片恋 13










ふたりは、優しい時間を重ねていった。


忙しい手塚には、そんなに自由な時間がない。
それでもとの時間を切ないほどに欲して、無理矢理に時間を作る。
今までなら先に先にと片付けていた事を、今は『後でいい』と思えるようになった。


ずっと走り続けていた自分に気がつく。
と出会って。立ち止まって周囲を見渡したり、少し歩みを緩める余裕ができた。


彼女の傍にいると、フッ・・・と肩の力が抜ける時間がある。
それが心地いい。


会うたび、彼女に惹かれていく自分。


そろそろ限界かもしれない。
彼女に想いを打ち明けていいだろうか。


そんなことを思い始めていた。





で、最近の手塚と自分の関係に悩んでいた。


手塚が優しすぎる。
時々、彼は自分に特別な想いを抱いてくれているのでは・・・と夢のような錯覚さえ覚えてしまう。


この前の日曜日も、がバイトの終わる時間を見計らったかのように手塚が現れた。
がバイトを終えるのを待ち、共に駅まで歩く。
たった5分ほどの距離。


いつもと同じように本の話をして、少しだけ買ったばかりの釣り雑誌の話もしてくれて。
自然に笑って、彼の趣味の話を聞いて。


そして、駅での別れ際。



『また、明日。気をつけて。』



そういった手塚の手が、すっと伸びてきて、の頭をポンポンと撫でた。


は驚いた。そんなこと初めてだったから。
瞬きも忘れて見上げるに、手塚はほんの少し照れくさそうに微笑んで『じゃあ』と片手をあげる。


どんな顔をしていいのか分からず。
俯き加減で『じゃあ。明日・・・』と上目づかいで告げれば、また手塚が優しく微笑んだ。


電車を待つ間も。電車に乗ってからも。
彼の瞳と手の感触が思い出されて、ドキドキが止まらなかった。



あんなに優しい仕草・・・誰にでもするのだろうか?



少なくとも、が見つめ続けてきた数年間。
彼が他の女の子に触れるのも、あんなに優しい瞳で見つめるのも、見たことが無かった。



まさか?ううん。そんなことあるわけが無い。でも?
どうして、そんなに優しいの?



聞きたいのに聞けなくて。
ただただ、恋心だけが募っていく。





気温がぐっと下がってきた頃。
水面に石が投げられた。





手塚は校内ランキング戦にむけてトーナメント表を組み、コピーをしてから部活に出る予定だった。
コピーを済ませ昇降口に下りてきたところで、
靴を履き替えロッカーの蓋を閉めているの横顔を見つけた。


今日はもう会えないと思っていたのに、思いがけず彼女の姿を見つけることが出来て
勝手に頬が緩んでくる。


」と呼べば、「手塚君」と彼女が微笑んだ。



「今からバイトか?」
「うん。手塚君、今日はゆっくりなのね。」


「ああ、コピーをしていた。」



そう言って、手にした紙をほんの少し掲げて見せる。
するとが「あ・・」と、小さく声をあげた。



「手塚君、指。血が出てる。」
「ん?ああ、新しい紙を出したとき、紙で切ってしまったんだ。たいしたことはない。」


「あ・・私、絆創膏持ってる。」



慌ててポケットを探るに『部室に行けばある』と言いいかけた手塚だったが、
彼女がしてくれるならと黙って左手の人差し指を出した。
はポケットから赤い定期入れを出して、中に入れっぱなしにしてあった絆創膏を取り出そうとした。
カバンを片手に持ったまま、ぎこちなく取り出そうとした定期入れの中の絆創膏。
引っ張り出したときに、定期が手から滑って落ちた。


は焦った。中には手塚の写真が入っている。
手塚が素早く体を折る。



「待って!拾わないで!」

と言うの言葉より早く、手塚は定期を拾ってしまった。


手塚が拾い上げた定期に入れられている写真を見てしまった。
じっ・・・と写真を見つめている手塚に、は気が動転して言葉も出ない。
膝がガクガクと震えてくるようだった。



「そういうことか。」



低い手塚の声が静かに響く。



「あ・・・あの・・・」



ああ、どうしよう。手塚君に、私の気持ちを知られてしまった。何て言えば?



混乱するの前に、定期入れが差し出された。
おそるおそる見上げた手塚の顔を見て、は背中が震えた。


冷たい・・・瞳。
そんな瞳。初めて見た。



「大石が好きだったんだな。・・・それならそうと早く言ってくれれば、大石に伝えてやったが?」



冷たい・・・声。
どうして?どうして?どうして?



「違う・・・違うよっ」



手塚の目の前で。の瞳に、みるみる涙が盛り上がってきた。



?」


「違うっ!」



初めて聞く、の大きな声。は口元を覆うと手塚に背を向けて走り出した。



っ!」



手塚も慌てて自分のロッカーを開けて靴に履き替えた。
かかとを踏んだまま昇降口を飛び出したが、すでにの姿は消えてしまっている。


手に残ったのは、の赤い定期。
校門を見つめながら息を吐く。
前髪をクシャリと掴んで立ち尽くす手塚は、自己嫌悪でどうにかなってしまいそうだった。


置き去りにしてきたカバンを取りに昇降口へ戻ると、
が立っていた場所に絆創膏が一枚落ちていた。
それを拾う。急に、さっき切ってしまった左手の傷がズキズキと痛み出した。



もう一度、定期の写真を見る。


『違う』の意味。涙の意味。



ふと、写真に違和感を感じた。
大石の後ろに立つ自分の姿に気がつく。
肝心の大石の顔が3分の1ほど切れていた。


そして何故か。
写真の中心は、空を見上げている小さな自分の横顔。


まさか?
そうであって欲しいという、みっともない願望か?



「え?俺?」



突然、横から大石の声がした。
大石の気配にも気づけなかった自分に驚く。



「それは?」
のだ。」



苦々しく答える手塚に、大石はニッコリして朗らかに言った。



「なぁんだ、やっぱりそうか。」



思わずムッとする手塚になど気づかずに、大石は満足げに言葉を続け。
手塚は驚愕の表情に変わる。



さん、やっぱり手塚のことが好きだったんだ。」
「なに?」


「だって・・・これ。手塚を中心に入れられた写真だろ?俺なんか、切られちゃってる。」



アハハハハと、頭をかく大石と定期入れの写真を交互に見つめる。
ずっと、彼女は手塚が好きなんだろうなぁ・・・って思ってたんだ。と、大石は屈託が無い。



「大石。すまない、後を頼む。これを乾にまとめて貰ってくれ。
 それと、練習メニューは昨日のとおりで頼む。先生には、適当に。」
「て・・・適当って、おいっ手塚っ」



突然、手塚がラケットバッグを背負ってコピーを自分に押し付けてくるものだから、
今度は大石が焦った。



「確かめたいんだ。頼む」



視線はすでに校門に向いている手塚に、大石は苦笑するしかない。
部活を何より優先している手塚が行くと言うのだ。よほどの事だと思う。


手塚にとって・・・とても大事な人。



「分かったよ。」
「すまない」



手塚は、すぐに走り出した。



「あーあ。こりゃ大変。」



大石はクスクス笑いながら手塚を見送り、これから後の騒ぎを想像しながら部室に向かった。




















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