片恋 8










放課後。


いつものようにバイト先に向かい、本を並べる作業をしていた
気づけば手が止まって、ぼんやりとしていた。


今日の昼までは幸せな気持ちだった。


今は・・・


廊下での事を思い出して心が揺れる。


彼と話せたことも、次の約束も、彼が話しかけてきてくれたのも、とても嬉しかった。


けれど。
彼と自分が話すだけで集まった好奇の視線を思い出すだけで身が竦んでしまう。
目立たずに生活してきたには居心地の悪いものだった。
いつも注目されている彼に近くなるということは、自分にも目が向くということだと知った。


また、しり込みしてしまう自分。


勝手に出てくる溜息を止められないでいると、背中で引き戸の開く音がした。
振り向けば、ラケットバッグを背負った手塚が店に入ってきた。


を見つけると、迷いのない瞳で近付いてくる。



、ちょっと話したいことがあるのだが・・・バイトは何時に終わる?」



時計を見れば、もう7時前だった。



「7時まで・・・」
「そうか。もう少しだな。ここで、待っている。」



手塚は、すっと身を引いて雑誌のコーナーに行ってしまった。
のバイトが終わるまで、時間を潰すつもりらしい。


何がどうしたのか混乱しているを店主が手招きする。
「もう、いいから。」と笑顔で促され、は奥に入って着替えをした。
何の話だろう?考えながら結ぶ制服のリボンが、上手く結べなくて何度もやり直す。


やっと青学の制服に着替えて店に出てくると、手塚も気がついて本を棚に戻した。
店主にが声をかけ、さりげなく横に並んだ手塚も軽く会釈をして外に出る。


若いふたりが並んで店を出て行く後姿を、店主は楽しそうに見送っていた。





は緊張して顔が上げられず、俯き加減で手塚の影を見つめながら歩いていた。



「駅でいいのか?」
「うん。」


「7時までだと、帰りが暗くなるだろう?」
「家は・・・N駅から7分くらいだから。」



手塚は彼女が降りる駅を思い起こす。
ここからだと4駅ほど向こうだ。
自分は、この駅からバスに乗って自宅に帰る。


彼女と話せるのは、本屋から駅までの僅かな時間しかない。



、携帯を持っているか?」
「え?あ・・うん。」



バイトを始めてから、心配した母に勧められて持った真新しい携帯がある。
親しい友達とメールのやり取りをするぐらいにしか使わないけれど。



「番号とメールアドレスを教えてくれないか。俺のも教えるから。
 それで連絡をとれるようにすれば、と思うのだが。」
「いいの?」


「ん?なにがだ?」
「あ・・あの、私なんかに・・・教えても?」



手塚の方が驚いた顔を見せた。
マジマジとの顔を見つめてから、フ・・と笑う。



「それは俺のセリフなのだが。俺なんかに、教えてもらえるだろうか?」
「そっ、そんなこと。いくらでもっ」


「良かった。」



手塚は軽くいうと、カバンから携帯を出してきた。
シルバーのシンプルな携帯が手塚らしい。
も制服のポケットからピンクの携帯を出してきた。


駅が近くなり、店のネオンも明るい。



「じゃあ、番号を・・・」
「えっと、待って。自分の番号って・・・えっと・・・」



使い慣れない携帯に、は自分の番号やアドレスさえ探せずに慌てた。
手塚が待っていると思えば尚更焦る。


ああでもない、こうでもないとボタンを押していたら。
ふわっと自分に影が落ちてきた。


手塚が自分の斜め後ろに立って、ディスプレイを覗き込んでいる。



「俺のを先に打ち込もう。そうすれば、俺のにも登録される。電話をかけてくれるか?」
「お・・お願いします。」



の斜め後ろで、手塚の声が数字を紡ぐ。
その通りに数字を打っていけば、ピロロロ・・・と電子音が鳴り始めた。



「ちょっと待っててくれ。」



の後ろで手塚が操作をし始める。の着信履歴を登録しているのだろう。



「アドレスは・・・。俺が入力した方が早いな。携帯を貸してもらっていいだろうか?」



頷いて手塚に携帯を差し出すと、それを手に取った彼の指がほんの少しに触れた。



ドクン、と。体中に鼓動が響く。


は手塚が僅かに触れた手を抱きしめて、下を向き息を詰めていた。
頭の上ではピッ、ピッと入力する音がしている。


顔が赤くなってくるのが分かる。
ああ、外が暗くなってて良かった。と思いながら立っていると、また電子音がしてきた。



「俺もあまり使わないから不慣れなのだが・・・大丈夫だろう。」



顔を上げれば、柔らかい表情をした手塚が携帯を差し出している。
今度は手塚の手に触れないように、注意しながら携帯を受け取った。



「昼休みに用事が入ったり、その反対だったりしたらメールをする。いいか?」
「うん。」


も、何かあったら電話でもメールでもしてくれ。」
「わかった。」



は携帯を両手で、ぎゅっと握り締めた。



「じゃあ、気をつけて。」



手塚はが改札を抜けて姿が見えなくなるまで見送った。
は何度も振り返って、ほんの少し頭を下げる。


それを3度ほど繰り返し、人の波に消えていった。



ほぅ・・・と息を吐き。
手塚はバス停に向かう。
握ったままだった携帯を開き、登録しかけだった彼女のアドレスを開いた。


』と名前を入力して。


初めて登録した女の子の名前だと気づき、表情を和らげる。



不器用な自分としては、上々だと思われた。
すべてを登録し終わって、なんとなく駅を振り返る。


彼女の姿などあるわけもないのだが、なんとなく。



こんなにも急速に胸に広がってきた想い。
彼女の事を考えるたびに感じる甘い痛み。



さすがに自覚しないわけにはいかなくなってきた。



見つめる指先。
さっき、ほんの少し彼女に触れた指先が、今も鋭い感覚を残している。





重症だな。医者でも治せないとは・・・よく言ったものだ。





独りごちて、ロータリーに入ってきたバスのライトに目を細めた。



















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