片恋 9










は駅のホームで携帯を開く。
履歴には見慣れない番号が残っている。
メールの送信ボックスにも、手塚の残したメールが残っていた。


『テスト』と題名がつけられた空メール。


彼らしい気がして自然と笑みが零れた。
残された番号とアドレスを登録する。


『手塚国光』と打ち込むだけで。
指の感覚がおかしくなりそうなほど、ぎこちなくなる。


登録し終わると、何度も何度も彼のアドレスを呼び出してみた。
自分から電話もメールもすることはないだろう。


それでも、この小さな電話の中に彼の名前が入っているというだけで幸せだった。





家について玄関に入った頃、メールの着信音がした。


「ただいまぁ」と母親に声をかけながら開いたメールには・・・手塚国光という名前。
慌てて階段を駆け上がり、部屋に入って文字を追う。





『無事に着いたか?俺のせいで遅くなってしまったから、気になってメールをしている。』


『ありがとう。今、着いたところです。
 心配をかけてゴメンナサイ。いつもこれぐらいの時間だから、気にしないで。』


『良かった。じゃあ、また。』


『ありがとう。また。』





は制服も着替えずに、ベッドに腰をかけて短いメールのやり取りをした。
思いがけない彼からのメール。
『また』と、彼に使える自分が信じらないと同時に嬉しかった。



手塚に一歩近付くたび。
心にひとつ、大事な宝物が増えていく。
そんな喜びを、は携帯と一緒に抱きしめた。





不思議なもので、以前は会いたくてもなかなか会えなかった手塚に、
ここ最近はよく会うようになった。


昇降口で背中から「おはよう」と声をかけられて飛び上がる。
「おはよう」と返せば、が上履きを履きかえるまで待っている手塚がいる。


階段で2階と3階に別れるまでの短い距離を、さりげなく並んで本の話をしてくる手塚。
は戸惑いながらも、嬉しさが抑え切れなかった。


渡り廊下で会えば、目元を柔らかくして、すれ違う。
言葉は交わさなくても、それだけでお互いが温かい気持ちになる。



図書室で会えない日が続くと、手塚は帰りがけにのいる本屋へ顔を出すようになった。
のバイトが終わるのを待ち、借りていた本を返したり、新しい本を借りる約束をする。


そして、彼女を送りがてら、駅までの道を二人で歩く。





手塚にしては、精一杯のアプローチだった。
のことをもっと知りたかったし、話しもしたかった。
もっと近くなりたいとも思った。



は手塚が自分に寄せる想いなど想像もしない。



見ていた時とは比べ物にならないほど、彼に惹かれていく自分が怖かった。
彼の仕草、言葉、視線の動きひとつにも心をときめかせ、
その度に泣きたくなるほど『好き』と思い知らされる。


手塚が優しく微笑むたび。
穏やかな声をかけてくれるたび。


胸が痛いくらい、ぎゅうっとする。





手塚は、彼女が自分を見上げて微笑む顔が好きだった。
恥ずかしそうに目を細めて笑う表情は可愛らしかった。


恋をする女の子が見せる微笑だ。
それは、想いが自然と溢れた笑顔。
手塚には届いていたものの。
彼はそれを自分への恋心と結び付けられるほど巧みではなかった。





薄闇の道を並んで歩く二人の間は、人ひとり分・・・あいている。


心はお互いを指しながら、まだ重なり合うことのない想いだった。










『明日は、やっと昼休みが空きそうだ。会えるか?』


『うん。大丈夫』


『じゃあ、明日。』



そう言って、駅で別れた翌日。
は手塚に貸す予定の本を抱きしめて、図書室のドアを開けた。


まだ、彼の姿は無い。
ドキドキしながら、何処に席を取ろうかと見回していると声をかけられた。



さん、こっち空いてるよ。」
「大石君」


「俺はもう行くから。どうぞ。」



そういって手招きすると大石が席を立った。
ちょうど窓際の端の席が、大石の分も含めて2つあく。
は頭を下げて、大石の隣の席に座った。



「手塚と待ち合わせだろ?」



机の上の辞書とノートをそろえながら、唐突に聞かれた。
あ・・・あの・・・と口ごもるの表情を見て、大石がクスクスと笑う。



「ああ、ごめん。邪魔はしないよ。すぐ退散する。」


「邪魔なんて」


「いや、手塚が誰か特定の女の子と会ったり、自分から話しかけたりなんて珍しいんだ。
 だから、さんとは・・・よっぽど気が合うんだなと思ってさ。」


「そんなこと。ただ、本の趣味があうだけなのに」


「それでも。あの手塚が女の子を近づけるのって・・・貴重なんだよ?さん、すごいよ。」



は、大石の言葉に一気に頬を染めて俯いた。
あ・・・と、大石は思う。


これは、ひょっとして?


気配りのできる彼は、人の心に聡かった。



「大石?」



そこへ降ってきた硬質な声。
顔を上げれば、手塚が本を片手に立っていた。



「おっと。じゃあ、お先に。それじゃあね、さん。」



そういうと、手塚のために椅子を引いて大石は去っていった。
は頬を染めたまま大石の背中を見送る。


のぼせてしまいそうな頭で、横に座る手塚を見た。
すると余計に意識してしまい顔が熱くなる。


まるで・・・彼にとって自分は特別な存在のような言葉。
自惚れだと。考えすぎだと思っても。
顔が赤くなるのは止められなかった。


そんなの様子に、手塚は眉根を寄せる。



『大石と何を話していたんだ?』喉の奥まで出掛かっている言葉。



思い切って聞いてみようか・・・迷いながらも、
訊ねるタイミングがつかめずに時間が過ぎていく。


なんとなく会話もぎこちなく、視線がうまく合わせられないまま予鈴が鳴った。


本を閉じた時。
やはり気になって、手塚は口を開いた。







呼ばれてが顔を上げると、まっすぐに見つめてくる手塚の瞳とぶつかった。
途端にの心臓が跳ねる。



「さっき・・・」


「手塚君!」



二人が同時に声のするほうを向いた。
ファイルを持った副会長の並川が慌てた様子で歩いてくる。


「手塚君、探したのよ。ちょっと、聞きたいことがあって。」


「ああ、すまない。」


「もうっ。手塚君の携帯番号、教えてよ。そうすれば、こんなに走り回らなくて済むのに。」



彼女はハキハキと、手塚に対しても物怖じすることなく話す。
チラッとの顔を見たが、すぐに視線を手塚に戻しファイルを広げて質問を始めた。


自分の居場所がないのを悟ったは、急いで机の上を片付けると席を立つ。
そっと椅子を元に戻すと、手塚がそれに気がついてに声をかけた。



、すまない。先に戻ってくれ。」


「・・・うん。」



コク・・・と頷き、並川にも軽く頭を下げて横を通り過ぎる。



「あの子、誰?見たこともない子だけど、同じ学年にいたっけ?」



並川の声がの耳に届いた。
はいたたまれない思いで、図書室のドアを開ける。



手塚が何と答えるのか。には聞く勇気がなかった。




















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