君がいれば楽園 2
「おはよう、平古場クン!もうコートの準備はできてるよ。」
「お、おうよ。今朝も早いな。」
朝練の時間ギリギリにしか行かない俺はより早くに着いたことがない。
永四郎でさえより早くに着くことは滅多にないと言っていた。
いったい何時から働いているのやら。
すでにひと働きしたらしいは頬を紅潮させて額の汗を拭っている。
「先輩、ペットボトルは部室の前に運んでおきました。」
「ありがとう。こっちはいいから、新垣君たちは三年生の練習についていいよ。」
ペコリと頭を下げて一年がコートに走っていく。
その背中を見送って、また次の仕事を始めたは頼もしい。
「すっかり溶け込んでるよなぁ。」
「本当?ならいいんだけど。でも、まだ木手君は『OK』とは言ってくれないのよ。」
「時間の問題だろ。」
「そうかな。平古場クンにそう言ってもらうと元気が出てきた。ありがとうね。」
は屈託なく笑って、額に流れる汗を細い指で拭う。
都会育ちの人間には堪える暑さだろう。
それでも愚痴一つ言わずに頑張る姿を見て、ほとんどの部員がを認めていた。
実際、男所帯で大雑把に行われていた部活の諸々がの手で整備されてきている。
なんといっても部室が綺麗になった。ゴミ溜めから見違えるような部室へ。
それには永四郎だって悪い気はしていないだろう。
なんてったって綺麗好きな永四郎は年中『片付けろ』と怒っているんだから。
「ま、なんか困ったことがあったら俺に相談しろよ。」
「ありがとう。あ、そうだ・・・なら一つお願いがあるの。」
「なんだばぁ?」
「私に言葉を教えて。」
「言葉?」
は休み時間になると、ノート片手に俺の言葉をメモに取る。
皆が方言で喋りはじめるとチンプンカンプンなのと、女のコらしい小さな丸い文字でノートを埋めた。
繊細な作りをした女だと思う。
瞳の色も、長い睫毛も、薄くピンクに色づく唇も、何もかもが西洋の人形みたいに綺麗だ。
「こんにちはって、めんそーれだっけ?空港に書いてあったような。ね、平古場クン?」
「あい?あ、なんだ?」
呼ばれてハッと我に返った。
机に頬杖をついたまま、ぼんやりとを見つめていたらしい。
うろたえる俺をよそにが悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「やーとぅるばらんけーど−(ぼ〜としてんなよ)」
「たーがよ!めんそーれは『いらっしゃい』だっ!」
つい目の前の頭を軽く小突いた。
声をあげて大げさに頭を抱えたから柔らかな花の香りがして鼓動が跳ねる。
ドキドキする胸に自分で驚いて、それを誤魔化すために俺は怒ったような口調になる。
そんなのにヘコむじゃないし、というか普段もっと永四郎に怒られているから慣れているようだ。
こりゃマズイかなと思っても、どうしようもない。
何がどうしてなんか考えても仕方のないこと。
が可愛いのは事実なんだし、
この先で好きになるかは別として、今の楽しい時間を俺は気にいっている。
「やぁは、なーらなーらやっさー」
「私が何?」
「まだまだってことさぁ。ま、俺の事は平古場先生と呼びなっし。」
「なら私が標準語を教えてあげる。平古場クン、都会っ子計画。先生と呼んでもいいよ?」
はぁ?もう一発殴っといて、ついでにドキドキも体験しとくか。
もちろん俺は速攻で実行に移した。
「ちゅーんあんしあちさよ〜」
「久しぶりに海でも行くかぁ」
休日の部活。
昼過ぎに練習を終えた時には頭から水をかぶった様な悲惨な状態だ。
田仁志なんか、もう大洪水のような汗で見てるだけでも暑くるしい。
というか、痩せてくれ。頼む!
「ね、ね、ちゅーナントカって何?」
そそっと俺の隣に並んできたが訊いてくる。
裕次郎が俺達の様子を窺っているのに、ちょっと優越感。
今んとこクラスが同じで席も隣の俺が一番と仲良しだ。
「今日は暑ちぃ〜ってコト。」
「なるほど。さっきの言葉、もう一回ゆっくり言って。」
はポロシャツの胸元に刺してあったボールペンを取り出し、自分の手のひらに書き始める。
そりゃ汗で消えるだろうよと思ったが、消えたら消えたで、
さっきのアレは何だったけと再び訊いてくるのが分かってるから黙っておいた。
「海、海。えー、木手!」
「まぁ、久しぶりだし良いでしょう。
言っときますが海で喧嘩したり、人を沈めたりしないでくださいよ。
怪我人が出たら試合に出られなくなりますからね。」
あいー、田仁志を沈めてやろうと企んでたが永四郎にはバレバレだったらしい。
どうせウェアは汗で使い物にならないし、俺達はそのままの格好で近くの浜辺に向かう。
「ね、水着は?」
「そんなもん、いらないさ。て、やぁも付いてくるつもりか?」
「もちろん。でも水着を持ってきてないから困ってたんだけど、そのままなんだ。良かった!」
マネージャーが水着持参で部活に来てたら問題だろ。
いや・・ちょっと見てみたい気もするが。
「やぁ、泳げるのか?」
「うーん、15メートルくらいは。」
「やぁ・・・浜辺で砂の城でも作ってるんだな。」
「へ?」
意味の分かってないが可笑しくて、またポンと頭を叩いておいた。
触れれば触れるほど胸がドキドキする。
くすぐったくて気持ちイイさ。
砂浜が見えてきたら、誰ともなく走り出す。
声をかけたわけでもないのに、誰が最初に波打ち際まで辿りつけるか競争だ。
「な、なに?なんで走るの?」
「競争さ!先に行くぜ!」
呆気にとられるを置いて俺も参戦。
クールな顔して、こういうところ負けず嫌いの永四郎が速い。
知念も密かに素早いから要注意。
裕次郎には負けたくないしな。
浜辺まで田仁志以外は横並び。
ラストで思いっきり海にジャンプしたが、考える事は皆同じ。
重なるような大きな水音と舞い上がる水しぶき。
頭からショッパイ海水を浴びながら、順位はどうなったと顔をあげれば遅れて誰かが飛び込んできた。
「うわっ!」
目を開けたところに海水が直撃しサイアク。
顔面を拭い「誰だ」と文句を言おうとしたら、俺の隣に尻餅をついているがいた。
「げっ、やぁも飛び込んだのか?」
「ショッパイ〜」
俺を見て顔をしかめたは当然のことながら部活の格好のまんま、白のポロシャツとハーフパンツ姿だ。
飛び散った海水が前髪から雫となって垂れ、ポロシャツの胸元を濡らす。
寄せては返す波に揺られる細い体が濡れたシャツに綺麗な線を浮かび上がらせていた。
っていうか下着が映ってるし、その姿は刺激的すぎるって。
胸元から目が離せなくなっている俺の視線に気づいたが、自分のシャツを見てカッと赤くなった。
俺も恥ずかしくなって慌てて目をそむける。
俺達をよそに裕次郎や知念が一番は誰かって揉めているのが幸いだ。
とにかく、のこんな姿を他の奴らには見せられないし、見せたくない。
俺は迷わず自分のウェアを脱いで絞るとに差し出した。
「平古場クン?」
「汗臭いだろうけど我慢するさ。それで乾くまで隠しとけばイイだろ。」
片手で透ける胸元を隠しながら、が手を伸ばし俺のウェアを受け取った。
は海から立ち上がり、丁寧にウェアを広げると抱きしめるようにして胸に抱く。
ドクンと大きく鼓動がなった。
なんだろう、眩暈がしそうだ。
「ありがとう・・・」
俯き加減に小さく呟いた彼女が陽射しの中でキラキラと輝いて見えた。
君がいれば楽園 2
2007.07.01
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