キミとボクの距離 4
まるで試合中の相手に向かっていくような強い視線。
躊躇うことなく向かって来るブン太を前に、私の鼓動は恐怖にも似た悲鳴を上げていた。
靴の裏に根が生えたみたいに動けないのに、膝は小刻みに震えている。
アンバランスな身体は斜めに倒れて行きそうだ。
いつものように笑って、冗談のように遣り過ごしたい。
そう思うのに笑顔が作れなくて、きっと恐怖に怯えた顔をしてしまっているに違いなかった。
ブン太は容赦なく足を動かし、考える余裕も与えない間で目の前に進んでくる。
誰か、助けてほしい。ジャッカルがいれば・・・
あの優しい彼の顔が頭をよぎった瞬間だった。
「お前さ、ジャッカルが好きなのか?」
私の一メートル先で立ち止まったブン太が言った。
前後に言葉はなく、突然の問いかけ。
それも私が思い浮かべたのと同時に出たジャッカルの名前に思考が停止する。
問われた意味は分かるのに、どうして問われたのかが分からない。
ただ自分の思考を読まれたような衝撃に耳が熱くなるのが分かった。
「お前ら付き合ってたのかよ」
付き合う?誰と?ジャッカルと?まさか。
まわらない頭で首を横に振った。
それなのにブン太の表情は厳しいままで、更に強く眉間を寄せる。
「付き合ってもねぇのに一緒に帰って、仲良く肉まん食って、頭撫でて貰うのか?」
ハッとした。
ブン太が言っているには、昨日の帰りのコトだ。
どこで私たちを見たのか。
そんなことより私がブン太を好きなのだと分かるような会話をジャッカルとしていなかったか。
ぐちゃぐちゃの頭では整理できなくて言い訳する言葉も出ない。
ブン太は苛立ちを隠さずに「どうなんだよ?」と畳み掛けてきた。
踏み出してきたブン太の一歩に、私は一歩下がる。
感覚の鈍った膝が崩れそうなのと同時に、気持ちも崩れてしまいそうだ。
私が後ずさったことで、更にブン太の顔が厳しくなった。
なんでそんなに怒ってるの?
さっきから喉の奥が熱くて、息ができないよ。
「、答えろよ!!」
「ブン太に関係ない」
やっと出た私の声は低く震えていた。
ブン太なんか好きじゃない。
私たちは友だちだから。そうじゃないと傍にはいられないから。
「関係・・ない?」
「私が誰を好きでも・・ブン太には関係ないよ。でもジャッカルは」
違うのだと続くはずだったのに、掴まれた肩が突然で言葉が途切れた。
「関係ない。んなの、分かってる。分かってて、なんでこんなに」
「ブン太?」
「こんなに腹が立つんだよ!!」
掴んだ肩が引き寄せられ、力のない膝は簡単に前へと傾いた。
向かった先には見慣れた制服のエンブレムがあって、赤茶けた短い髪が目元に触れる。
息が詰まるほど締め付けてくるものがブン太の腕なのだと気付いた時には、縋るように抱きしめられていた。
「やだ・・・ブン太」
「なんでジャッカルなんだ」
「離して」
「なんでお前なんだ」
「駄目、ブン太」
「」
もう何がなんだか分からない。
好きな人に抱きしめられているのに混乱するばかりで、ただ胸が痛くて泣けてくる。
苦しげな呟きも耳に入らず、窮屈な囲いの中でブン太の胸を押した。
フッと緩んだ腕に無意識に顔を上げた。
そこにあったのは苦痛に歪んだ大きな瞳と大きくて硬い手のひら。
マメが潰れて硬くなったであろう手のひらが頬に触れたと思った時には、視界が暗くなっていた。
耳元で高く乾いた音を聞いた。
同時に強く胸を押され、俺は後ろに数歩下がった。
口元を押さえたの瞳からは涙がボロボロと零れ落ちる。
「・・・」
意識せず口にした名前に、は顔を歪めて背を向けた。
靴音を通路に響かせて走っていく後ろ姿を俺は呆然と見送る。
段々と燃えるように痛んできた頬が、今しがたの馬鹿な行為は夢じゃないことを教えてくれた。
「なにやってんだ、俺」
伸びた前髪を掴んで俯くと、が落としていったジュースが転がっているのに気がついた。
中身が零れたジュースに思う。自分のしたことは戻せない現実なんだ。
自分の愚行に立ち直れない俺は、暫く自販機の脇にあったブロックに座り込んでいた。
カノジョにできなかったキスをにした。
それも頭に血が上って衝動的にだ。
痛む頬に触れて考えれば、段々と頭も冷えてきて見えてくるものがある。
結論から言えば、俺は超がつくほどの大馬鹿野郎ということだった。
あれは嫉妬だ。
ジャッカルが優しい笑顔を向けることに腹が立った。
向けた相手がだったことに、もっと腹が立った。
ふたりが付き合ってるかもしれないということに嫉妬したんだ。
ジャッカルは最高にイイ奴だから、そのうち可愛い彼女もできるだろうって思ってた。
そん時は目一杯に喜んでやって、ダブルデートとかしようって夢見てたくせに
その相手がだったことで、このざまだ。
なんでだとマズイんだ。
そりゃ、だからだ。
は俺のモノじゃなくても、誰かのモノなんかになって欲しくなかったんだ。
俺は嫌になるくらい自己チューなダメ男なんだと気付いてしまった。
膝の間に項垂れていたら、近づいてくる靴音があった。
知り合いでありませんようにと祈っていたが、無情にも靴音が俺の前で止まる。
「探したぞ」
ここで来るかよ?
八つ当たり以外の何ものでもないと知りながら、俺は頭を振った。
「俺、今日は部活いかねぇから」
「ああ。来なくていい」
あっさりと認められた事に、俺は思わず顔を上げた。
しかし直ぐに顔を上げたことを後悔する表情と出会い、息をのむ。
俺を見下ろすジャッカルは静かな怒りを纏っていた。
「部活は休んでいいから、のところに行け」
「ジャッカル」
「その頬が赤くなってなかったら、俺が殴ってるところだ」
淡々とだが口調の厳しいジャッカルが体育館の方を指差した。
「泣いてたぞ。お前が何をしたかは知らないが、が人前で泣くなんて余程のことだろう
ちゃんと話して謝ってきたほうがいい」
な?と、少しだけジャッカルが目元を緩めた。
こういうところ、とても好きだ。
ジャッカルだから俺はダブルスが組めたんだと思う。
「分かった」
重くて動けなかった腰をあげ、制服の土を掃った。
大きく息を吐くと気合を入れて背筋を伸ばす。
「んじゃ、真田には上手く言っといて」
手を振って歩き出すと、後ろからジャッカルに呼びとめられた。
振り返ると照れくさそうな顔をしてポケットに手を突っ込んだジャッカルが視線を空に向けている。
「なんだ?」
「あ〜、その・・・見当違いかもしれないが」
「うん?」
「俺とは何もないぞ。一応・・・まぁ、俺は別に好きなコがいるし」
最後は消え入りそうな声でジャッカルが言った。
今まで教えてくれなかったのにって思うけど、俺がカノジョのことで浮かれてたからかもしれない。
「そっか」
「そ・・そういうことだから」
「さんきゅうな。今度、その好きなコのこと聞かせてくれよ」
礼を言って、今度こその元へと駆けだす。
ジャッカルは鼻の頭をかきながら笑顔で頷いてくれた。
モヤモヤとしたものが晴れていく。
走りながら空を見上げれば、青空が高く広がっていた。
キミとボクの距離 4
2010/03/16
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