片恋 5
の片恋が動き出したのは、二度目の出会いから。
は相変わらず目立たず静かに学校生活を送っている。
やっぱり遠くから手塚の姿を追い、見つめているだけ。
それでも本屋にやってくる彼とは、僅かばかりの会話を交わせるようになっていた。
『この前の本・・・お薦めどおり、面白かった。』
『あ・・そうですか。良かったです。』
それぐらいのもの。
もっと、気のきいた言葉を返せれば会話も続くのだろうが、緊張して顔も見られない状態。
話しかけられただけで嬉しくて、もう頭の中は大混乱で言葉が出ない。
『あ・・ありがとうございました。』
の声に、彼がほんの少し頭を下げて店を出て行く。
その背中を最後まで見送って、やっと普通に呼吸が出来る有様だった。
『ちゃん。』
『はい?』
『恋って、いいね。』
『おっ、おじさん!?』
『いっぱい、いっぱい、好きになるといい。
君は、とってもステキな女の子だよ?』
真っ赤になって俯いたに、店主は笑いながら飴をくれた。
恥ずかしさを紛らわせるために口に入れたイチゴミルクの飴は、甘酸っぱい味だった。
ステキな女の子。
おじさんは、そう言ってくれたけど。とても、ステキ・・・だとは思えない。
何のとりえもないし、美人でもない。
色白なのが、せめてもの救い。
『色の白いは、七難隠すっていうから』と、祖母に言われた。
それって、私には七難もあるんだろうか?と、かえって落ち込んだ記憶が生々しい。
みにくいアヒルの子みたいに、いつかは白鳥になれたならいいのに。
そんな馬鹿なことを考えながら、昼休みに図書室で本を物色していた。
あ・・・あれ、面白そう。
かなり古い本だったが、ファンタジー系の題名だった。
なんとなく惹かれて手を伸ばしたが、悲しいかな・・・155センチの身長では届かない。
背伸びを思いっきりして、なんとか背表紙に手が届く・・・というところで。
後ろから黒い学生服の手が伸びてきた。
が取ろうとしていた本を難なく引き抜いてくれる。
「すみません」 と振り向いたの耳に。
「君は・・・」 と洩れた声。
手塚は唖然としてを見下ろしていた。
「手塚君!」
「俺の名前を?」
思わず名前を呼んでしまったに、手塚は我に返って眉根を寄せる。
「同じ学校だったのを・・・知っていたのか?」
コクンと頷く。
怯えたように小さな体を竦めている彼女を見て、手塚は少し言葉を優しくした。
「すまない。怒っているわけではないから・・・。学年は?」
「2年・・・です。」
「同じじゃないか。」
あまりのことに声が大きくなって、またがビクッと肩を揺らした。
「あ・・・いや。同じ学年なのに、何故気づかなかったのだろうと。転校してきたのか?」
「違う・・。中学から、ずっと青学です。」
消えそうな声で答えるに、手塚は目眩を感じた。
中学から、ずっと青学だったというのか?
まったく彼女のことなど知らなかった。
黙り込んだ手塚に、が小さく付け加えた。
「私、目立たないから」 と。
「クラスは?」
「・・1組」
「・・・名前は?」
手塚は、少し緊張して彼女の名前を聞いた。
「・・・です。」
。心の中で、反芻して胸の中に仕舞う。
彼女は俯いたまま、手塚の顔を見ようともしない。
怖がらせたのかもしれないと、自分の不器用さが恨めしかった。
「・・さん。同じ学校なら都合がいい。
良かったら・・・俺にお薦めの本を教えてくれないか?」
「え?」
初めて彼女が顔をあげて、信じられないものでも見るように手塚を見上げてきた。
「出来たら・・・本の貸し借りをしてもらったり。本の感想を話したりする・・・
友人になって欲しいのだが。」
「私が?」
「まわりに本のことを話せる友人が少なくて、いや・・・迷惑なら無理にとは言えないが。」
女の子に友人になってくれ、など。初めて口にした言葉に、手塚自身が恥ずかしくなってしまった。
口元を押さえ、語尾がうやむやになっていく。
は、ただただ目の前の手塚を見つめていた。
彼の言葉を繰り返し。自分に何を求めてくれているのかを理解する。
じわっと、目の奥が熱くなってきた。
手塚は彼女の瞳が潤んでくるのに気がついて慌てた。
「?どうした?いや・・・いいんだ。嫌なら断わって」
「ちが・・・う。あの・・嬉しくて。」
嬉しい?
「私なんかでよければ・・・よろしくおねがいします。」
彼女が頭を下げた。つられて、手塚も「こちらこそ。よろしく頼む。」と頭を下げた。
顔をあげた二人の目が合う。
の瞳からは涙が零れていた。なのに、笑顔で手塚を見上げる。
綺麗な泣き笑いに、手塚は目をみはった。
とりあえず。
昼休みは、ここで会おう。
そう約束して、二人は別れた。
教室に戻っても、手塚の胸は落ち着かなかった。
彼女のクラス。名前。涙。笑顔。
いろいろなものが、一気に押し寄せてきた。
なぜ・・・泣いたんだろうか。
怖がらせた自分に頭を抱える。
だが、最後は笑ってくれた。それが、救いだ。
嫌がっているふうでもなかった。
状況を分析しながら、自分の都合のいいように考えていることに気づき苦笑する。
明日からが楽しみだ。
は大好きな国語の時間も上の空だった。
ポケットに入れてある定期に触れる。
それだけで、胸がいっぱいになった。
『』と、名前を呼んでくれた。
一度でいい。彼に名前を呼んで欲しいと願っていた。
それが、今日・・・叶った。
だが、それ以上のことが起こった。
『友人になって欲しいのだが』
信じられない言葉、泣いてしまうほど嬉しかった。
一生分の運を使い切ってしまったのではないだろうか・・・と思えるほどの幸運だった。
嬉しくて。幸せで。
二人は胸に湧く想いを抱きしめながら。
明日に想いを馳せた。
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