空間を知っている本が羨ましかった。
馬鹿なことを・・・と思うけれど。
自分も本みたいに、彼に愛されて、いつも傍に置いてもらえたら。
そんなことを考えて、ひとりで赤面したのは・・・つい最近だった。
なのに。
今は、彼の本を手にしているが辛い。
心が軋んでどうしようもなかった。
は思いたってレポート用紙を広げた。
大きく息を吸うと、少し考えて。それから、さらさらと文字を書いていった。
休み時間。の姿は手塚の教室にあった。
同じ学年でも、2階と3階。階が違うだけで教室の雰囲気が違っていて足が竦む。
それでも勇気を振り絞って、廊下から中を覗いた。
いた。手塚はに背を向けて、オレンジ色のファイルを広げて目を通している。
休み時間も色々忙しいのだろう。
ピン・・・と伸ばした背中から彼の真っ直ぐさを感じて、は胸がいっぱいになる。
「さん?」
と後ろから声をかけられた。
ビクッとして振り向けば、大石が人のいい微笑を浮かべていた。
「大石君。」
「手塚かい?」
そう言って、今にも手塚に声をかけそうな大石の腕を咄嗟に引っ張った。
「大石君、待って!」
「えっ・・・なに?」
「これを手塚君に渡して欲しいの。」
「いや、手塚はそこにいるし」
「それでもっ。手塚君、忙しそうだから。お願い。お願い、大石君!」
常に無い・・・おとなしい彼女が必死に頼む様子に、大石も驚いた。
しかたなく『いいけど』と本を受け取る。
すると彼女が泣きそうな顔で微笑んだ。
「ありがとう、大石君。じゃあ・・・」
「あっ、さん!」
彼女は振り向きもせずに廊下を走っていく。
大石は息を吐くと、手にした本で頭をコツン・・・と叩いた。
「手塚、これ。」
ファイルに目を通していた自分の前に差し出された本。
怪訝な顔で受け取ると中を開いて、大石を見上げた。
「が?」
「さっき、教室に来てた。」
その言葉にハッとして振り向く手塚に、「もう、帰ったよ」と大石の声がかぶさる。
何故だ?と目で問う手塚に苦笑しながら、
大石はが手塚を気遣って声をかけなかったのだと説明してやった。
何やらムッとした顔で本を見つめている手塚。
そんな手塚がパラパラと本をめくったとき、一枚のレポート用紙がはさまれているのに気がついた。
その紙を開いて目を通す。
本屋で良く見る文字。柔らかな文字が並んでいた。
『手塚君へ・・・』で、始まる文章。
彼女の文字で書かれた自分の名前に鼓動が速くなった。
忙しい手塚を気遣う言葉と本を読んだ感想が続く。
そして最後に『貸した本はお礼に差し上げます。ありがとう。』と書かれていた。
大石は手紙に目を通す手塚の表情をずっと見下ろしていた。
手塚とは長い付き合いになるが、あまり感情を表に出す人間ではない。
そんな彼が手紙の文字を追いながら表情を変えていく様を不思議な思いで見ていた。
眉間のしわを更に深くした手塚が、溜息をついてレポート用紙をたたむ。
「どういう意味だ?」
「手塚?」
「・・・いや、なんでもない。大石。メニューには目を通した。これで、いいだろう。」
「あ、ああ、分かった。乾にまわしておくよ。」
「頼む。」
ファイルを受け取って手塚の前から移動した大石は後ろを振り返った。
手塚は再びレポート用紙を開いて文字を追っている。
意外な二人だが。
結構あうのかもしれない。
そんなことを思いながら、しばらく誰にもいわず見守ることを決めた大石だった。
「ちゃん。お客さんもいないし、お茶にでもしようか。」
店主がトレイにマグカップを二つ乗せて持ってきた。
相変わらず黙々と働いていたが顔をあげると、店主はニッコリ微笑んだ。
レジのカウンターを片付けて、店主がマグカップを並べる。
も白い手袋を外して、カウンターの中に入った。
甘い香り。マグカップの中はココアだ。
意外な飲み物にが店主の顔を見上げると。
「心が弱っているときは、甘くて、あったかいものが一番さ。」
そういって目を細めた。
咄嗟に言葉も出ないなど気にも留めない様子で店主がカップに口をつける。
もマグカップを両手で包むと、コクン・・・と一口、ココアを飲んだ。
ミルクがたっぷりと入れられた、まろやかな甘さが口の中に広がる。
喉から胃へと、ぬくもりが運ばれていくのを感じた。
静かな店内。
カウンターの奥にかけられた柱時計の音が規則正しく聞こえてくる。
「つらいかい?」
穏やかな店主の声に、は黙って頷いた。
「そうか。人を好きになるというのは・・・つらい事かもしれないね。
人はそれぞれ、感情をもっているからね。そうは自分の思い通りにはならない。
自分がどんなに好きでも。相手が好きになってくれるとは限らない。一方通行だ。
そうすると・・・つらい。
ちゃんは、たくさん本を読んでるから分かるだろう?
本に出てくる人たちは、みんな自分の心を持っている。
想いが通じなかったり、すれ違ったり。通じ合えたり、分かり合ったり。
自分の感情は自分のものでしかない。他人の感情は、その人のものでしかない。
だからこそ、物語が生まれる。
君はね、君という本の主人公なんだよ。
つらくても。自分の心から目をそらしてはいけないよ。
ちゃんの本が、傑作になるか・・・駄作になるかは。
作家である君にかかっているんだ。
君はまだ若い。傷つくことを恐れてはいけない。
歳をとると心も弱い。傷つくと傷は深く、立ち直るのに時間がかかる。
若い時はね、傷ついても再生できる。
更に強く、しなやかにね。
前にも言ったけど。君はステキな女の子だよ。」
店主は、ぽんぽんとの背中を叩いてくれた。
のマグカップに水滴が落ちていく。
俯きながら飲んだココアは、ほんのちょっと・・・しょっぱかった。
6時までバイトをして、店主に頭を下げて店を出る。
店を出るとき「持ってお帰り」と渡された、いちごみるくアメをポケットには駅に向かっていた。
本を手塚に返したのも。貸した本をあげる・・・と書いたのも。
すべて、手塚から目を背けるためだった。
この後、図書室に誘われたとしても、断わる気持ちでいた。
好きだから。
手塚が並川と付き合うという噂に傷ついて。
その痛みに耐えかねて、彼から遠ざかろうとした。
遠ざかったからといって『好き』という気持ちが無くなるわけでもないのに・・・逃げたのだ。
『君はね、君という本の主人公なんだよ。
つらくても。自分の心から目をそらしてはいけないよ。
ちゃんの本が、傑作になるか・・・駄作になるかは。
作家である君にかかっているんだ。』
たとえ、彼には好きになってもらえなくても。
彼に、どんなに綺麗な恋人がいたとしても。
私が彼を好きな気持ちまで消してしまう必要はないのだ。
心は私のものなのだから。
彼を好きだと想う気持ちは・・・私だけのものだから。
そう、思えば。心が軽くなった。
痛みは繰り返し襲うだろう。
また泣いてしまうだろう。
それでもいい。それが、私の本に残っていくのなら。
その痛みが、私の強さになっていくのなら。
ふと前から走ってくる人に気がついた。
街灯に照らされた姿に息が止まる。
向こうもに気がついたようだ、足をとめ・・・次には真っ直ぐ歩いてくる。
見つめ合ったまま、近付いていく二人。
「よかった。・・・間に合って。」
手塚の息が、ほんの少し白かった。
は泣きたくなるくらい胸が手塚でいっぱいになった。
言葉を口にすれば、今すぐ泣きじゃくってしまいそうだ。
「?」
ジッと見つめてくるの視線に、手塚も戸惑いながら瞳を覗き込む。
「これ・・・」
そんな手塚の前に差し出されたの小さくて白い手のひら。
その手のひらには、いちご柄に包まれた小さなアメが二つ並んでいた。
「よかったら」
「・・・貰おう。」
手塚はの手からアメをひとつ取ろうとした。
けれど、の瞳から目がそらせない。
お互いが見つめ合ったまま。
手塚はそっと・・・差し出されているの手に自らの手を重ねた。
戻る テニプリ連載TOPへ 次へ