君がいれば楽園 5
俺の態度が変われば、は遠慮しながらも前のような笑顔を見せるようになった。
部室に向かう僅かな距離を久しぶりにと並んで歩く。
「えーっとよ、悪かったな。」
「なに?」
「なんか機嫌悪くて、八つ当たりみたいなことしただろ。」
「あ・・ううん。私が図々しく付き纏ったから・・・ゴメンね。」
「ち、違うって。その・・わんが悪い。」
「そんなこと、」
「本人が言うんだから、間違いないって。悪かったさ。」
「い、いいえ。」
俺が頭を下げれば、も釣られたように頭を下げた。
そろっとお互いが頭を上げ、目があったら口元から笑みが零れる。
ヨカッタ。
ひとまず仲直りは出来た。
が、永四郎とのことを訊くとなると難しい。
あっという間に着いてしまった部室に半分はホッとしてと別れた。
数日は何事もなく、俺達は以前の関係を取り戻したような日々を過ごした。
ただはモノを尋ねる前に必ず「ちょっといい?」と前置きをするようになった。
今も自分が図々しく付き纏って俺を怒らせたと勘違いしたままなのかもしれない。
ちゃんと違うんだってこと話してやらないと・・・そう思ってる矢先だった。
朝練が終わった後、一端は教室に向かった俺だったけど部室に忘れ物をしたのを思い出した。
裕次郎には「先に行っといてくれ」と断わって部室に戻ると、そこにはと永四郎がいた。
に差し出された包みから何か小さなものを摘んで口に入れた永四郎。
味見をするかのような永四郎を見上げるが心配そうな横顔をしている。
俺はそれ以上部室に近づくことも出来ず、身を翻して校舎に向かって全力疾走した。
やっぱり、そうだったのかよ。
腹立たしさと情けなさ。
胸が痛くて、どうしようもない。
俺が教室に入って随分と遅れてから、始業ギリギリに来た。
いつもなら何かしら声をかける俺だけど、とてもじゃないがそんな気持ちになれない。
頬杖をつき、窓の外を見つめるしかなかった。
が永四郎を好きでも仕方ない。
俺が勝手にを好きになったんだし、他のヤツを選んだからといって冷たくするのはオカシイだろ。
友達として慕ってくれてるのは確かなんだから、それでいいじゃないか。
そう言い聞かせて一日を過ごす。
の横顔を見ては胸が騒ぎ、あの頬に永四郎は触れたことがあるんだろうかと思えば嫉妬で頭がおかしくなりそうだ。
不安定な気持ちを引きずったまま、俺は放課後の部室に重い足を向けた。
「平古場クン!」
昇降口を出たところでに呼ばれた。
なんでこんな時にと恨めしく思いながらも、俺としては精一杯の笑顔を浮かべてみる。
「あ・・あの、ちょっといい?」
「なんだばぁ?」
「良かったら、これ。私が作ったの。」
言葉と一緒におずおずと差し出されたピンクの小箱。
手にとって蓋を開ければ、鮮やかな緑が目に飛び込んできた。
「これ・・」
「ゴーヤチップスなの。簡単に出来るからって、木手君に教えてもらって・・・それで」
頭に血が昇るより何より、心が冷えていくのが分かった。
永四郎に作った残り物でも俺にやろうっていうのか?
「やぁは永四郎に訊いてないのか?」
「なにを?」
俺の声の低さにが何かを感じて眉を寄せる。
分かってる。また八つ当たりさ。
は友達の俺にもお裾分けをと思ってくれただけさ。
分かってる。でも、
「わんはゴーヤが死ぬほど嫌いさ。マジ、勘弁。見たくもない。」
「そ・・そうだったの。ご、ゴメンなさい。」
は慌てたように俺の手から小箱を取り戻そうとした。
その白い指に絆創膏が巻かれているのに気がつき、ハッとする。
「やぁ・・その指は」
「な、なんでもないの!」
慌てて指を引っ込めた拍子に小箱は手から滑り落ち、足元に薄切りして揚げられたゴーヤが散らばった。
直ぐにがしゃがみ込み、土に汚れたゴーヤを拾っては箱に戻す。
「わ、悪い。」
その姿が流石に可哀相になって声をかければ、栗色の髪が左右に揺れた。
「ゴメンなさい・・・嫌いなの知らなくて。もう、いいから部活に行って。」
「けど、」
「本当に、もういいから。私、これから家の用事で帰るの。だから行って。」
は顔を上げずに言う。
更に言い募ろうする俺の言葉を遮るような物言いに、それ以上は何も言えなかった。
分かったと、小さく呟きを置いて行く。
校舎の角を曲がる時に気になって振り返れば、しゃがんだままの体が酷く小さく見えた。
後味が悪いったらない。
断わるにしても、もっと優しく言えただろ。
俺は自分の頭をかきむしるようにして走るしかなかった。
当然のことながらテニスは絶不調。
決め球は全てボール一個分外にはずれる有様だ。
空を見上げ容赦なく照りつける太陽を睨んでいたら、隣から独特の香りがしてきた。
永四郎の整髪料の香りだ。
「集中力がないようですね。彼女が居ないと腑抜けですか?」
「なんだよ、それ。」
「ゴーヤチップス、どうでした?食べてあげましたか?」
意味の分からない永四郎の会話が、今の俺には挑発に聞こえる。
俺は永四郎を睨みつけた。
「どういう意味だって、聞いているだろ。」
「さんからゴーヤチップス貰ったでしょう?」
「貰ったさ。けど、わんはゴーヤ大嫌いだし、」
「平古場君、まさか君・・・受け取らなかったんですか?」
「なぜ、俺が好きでもないゴーヤを受け取らないといけないのさぁ。
あれは永四郎に作ったもんなんだろ。なら、それでいいじゃないか。」
「やーふらーか」
「あい?」
お前は馬鹿かと永四郎に言われて、頭に血が昇る。
目の前にある胸倉を掴み「もういっぺん言ってみろよ!」と叫ぶが、冷ややかな永四郎はズレたメガネを押し上げる。
「よく聞きなさいよ。あのゴーヤチップスはね、救いようのない料理下手な彼女が懸命に作ったものですよ。」
「それは永四郎のために、」
「あれは平古場君、君のために彼女が作ったものですよ。」
胸倉を掴んでいた手から力が抜ける。
永四郎は俺の手を叩き落とすと、皺になったウェアを直して溜息をついた。
「確かにゴーヤチップスを教えたのは俺だし、責任持って味見はしましたけどね。
クッキーより簡単な沖縄独特のお菓子を教えてくれと言われたから教えてあげたのがアレですよ。
ゴーヤ嫌いの君でも彼女の作ったものなら食べるかと思えば・・・とんでもない勘違いですよ、平古場君。」
「クッキーって・・・」
「彼女、調理実習で作ったクッキーを部室裏に来ていた野良猫にあげようとしていたんです。
餌付けをされては困ると注意したら、実は大事な人にあげたかったが失敗したものだと言う。
見せてもらったクッキーは、なかなかに壮絶なクッキーでしたよ。
で、アドバイスをしてあげたんですよ。もっと簡単なものから挑戦しろとね。」
「大事な人って、」
「君は彼女の何を見ていたんですか?彼女は君に嫌われたくなくて、君に好かれたくて努力してたんですよ。」
あー、俺って馬鹿だ。
信じられない。
「しにヤバイって。俺・・サイアクだ。」
「まぁ・・いくら簡単だとはいえ、君が嫌いなゴーヤを使うことを勧めたんだから5%ぐらいは俺にも責任があるでしょう。」
「たった、それだけかよ!それならそれで早く言ってくれてれば、コジれてなかったさ!」
「なに言ってるんですか。言ってしまったら面白くないでしょう?」
「でーじありえんっ!」
「それに彼女は一度も平古場君の名前を出さなかった。
まぁ、見てれば分かりましたけどね。君達、単純ですから。」
一発、永四郎を殴ってもいいだろうか。
悩んでいたら、とんでもない事が付け加えられた。
「平古場君、残念ですね。
彼女、東京に帰ってしまうそうですし、最後のチャンスだったのに。」
「な・・いつだ!」
「今日ですよ。だから最後に気持ちぐらいは伝えたかったんでしょう、可哀相に。」
が東京に帰る?
それは・・・がいなくなるってことか。
頭が真っ白になるって、このことだ。
「え、永四郎、何時だ?何時に行くんだ?」
「知りませんよ。」
「か、帰ってくるのか?」
「帰ってこないんじゃないですか。君に頑張って作ったゴーヤチップスも受け取ってもらえなかったしね。」
「くそっ。家・・・の家は?」
「聞いた話では、あそこに見えるマンションらしいですよ。」
永四郎が指差した先に、本土から来た家族が多く住むという洒落たマンションがあった。
迷いもなく走り出したところで背中から永四郎の声がかかる。
「コレは貸しですよ」と。
君がいれば楽園 5
2007.07.04
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