片恋 7










その翌日も、ふたりの姿は図書室にあった。


昨日約束したとおり、ふたりはお互いがお薦めする本を持ち寄って交換した。
そして、どこがお薦めなのか。ふたりの会話は弾む。


やっぱり、昼休みは瞬く間に過ぎていき。
予鈴が鳴って「ああ・・・もう、時間か」と手塚が呟く。


その言葉を聞くだけで。の胸は、きゅんとした。



「また、明日。」



彼が当たり前のように言い、は頷く。
明日という言葉に心が震えていた。





その日の午後。


移動教室に向かう途中、前から手塚と大石が歩いてきた。
いつもの癖で、咄嗟に隠れようか・・・と思った


だが、手塚の瞳の方が早くにを捕らえた。


ああ、という表情をして、手塚はを目指して歩いてくる。
思わず立ち尽くす彼女の前までくると、メガネのブリッジを押し上げた。



「すまない。明日の昼休みは、生徒会の仕事が入ってしまった。」
「あっ・・あの、えっと・・・分かりました。」


「しばらく昼休みが潰れるかも知れないのだが。」
「いいのっ、あの・・・気にしないで。」



がっかりする感情は止められない。
それでもは笑顔で『大丈夫だから』と手を振ってみせた。


そんなを穏やかな表情で見下ろし、手塚は付け加えた。



「また、時間が空くようなら・・・会おう。のところへ誘いに行くから。」
「え?」



聞き返すに、手塚は「そういうことだから」と言い残して歩き出した。
呼び止めることなど出来ないは、呆然として手塚の背中を見送る。


手塚の後を追っての横を通り過ぎた大石が、ちらっと振り返って会釈してきた。
さすがにクラスメイトだった大石とは面識があるからも軽く頭を下げる。


大石はニコッと微笑むと「手塚、待てよ!」と言いながら、階段を下りていく彼を追いかけて行った。


途端に、近くにいた友達がわっと寄ってきた。
手塚が近付いてきた時点で、彼女たちは後ろに下がって二人の会話を聞いていた。



「ちょっと、!どういうこと?何で、手塚君が?ねぇ、聞かせてよっ」

「ねっねっ、昼休みって何?誘いに来るって・・・どういう関係なの?ねぇってば。」



顔を覗きこまれて、矢継ぎ早に質問される。
彼女達にとっては思いもよらぬ展開だ。


あの有名人、手塚国光との接点など考えられなかった。
それなのに手塚から話しかけてきた。そのうえ、何やら親しげな会話。


彼女達はを取り囲み、興奮気味に質問をしてくる。
は何といっててのかも分からず、ただ真っ赤になって俯くばかりだった。



結局、友達には根掘り葉掘りとしつこく聞かれ。
図書室で本を取ってもらい、それがキッカケで本の話をするようになったのだと。
しどろもどろに説明した。


友達にも、手塚に片想いしていることは話していなかった。
こんな自分が彼のような人気者を好きだなんて、おこがましい気がして。
彼を想っていることさえ口にしてはいけないと思い込んでいたのだ。



「え〜、いいな。手塚君と話せる子なんて、そうはいないよ?」

「そうそう、同じクラスになったって、なんとなく近寄りがたいっていうかさ。
 まずは、緊張して話せないよねぇ。」

「対等に話ができるのなんて、生徒会の女の子か、女テニの部長くらいだよ。」



友人達の会話が飛びかう中で、は心の中の大事なものを
人にさらしたような気持ちになって切なかった。



本当は、図書室での約束も誰にも話したくなかった。
図書室は、にとって大切な場所。
彼を知り、恋をして。今は、彼とのささやかな接点を与えてくれた。


何ひとつ、誰にも話したくはなかった。
大事に大事に、自分の心の中に仕舞っておきたかったのだ。



だが、手塚と本屋で出会ったことだけは話さなかった。
そこで初めて、彼に存在を認めてもらえたことも。



あの本屋こそ、特別だから。





「でもさ、。おとなしいと思ってたら、結構やるときゃやるんだね!
 手塚君となんて。意外〜!」





友達の一人が言った。軽い冗談を含んだ声。
なのに。とても傷ついたの瞳があった。





階段を降りきった所で、大石が手塚の隣に並んだ。



「手塚、さんと親しいんだ。」
「・・・・本仲間だ。」


「ああ、確かに。彼女、いつも本を読んでたなぁ。でも、どこで知りあったんだ?
 手塚とはクラスが違うだろ?」
「・・・図書室だ。」



表情ひとつ変えず淡々と短く答える手塚に、大石は内心で苦笑する。



「ふーん。俺としては、いろいろ興味津々だけど。
 これ以上追求すると手塚が不機嫌になりそうだから止めておくよ。」
「・・・・。」



何が楽しいのか、ニコニコしている大石。
ちらっと大石の顔を横目に見てから、手塚は溜息をついた。



廊下で彼女に声をかけたのは不味かったかとも思う。
ただ、廊下で会わなければ教室に直接断りに行こうと思っていたのだから、それよりはマシだろう。


彼女と簡単に連絡がつけばいいのだが。


携帯が頭に浮かぶ。
今まで、必要があって携帯は持っていたものの、
『着信専用だね』と乾に分析されるほど自ら使ったことはなかった。


カバンの中に入れっぱなしで、電源を切ったままの緊急連絡用になっている携帯。



あるものは使ったほうがいいだろう。





頭の中で自分に理由をつける手塚だった。





















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