キミとボクの距離 3












「おはよう」
「ん・・ああ」



朝の昇降口で交わす挨拶。
ブン太は私の顔を見ないで、ろくな返事もせずに通り過ぎる。



何?何かあった?



突然に見せたブン太の態度に気が動転する。


不自然にならない距離をあけて歩く私の前に、ブン太の背中がある。
いつもなら私が黙っていても人懐っこく話しかけてくるブン太が振り向きもしない。
昨日までは自分が避けてきたくせに、ブン太から避けられる日がくるなんて考えてもいなかった。
理由の分からない不安に、自然と指が制服の胸を掴む。


目の前で、ブン太のリストバンドをした手が乱暴に髪をかきあげた。


それと同時に、急にブン太が振り返る。
頭の中で理由を探していた私は、心構えもなくブン太の大きな瞳と目が合ってしまった。



「お前さ」



無意識に体が震えた。
息をつめて、ブン太の言葉を待つ。



「ジャッカルと」



ジャッカル?



考えもしなかった名前が出てきて目を見開く。
言いかけたブン太は天井に視線を彷徨わせると「やっぱ、なんでもない」と俯いて息を吐いた。



「先行くな」



言うが早いか、ブン太は身を翻して階段を二段飛ばしで駆け昇っていく。
残された私は何が何だか全く分からずに取り残された。



やっぱりブン太の様子が変だ。
毎日のようにジャッカルのいる私のクラスへ顔を出していたのが、今日に限って来ない。
ジャッカルも変だと思ったのだろう。昼休みにはブン太を探しに出て行ってしまった。


口に運んだ食べ物の味が分からない。
避けられる原因を考えては落ち込んでしまう。


予鈴が鳴って教室に戻ってきたジャッカルを見たときには、思わず駆け寄ってしまった。



「ブン太、何かあったの?」
「よくは話せなかったっていうか・・・なんだ?も変だと思ったのか?」


「うん。おはようも返してくれなかったし、機嫌が悪そうだったから心配になって」
「そっか。昨日の帰りのこと聞かれて話してたら、その・・ブン太が呼ばれて」



言いにくそうにジャッカルが頭をかく。
呼びにきたのはブン太のカノジョなのだろう。



「あ、でも別に怒ってるとか、そういう雰囲気じゃなかったぞ
 フォーメーション決めの話が途中になったのを気にしてたから、それでかもな」



落胆する私を励ますように、ジャッカルが明るく話してくれた。


本当に、それだけ?
もしかして私の気持ちに気付かれちゃったのかな。
それで気まずいから距離を置かれたとか。


ありえる理由に愕然とした。



「とにかく後で理由を聞いとくから。なあ、そんなに落ち込むなよ
 ブン太は腹が減ってると機嫌が悪いからな。昼飯食ったら機嫌も直ってるよ、きっと」



な?とジャッカルは私を覗きこみ、元気づけるように微笑んでくれた。



何にも手がつかないまま放課後になった。
結局、今日のブン太は一度も教室に顔を出さなかった。


こんなに気落ちしたままじゃ部活にも影響が出ると、部室へ向かう途中で自販機に寄った。
栄養のありそうな野菜ジュースを買い、溜息と共にストローに口を付けた時だ。


向こうから歩いてくるブン太が見えた。
ポケットに手を突っ込み、つまらなそうに靴先で小石を蹴りながら歩いてくる。
蹴っているうちに小石が通路から逸れると大きく溜息をついた。
そして、そのまま何気なく顔を上げたであろうブン太と目があう。


回れ右をして逃げ出すわけにもいかず、先に進むこともできなくて立ち止まった私。
ブン太は僅かに瞳を大きくしたように見えたが、直ぐに眉根を寄せて私を睨むような表情をした。


やっぱり私は何かをしてしまったんだと確信した。
明らかな理由がなければ、疑わしいのは私の捨てられない想いだけ。


それほどに迷惑で、ブン太には嫌な想いだった?


喉の奥が熱くなるのを感じながらも動けない。
だけどブン太は厳しい表情のままで向かってくるのを止めなかった。










どうかしている。
何に苛立ち、何に焦燥感を感じているのか分からない。
でもイライラするんだ。落ち着かなくて、焦って、なんでって思う。



それはジャッカルとの姿を見てしまってから。



「ねぇ、聞いてる?」



拗ねたような声で肘を引かれ、浮遊していた思考が戻ってくる。
視線を落とせば可愛い年下のカノジョが俺を見上げているんだけど・・・なんだろう。
今日はその存在が煩わしく思えるんだ。



「ちっとも聞いてないでしょ」
「あ・・悪りぃ」


「もう。だから週末の映画ね」
「それな、試合が近いから無理かも。たぶん」



そういえば映画に誘われてたっけと思い出した。
練習が終わってから行けないこともなかったけど、なんとなく面倒に思える。
途端に唇を尖らせるカノジョの表情に溜息が出そうになった。
あんなに可愛く思えた甘えた声や仕草が、何故か色あせて見える。



今、俺の頭に浮かぶのは、ジャッカルを見上げて微笑んだの顔だ。



「なんで・・・」



カノジョが隣でしゃべり続けているのに、ちっとも気が向かない。
どうしてこんなにジャッカルとが気になるんだ?



「ねぇ、ブン太先輩」



ふっと右腕に温かな感触が添ってきた。
それはカノジョが俺の腕に手をまわして擦り寄ってきたから。
いつもつけてるカノジョの甘い香りが強くなった。


大きな瞳で見つめられ、その近い距離に望まれているものを知る。
条件反射のように近付ける唇に、カノジョが長い睫毛を伏せた。



キス・・・できなかった。



いぶかしがるカノジョを置いて、俺は自販機に向かっていた。
目についた石を靴先で蹴れば、コロコロと音を立てて転がっていく。


気分が悪いといったらないんだ。
胸がモヤモヤして堪らない。


なんで、なんで、なんで。
いったいどうしちまったんだ。


転がる石に問いかけながら歩いていたら、自販機の前に誰かが立っていた。



誰かなんて。
本当は瞬時に分かっていて、それでも足を止めなかった。



俺をイライラさせる原因だ。




















キミとボクの距離 3 

2010/02/23




















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