片恋 2
は子供の頃から本が好きな子供だった。
父親が新聞社勤めで、長く文芸部の担当だったことも影響が大きかった。
次々と父親が持ち帰る新刊。
新しい本が、いつもリビングのテーブルに置かれている様な環境。
いつしかの夢は、出版社に勤めて、自分が発掘した作家の本を出したい。
そんな大きな夢になっていた。
幼い頃から体が小さく病弱だったにとって、
本は一番の親友だった。
今でも華奢な体はしているが、健康になっていた。
だが、おとなしく引っ込み思案な性格は変わらず、
小学校も中学校も悲しくなるぐらい存在感がなかった。
まったく目立たない彼女。
それでも、数人の心優しい友達もいて、穏やかに学校生活を送っていた。
そんな彼女の恋。
それも中学から数えて、数年越しの片想い。
それが、青学テニス部部長 手塚国光だった。
彼は全国区のテニスプレイヤーだった。
中学で一度、肩の故障をしたものの。
復帰してからは負け知らずの天才プレイヤーと呼ばれて、プロのテニス界からも注目されている。
おまけに成績優秀。
中学では生徒会長を務め。
高校2年の秋には、またダントツの得票数で生徒会長になった実力者だ。
加えて、容姿端麗。
長身のバランスよい体に、端正な顔。
メガネがクールな目元に似合って知的だった。
口数は少ないが、きちんと他人の話を聞いて的確な答えを返せる。
落ち着いた声も、女子生徒の憧れだった。
とにかく、学校一の有名人。かつ、人気者の彼。
彼に憧れる女の子は沢山いた。
その中のひとり。それが、だった。
彼を意識したのは中学の図書室。
図書室に入り浸っていたは、ある男子生徒に気がついた。
彼は昼休みに現れて本を探す。
数冊をパラパラめくって、少し考える素振りをしてから1冊を選んで借りていく。
そんな彼の仕草を見るだけで、本好きなのが分かる気がして、は親しみを持った。
そのうち、彼の借りていく本が自分の好みと似通っているのにも気がついた。
2冊の本を手に持って悩んでいる彼に、
心の中では『うん、そっちの方が面白かったよ』と話しかける。
彼がお薦めの本を借りていくと、想いが通じたようで嬉しくて。
その日は何度も、思い出し笑いをしてしまうだった。
彼の名前を知ったのは中学2年の時。
壇上で、校長先生からテニスで表彰されていた。
拍手と共に女子生徒の溜息にも似た声が上がる。
『手塚君、次期テニス部部長だって。カッコイイ!』
周囲のクラスメイト達が噂話をしている中、はぼんやりと手塚を見つめていた。
秋の生徒会選挙では、また彼の姿が壇上にあった。
低く通る声は他の男の子達とは違う響きで、体育館に広がっていく。
その後は、生徒会長になった彼の声を毎週マイクを通して聞くことになった。
彼の声を聞くことが出来る。
億劫だった朝礼も、何にも代え難い貴重な時間となる。
は、たくさんの女の子に混ざって試合観戦にも行った。
前には出て行けないから、いつもずっと遠く離れた場所から応援していた。
そして、見てしまった。
彼が肩を痛めた、氷帝との試合も。
引き裂かれるような胸の痛みに、知らず涙が流れた。
『肩の治療のために、手塚は休学するらしい』
そんな噂が流れてすぐに、彼の姿が図書室から消えた。
は毎日、図書室に通って窓の外を見上げた。
『手塚君の肩が、はやく良くなりますように』と、流れる雲に祈る。
雲は、きっと手塚君の元まで形を変えても流れていく。
そんな気がして、毎日祈った。
図書室で、手塚を待つ。
それが、に出来る精一杯。
夏の終わり。
学生服姿の手塚が新刊コーナーの前に立っているのを目にした。
本棚の奥に隠れて、背中を本に預けながら、泣いた。
「手塚君、お帰りなさい」
小さな呟きは、手塚に届くことはなかったけれど。
もうにも分かっていた。
自分の胸にある、手塚への想い。
それは、恋。
片恋。
彼は、私の名前も・・・顔さえ知らない。
それでも。
高校2年の冬。
そんなが、大切な彼の写真を手に入れた。
手のひらに載せた一枚の写真。
大石がアップで写っている、その後ろ。
小さな彼が、空か何かを見上げている。
自然な表情の横顔。
泣きたくなるような愛しさに、はそっとプリントされた手塚に触れた。
それだけで胸がドキドキして、切なくて、視界が滲む。
大切に。赤い定期入れに、彼の写真を忍ばせる。
私の宝物。
の宝物は定期と共に、いつも彼女の身につけられた。
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