片恋 4










手塚は、時間を見ては本屋に通うようになった。
休日などは青学のレギュラージャージにラケットバッグを背負った姿でやってくる。


毎回、本を買うわけではない。
パラパラと本をめくり、新刊には目を通しておく。
そして、必ず『お薦めの理由』を読む。


居心地のよさと、置かれている本の質。店側の本に対する愛情。
そんなものが気にいって、手塚は通いつめるようになっていた。


何度も通ううち、ここには店主とアルバイトの女の子しかいないことが分かった。
店主はいつ見ても本を読んでいる。
その隣で、女の子はエプロンに白い手袋をして働いていた。


手塚は、彼女のことを自分と同じ学校の・・・しかも同じ学年の生徒などとは思いもしない。
バイト中のは、制服を脱いで動きやすい服に着替えて働いていた。
青学の制服を着ていないから、尚更気づかれない。





だが、手塚は彼女のことが気になってしかたがなかった。


『お薦めの理由』を書いているのは彼女なのではないか?と、ずっと気になっている。


手塚は、この『お薦めの理由』を好んで読んでいた。


とても分かりやすくて、自分の考えを押し付けるわけでもない。
ただの紹介文でもない。
きちんと本の内容を理解した上で、愛情を持って書かれた言葉。


それを読むと、つい自分もその本を手にとってしまいたくなる。
そんな気持ちにさせる文章だった。





ある日。
いつものように本屋の引き戸を開けると、ちょうど彼女が『お薦めの理由』を
クリップで留めているところだった。


入ってきた手塚の顔を見ると、ハッとした顔をして慌てて立ち上がる。
邪魔にでもなると思ったのだろうか、
ぎこちなく本の前に置かれたクリップや紙を手に立ち去ろうとした。
その手に、他にも『お薦めの理由』と書いた紙が握られている。


手塚は、思わず声をかけた。





「それは、君が?」
「え?」


「その『お薦めの理由』は、君が書いて?」
「あ・・・あの・・・そうです。」


「そうか。」





やはり、そうだった。
何故だろう。
自分の予想通りだったのが嬉しかったのか、
こんな文章を書ける人間に会えたのが嬉しかったのか。


手塚は、胸のうちに湧いてくる嬉しさが押さえきれず微笑んだ。


途端に、目の前の彼女が赤くなって俯いた。
手塚は焦る。嘲笑したと誤解されたのだろうか、と。





「いや・・・あ、違うんだ。決して、変な意味で笑ったのではない。
 この『お薦めの理由』を気にいっていて・・・それで誰が書いているのか知りたかった。
 それが分かったものだから・・・つい。すまない。」





手塚が頭を下げると、彼女は慌てて手を振った。





「いえ、あっ、あのっ、ごめんなさい。私・・・恥ずかしくて。だから、あのっ、謝らないで下さい。」
「そう・・なのか?」


「ごめんなさい。私こそ・・・あのっ、あ・・ありがとうございます。
 気にいってくださって、あの・・とても嬉しいです。」





語尾が小さくなりながら、はペコリと頭をさげた。


手塚よりかなり小さな彼女。
耳たぶまで赤くして、はにかんでいる姿から、手塚は目が離せなかった。





その日から。気づけば、彼女のことを考えている自分がいた。
本のページをめくりながら、彼女が書いていた『お薦めの理由』の意味が分かってくる。


その度、自然と笑みが零れた。





彼女の名前・・・何といっただろうか?





初めて店に行った時、店主が呼んでいたのに。
忘れてしまった自分が悔やまれてならなかった。





彼女のことを想う。
彼女の名前を知りたいと思う。この感情は?





彼は不思議に甘い苦しさを感じて目を閉じた。










の手の中には赤い定期。
電車を使うたびに、手のひらの中に包んで見つめる彼の写真。


今までは、ただ遠くから見ていただけの人。
でも、今は違う。


彼は私の名前も知らない。きっと、同じ学校だってことも知らない。
それでも。あの本屋では、手塚君に・・・ちゃんと存在を認められている。


今まで、まったく彼の視界にも入っていなかった頃に比べれば夢のような事だった。


バイトの間、彼をいつも待っている。
引き戸の音がするたび振り返り、長身の彼がガラス戸に立った姿を見つけるだけで
心臓が駆け足になり始める。


手塚君が店に入ってきて、私を見る。
すると、ほんの少し瞳を柔らかくしてくれるのが最近分かるようになった。


嬉しい。嬉しすぎて、苦しいくらい。
どんどん、止められないほど好きになっていく。





「あ・・・」


は思わず、柱の影に身を隠した。
廊下の向こうから、手塚とテニス部副部長の大石が並んで歩いていた。


隠れることはない。堂々と廊下を歩いていけば、今の手塚なら自分に気がつくだろう。
そうは思うのに、身を硬くして窓の方を向く。





「今度のオーダー、本当にそれでいくのか?」
「ああ。テストも兼ねている。」


「越前の入学も見越してか?誰かが、ダブルスにまわらないといけなくなるだろうし。」
「それは、やってみないと分からない。」





柔らかな大石の声と硬質な手塚の声が、背中を通り過ぎていく。
随分と遠ざかってから、はそっと振り返った。


広い背中。いつも、いつも。見つめている背中。


その時、気がついた。
彼の左手に握られている単行本。それには、見慣れたブックカバー。
がいつも折っている、本屋のカバーがかけられていた。


当たり前のことだけど。彼が、あの店で買った本を読んでいる。
自分の手をかけたカバーが彼の本を包み、彼の手に触れる。


それだけのことに、泣きたくなるほど切なくなって。


は遠ざかっていく手塚の背を見つめ続けた。




















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