片恋 12
自分の手に重なった手塚の手。
楽々と自分の手で覆えてしまう小さな手。
ほんの一瞬、重なった手。
次の瞬間、は咄嗟に手を引いていた。
アメが軽い音を立ててアスファルトに落ちていく。
我に返った手塚は、自分の起こした大胆な行動に思い当たり慌てた。
あまりに彼女の瞳が綺麗だったから、まっすぐ訴えかけるように自分を見つめていたから。
吸い寄せられるように、差し出された手に自らの手を重ねてしまった。
自分の行動に何と言い訳していいのか、戸惑いながら足元に落ちたアメを拾う。
手にしたアメを握り締めて、意を決して顔をあげた。
そこで手塚が見たものは。
今にも泣き出しそうなの顔。
瞳を潤ませて眉を寄せ、唇をきゅっとかみ締めている彼女の顔。
後悔が、もの凄い勢いで体を駆け抜けていった。
さっきまで熱を持っていた指先が急激に冷えていく。
「・・・すまない。驚かせてしまった。」
うまい言い訳も見つけられず、手塚は謝った。
だが、その後に言葉は続けられなかった。
搾り出すように謝った手塚に対し、が見せた表情に目が奪われたから。
泣き笑い。
彼女は少しだけ首を横に振って、笑顔を見せた。
瞳に涙を溜めたまま、ニコッと。小さな花が、ふわっと開いたような。
愛らしい。柔らかな笑顔を見せた。
抱きしめたい。
自分の中に湧く感情を抑えるのに苦労する。
今すぐ。目の前で微笑む彼女の体を力いっぱい抱きしめたいと思った。
生まれて初めて異性に抱く感情の強さに目眩がしそうだ。
だが、大事だからこそ。
これ以上彼女を怖がらせたくなかった。
突き上げるような感情を抑えこみ、手塚は努めて穏やかに言葉をかける。
「アメを。ひとつ、貰う。もうひとつは、。」
「・・・うん。」
今度は手塚がアメを差し出して、の細い指がそっと包みを手にした。
二人並んで、駅まで歩く。
「借りている本のことだが、貰うのは・・・断わってもいいだろうか。」
「え?」
「あれもが大事にしている本なのだろう?お礼など、お互い様なのだから不要だ。
それに・・・」
は背の高い手塚を見上げて、その端正な横顔が紡ぐ言葉を待つ。
「本の貸し借りは一度きりじゃなく続けたい。
これからも・・・とは付き合っていきたいと思っているから。」
は目を見開いて手塚の顔を見つめていた。
鼓動がドキドキと耳に響いてくる。
手塚はの方に顔を向けると、じっと瞳を見つめ返した。
「いいだろうか?」
今の彼にとっては、精一杯の告白だった。
黙って答えを待つ手塚に、が断わることなど出来るはずがない。
コクン。と頷くに、手塚が微笑んだ。
それもまた、柔らかな・・・を包み込むような笑顔だった。
ふたりの口の中では、いちごミルクのアメが甘く溶けていった。
「並川さん、断わられたらしいよ?」
「ええー?並川さんがダメなら、誰ならいいわけ?」
「手塚君の好きなタイプが全く分かんないよねぇ」
「他校に彼女がいるのかも?」
「女テニの部長とか?」
「彼女、東高に彼氏がいるらしいよ?」
飛びかう噂。
友達とランチを食べながら、黙っては聞いていた。
「ねっねっ、は手塚君と話せるんでしょ?何か聞いてないの?」
「そんなこと。本のことしか話さないもの。ほかの事は、全然知らない。」
「なーんだ。それでもさ、少しでも話ができるなら羨ましい!」
曖昧に微笑んで、お弁当に視線を落とす。
これは本当のこと。手塚とは、本を通した会話しかしたことがない。
彼の好きなタイプなど全く知らないし。
彼に好きな人がいるのか・・・恋人がいるのかだって分からない。
それでも、彼との時間は苦しいほど幸せだった。
本だけの繋がりでもいい。
彼の優しさに触れられるから。
彼の素顔を垣間見られるから。
私の本に。
大事な手塚君の事を、少しずつ書き残して行きたい。
・・・この想いを告げることはできないだろうけど。
ほんの少し、自分の心が強くなった気がして。
の表情は明るかった。
窓際の席。
ガラス越しの暖かな日差しに包まれながら、手塚は本気でとの事を考えていた。
自分の気持ちは決まっている。
テニス、勉強、生徒会などの仕事。
それらに追われていた日常に、穏やかな時間をくれた。
だが穏やかだった彼女との時間は、いまや穏やかではいられなくなってきた。
彼女を想うだけで騒ぐ気持ち。
誰にも彼女を奪われたくないと焦る気持ち。
なのに、彼女が自分をどう思っているのかが分からない。
嫌われてはいないようだが、想いを告げて避けられてしまったのでは・・・ツライ。
に対して、急速に恋心を募らせた感がいなめないし。
出会って間もないのに『好きだ』と告げるのも軽薄な気がした。
もう少し頭を冷やしてから告げるべきだろうか?
数学のように解ける公式があればいいのだが。
そう考えて、苦笑する。
恋とは、厄介なものらしい。
公式も無いし。
特訓もできない。
データもなければ。
そうそう人にも聞けない。
自分の心と相談して。自分自身で決めて動くしかない。
だが独りよがりでも駄目だ。彼女の気持ちも大事にしたい。
はぁ。と、らしくない溜息が落ちていく。
「手塚、物憂げだな。」
「大石。」
「先生から、備品チェックの紙を預かってきた。」
差し出された用紙を手にとって、ざっと目を通す。
頭の中は即座に、から切り替わっていたのだったが。
「さん。おとなしいけど、いい子だと思うよ。」
唐突な大石の言葉に、書類から顔をあげた。
大石はニコニコといつもの笑顔を浮かべて、椅子に座る手塚を見下ろしている。
「突然、何の話だ?」
「いやぁ、まあ。彼女とは、中学の2年、3年と同じクラスだったからさ。」
「2年も同じだったのか?」
新事実に思わず聞き返してしまった。
また自己嫌悪に陥りそうだ。2年間も大石の教室にいた彼女に気づかなかったのか?
「ああ。席も近かったし、図書委員も一緒にしたことがあったんだ。」
「・・・・そうか。」
「おとなしいからさ、よく本を読んでるってだけで図書委員を押し付けられたんだけど。
真面目にきちんと仕事ができる人だった。人前では恥ずかしいみたいだけど。
一対一で話すと、驚くぐらいしっかりした意見を持ってて感心したよ。」
手塚は黙り込んで、また書類に目を落とす。
大石としては、探りも兼ねて、彼女のことを手塚にアピールしたかったのだが・・・反応が薄い。
どうしたものか?と、手塚の表情を窺ったが、相変わらずのポーカーフェイスだ。
「とにかく、彼女・・・今時の女の子とは違う雰囲気で」
「提出はいつまでだ。」
大石が話している言葉を遮って、手塚が尋ねてくる。
いつも人の話は最後まで聞く手塚にしては珍しい。
これは『それ以上言うな、聞く耳を持たない』という意思だと気づき、大石は冷や汗をかく。
「週明けでいいそうだ。」
「分かった。預かっておく。」
そういうと、さっさと書類を仕舞って、読みかけの本を目で追い始める手塚。
大石は「頼むよ」とだけ呟いて、席を離れた。
ちょっと、まずかったかなぁ。
なんとかしてやりたいと思う気持ちが、裏目に出てしまった気がして。
大石は自分の考えのなさに肩を落とした。
活字を目で追っているのに、気づけば同じ行を読んでいる。
イライラして、落ち着かない。
とうとう手塚は本を閉じてしまった。
大石の語る彼女。
そんなこと。俺だって知っている!と、心の中で言い返していた。
彼女は確かにおとなしく目立たないが、その心のうちには他の女の子にはないものを持っている。
だからこそ、自分は惹かれたのだと思っている。
それを、もっと以前から大石が知っていたのが悔しかった。
ああ・・・これが嫉妬というものか?
大石が悪いわけでもないのに、八つ当たりもいいところだ。
本当に。恋とは厄介なものだ。
再び思って、大きな溜息を落とす手塚だった。
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