キミとボクの距離 〜ジャッカル編〜 5
一日一善じゃないけれど、一日に一回はジャッカル君に話しかける。
そう、心に決めた翌日。
朝の昇降口で見かけたジャッカル君に自分から「おはよう」と声をかけた。
心臓が口から出そうなほど緊張していたせいか、声が震えたうえに小さかったようでジャッカル君は気付かない。
ひどく恥ずかしくなって逃げ出したくなった時、不意に振り返ったジャッカル君が少しだけ驚いた顔をした後に微笑んだ。
「ああ、か。おはよう」
「お・・おはよう」
よかった、聞こえてたんだ。嬉しくて、つい頬が緩んでしまう。
ジャッカル君は少しだけ歩く速度を緩めて、私と並んで歩いてくれる。
頑張って話しかけなきゃ。
「えっと・・・今日も朝練?」
「ああ、試合も近いからな」
「テニス部って厳しそうだよね」
「そうだな。真田がああだし」
他の人に紛れるように彼と話しながら教室に向かう。
ほんの数分だったけれど、ジャッカル君と他愛ない話ができた。
「、やるじゃん。桑原と並んできてさぁ」
「えらい、えらい。なんか話せた?」
教室に入るなり友だちが集まってきて褒めてくれた。
友だちに打ち明けて良かった。
頑張るっていっても、些細な努力かもしれない。
だけど少しでも近づきたいと思うから、うん・・・もっと頑張るね。
なんだか私は自分が頑張れる気がして、めずらしく前向きな気持ちになっていた。
ジャカル君、試合が近いって言ってた。
なにか私に出来ないかな。
そんな、だいそれたことを考えてしまうぐらいに。
祖母の家の近くに『勝守り』で有名な神社があった。
勝負事に勝つのが御利益という事で、遠くからも参拝に来る人がいるらしい。
受験の前に祖母がくれたお守りのことを思い出し、私は電車を乗り継いで神社まで行った。
前の私だったら絶対に出来なかったこと。思いつきもしなかっただろう。
真新しい小さなお守りを手のひらに夢を見る。
「喜んでくれるかな・・・」
ふんわりと笑ったジャッカル君の顔を想像し、私は彼の勝利を祈る。
乗り慣れない電車の車窓から見える景色が輝いて見えた。
ブン太たちに背を押されて若干前向きに考えてみたものの、特別に行動を起こすわけでもなく俺の日々は過ぎている。
諦めたわけではないけれど、さすがに相手のいるに告るだけの気持ちにはなれなかった。
だって、そうだろう。
誰だってフラれるのは嫌だ。フラれるのも嫌だが、彼氏がいるのに付き合いをOKされるのも嫌だ。
すでに別れているならまだしも、いま付き合っている相手と別れて・・・そんなのはにして欲しくないし、
あのコにできるはずもない。
フラれる、フラれない。どちらにしても気まずくなる。
最近はから声をかけてくれるようになった。
朝の挨拶とか、ほんのちょっとしたことだけれど、可愛らしく笑いかけてくれるから嬉しい。
ただのクラスメイトでも、こうやって話したり、笑いあえるのなら。
そんなふうに思ってしまうのも俺が臆病だからだろうか。
できることなら・・・俺の知らないところでが付き合っている奴と別れて、
そして何年かかってもいいから俺のことを好きになってくれればいい。
そんな夢みたいなことを思ってみたりする。
俺がこんなことを夢見ていると知ったなら、ブン太は絶対に激怒するだろうけど。
週末から大会が始まるという前日。
荷物をまとめて教室を出ようとした俺にが声をかけてきた。
廊下ではと仲の良い女子たちが集まって、俺をちらちらと見ている。
「どうした?」
「えっと・・・あの、明日から試合だよね」
「ああ」
ぎこちなく俺を見上げてくるの頬が赤いみたいだ。
ひどく緊張した様子に俺まで身が硬くなる。
「あ・・あの、これ」
突然にから差し出された小さな手には紫色のお守りがあった。
俺は何が何やら理解できず、お守りとの頭のてっぺんを交互に見つめる。
は手を差し出したまま俯いていて表情が分からない。
廊下にいた女子たちの視線が俺に集中しているのが気になり、俺は頭をかいた。
「これって」
「お、お守りなの。勝守りって言って、勝負事に勝つお守り」
「え?それ・・俺に?」
まさかと思いながら訊ねたら、が小さく頷く。
嬉しくないはずがない。俺のために用意してくれたらしいお守り。
だけど戸惑う気持ちも大きくて、俺はつい訊いてしまった。
「なんで俺に?」
するとはかわいそうになるくらい縮こまって耳まで赤くする。
まさか、と思う。
思うけれど信じられない。
廊下で期待に満ちた目をして俺たちの様子を窺っている女子たち。
俺の前で恥ずかしさに耐えているような様子の。
それは今までブン太や仁王たちに告ってきた女子たちと同じだった。
「には付き合ってる奴がいるって・・・」
混乱した頭で零れた言葉。
その声に顔をあげたの目が驚きに見開く。
ハッとして口元をおさえた俺の前で、は弱々しく首を横に振ると「ごめんなさい」と呟いて身を翻した。
「!?」
廊下に飛び出したに女子たちが慌てるが、彼女は立ち止らずに駆けていく。
思わず俺も後を追って廊下まで出たが、追いかけて何を言えばいいのかも分からず足が止まった。
の後を追ったクラスメイトの制服が階段に消えていき、俺は呆然と廊下に立ち尽くす。
「桑原」
呼ばれて振り返ると、廊下に残ったクラスメイトが俺を睨んでいた。
キミとボクの距離〜ジャッカル編〜 5
2010/09/20
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