君がいれば楽園 4










「ゴメンね」



が済まなそうに謝った。
違うんだ。お前はナンにも悪くない。
頭では分かっているのに、急激に膨らんだ気持ちが俺を素直にさせない。
これ以上の顔を見てられないと、俺は曖昧な返事をして逃げ出した。



その日、一晩を嫉妬と後悔に苛まれて過ごした俺。
こんなの自分らしくない、カッコ悪いのは我慢ならないと思い至ったのは翌朝だった。


に会っても平常心』と呪文のように繰り返し学校へ向かう。



「おはよう」



突然、背中から聞きなれた声がかかった。
振り返る間もなく、隣をいつもと変わらないが走っていき甘い香りが残る。



「あー、おはよう。」



呆気にとられながら答えたがに聞こえたかは分らない。
それでも向こうから声をかけてきてくれたことにホッとした。


教室でも普段通り。はニコニコとしている。
けど、何かが足りない。


その理由を昼休みに気がついた。
が俺に話しかけてこない。
俺が話しかければ笑顔で答えてくるけれど、自分からは声をかけてこなくなっていた。


部活でも同じ。
意識すればするほど、その違和感が拭えない。
理由はと言えば、昨日のコトしか思い浮かばず溜息が出る。


やっぱり怒らせてしまったのかと考え込みながら、テニスシューズに履き替えて気がついた。



「コレ、誰が直してくれたんだぁ。裕次郎か?」
「あい?」


「テニスシューズの紐。今朝、切れてたんだけどよ。放っぽってあったら、新しい紐に替えてあったさ。」
「そんなのに決まってるだろ。」


、なんで」


「彼女は細かいところにまで気がつくマネージャーですからね。
 切れた紐で練習でもしたら危険だと判断したんでしょう。」



ウェアに着替えて乱れた髪をセットしてる永四郎が口をはさむ。
なんか永四郎がを褒めるのが面白くない。



「大きなお世話さ」



憎まれ口を叩いて部室を出れば、ドアを開けたところにファイルを抱えたが立っていた。
あ・・・と後ろに仰け反れば、困ったみたいにが小さく笑う。


今の永四郎との会話、聞こえてないよな。
背中が冷たくなるような気持ちでの表情を窺えば、視線を逸らされてしまった。



「こ・・これ、木手君に渡すようにって。監督から。」



なんだ、永四郎に用事かよ。



「永四郎なら中にいるから自分で渡せばいいだろ。」
「いいの。平古場クンから、」


「呼んでやるさ。永四郎!」
「平古場クン・・・」



が何か言いたそうに俺の名前を呼んだけど、聞こえないふりで走り出す。
ふたりが話してる所なんか見たくない。



ぎこちない俺達。
昨日までは肩を寄せ合うようにして笑い、他愛ない話ができていたのに。
学校に来るのが楽しみで明日が待ち遠しかったのに。
なんだよ、これ。


なんか好きになるんじゃなかったさ。
好きなコに優しくできないなんて、そんな自分が情けないだろ。










数日、俺は傍から見てもイライラしていたんだと思う。
部活からの帰り道、俺の様子を見かねたらしい裕次郎に『海でも寄っていこうぜ』と誘われた。


夕陽が全てをオレンジに染める中、裕次郎が自販機のジュースを投げて寄越してきた。
俺達は堤防の上に腰をおろし、冷えたジュースを口にする。



「凛さぁ、そんな気になってイライラするんだったら本人に訊いてみればいいだろ?」
「なにをだよ。」


「だから、の気持ちをだよ。
 木手との事だって、俺が直接見たわけじゃないしさぁ。
 普段の二人を見てても、付き合ってるふうには見えないぜ?
 木手さ、に文句いう時は容赦なく言ってるしなぁ。
 それにさ・・・」


「わんには関係ない。」


「よく言うぜ。凛さ、分かりやすいって。
 けど・・・それだけ凛が本気だってことは分かったさ。
 これは友達としての忠告だけどよ、・・・悲しそうな顔してたぜ。」





ピクッと自分の体が反応したのが分かる。
裕次郎は沈んでいく夕陽に目を細めながら立ち上がり、ズボンの砂を払った。



「凛は気付いてるか?
 お前の態度が変わってからは笑わなくなった気がする。
 笑ってるけど、前の楽しそうな笑顔じゃない。」


「裕次郎。」


、凛に嫌われたんだって思ってるかもな。」



俺は膝の間に項垂れて唇を噛んだ。
は教室でも俺に遠慮するようになった。


よそよそしい態度や強張った笑顔にさせたのは俺だ。



「・・・わかとぉーさぁ」



呟いた俺の頭に裕次郎のキャップが被せられる。
なんかさ、救われるさ。










裕次郎と夕陽を見た翌日。
の気持ちを確かめるという難題の前で俺は頭を抱えていた。
教室の机に突っ伏し、イメージトレーニングをしてみたりしたが駄目だ。


なんといっても訊ねるキッカケがない。
この状態で面と向かって訊くのは、かなりキツイ。


片頬を机に付けたまま窓の外を見ていたら、誰かが俺の髪に触れてきた。



「凛の髪さぁ、いっつもサラサラだねぇ。何、使ってる?」
「何も。っていうか、勝手に触るなって。」



クラスの女子だ。
機嫌が悪いんだから察しろよと手で払う。



ちゃんも触ってみてよ。凛の髪、ヤバイほど綺麗さぁ。」



ギョッとして顔を上げれば、隣の席にいると目が合う。
困惑したような表情で「い・・いいよ」と手を振るは怯えているみたいだ。


チャンスかもしれない。



「いいさ。になら・・・触らせてやる。」
「なに、それー。」


「やぁは中学から触ってただろ。は初めてだからな、特別だ。」
「でも・・・」


「ほれ、」



頭を隣に向かって突き出してやると、俺の視界にはの白い足と上履きしか見えない。
躊躇っているような気配と急かす女子。
足が俺の方に向いた。目を閉じて、を待つ。



「本当に、いいの?」
「おうよ。」



数秒の間があって、そっと触れてきた感触。
柔らかく触れて、その後に二度三度と優しく撫でる。


ドキドキとも違う。
体の中に火が灯り、温もりが広がっていくような感覚。


やっぱり俺はコイツが好きだ。



「どう?ちゃん。」
「感動するくらいサラサラ。」



思わず、プッと吹いた。
の手の感触がなくなる。


顔を上げれば頬を染めたが自分の手を胸元で抱きしめるようにして俺を見ていた。
照れてしまったのか、その姿が可愛らしくて笑ってしまう。



「感動するって、ナンだよ。」
「えっと、綺麗で・・・感動的だなって。」


「わんも感動してみたいさ。」



調子の乗った俺は手を伸ばし、の髪に触れた。
手のひらで頭の天辺から頬の辺りまで撫でて手を止めた。


は目をまん丸にして、顔を真っ赤にしている。



「やぁ・・綺麗だな。」



口にした途端、話をふった女子に「凛、いやらしいって!」と手を叩き落とされた。



「いやらしいって、」


。この男には気をつけてね。凛は昔ッからお調子者のモテ男だからねぇ。
 来る者拒まず去る者追わずで次々と・・・」


「あい!?なんだ、それ!あることないことコイツに吹き込むなって。
 、嘘だ。嘘。信じたら大変な事になるぞ。」



全力で否定すれば、が長い髪を耳にかけて微笑んだ。



「平古場クン、カッコいいし優しいもの。きっと、もてるよね。」
「いや、そ・・それほどでもないし。ウン。」



赤面するのを感じて頭をかいたところで、救いのチャイムがなった。
ちゃんに手を出すなとか大きなお世話の捨てゼリフを残して邪魔者が席へ戻れば、
急に自分の行動が恥ずかしくなってきた。


ガタガタと大げさに音を立てて授業の準備を始める。
すると隣の席からボソッとの声が聞こえてきた。



「平古場クン、ありがとう。」



隣に視線を向けた時には、俯き加減のの顔は長い髪に隠れて見えなかった。
でも見えてる小さな耳が真っ赤になっているのを、俺は見逃さなかった。




















君がいれば楽園 4

2007.07.03




















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