君をください 3














活気のあるコートに部長のままで俺は迎え入れられた。
その日のうちに柳から俺のために作ったという練習メニューが渡される。
主治医が見たらストップをかけられそうな内容に笑いがこみあげた。



「ね、俺を潰すつもり?」
「まさか。幸村は立海の柱だ。それに、これぐらいで潰れる部長殿ではあるまい。」


「柱は真田に譲ったつもりだけど。」
「その弦一郎が幸村を柱だと思っているのだから仕方ないだろう?」



溜息をつきながらも、逃げる気はなかった。
今さら技術を磨く必要もないと、落ちた体力を取り戻すためのメニューが組まれている。
まるで一年生の基礎体力作りのような内容だが、柳の考えることに間違いはない。
勝負勘は実践で取り戻すしかないだろう。



普通に考えて全国に間に合わせるのは無理だ。
なのに真田は間に合うと信じて疑っていないらしい。
頭のキレる柳や仁王までが、俺に弱音を吐かせる気などないようだった。



準レギュラー達に混ざってサーブ練習をする。
フェンスの向こう、君が毎日のように練習を見に来ているのに気付いていた。
だけど後ろは振り向かずにサーブを打ち込む。


腕が重い。
体中が軋むのを感じながらも打ち込み続ける。


退院してから後、俺が避けていることもあって君と二人きりで話すことはない。
やっぱり君は真田の少し後ろに立っていて、心配そうに俺を見ているだけだ。
今も俺が練習しているのを祈りでも捧げるかのように手を合わせ見ている。
君の視線を背に受けて立つのは密かな喜びを俺に与えてくれるが、その視線が同じように真田にも注がれていると思えば辛い。


片思い歴は長いけれど、痛みに慣れることはないんだね。
触れてしまったからこそ、尚更辛いのかもしれない。



真田は何も言わない。
俺たちの間にあったことは密室でのことだから、お互いが口にしない限り真田が知るところではないだろう。


秘密の共有とでも言おうか。
それは苦しくもあり、甘美な思い出でもあるんだ。



もう一度、君に触れたい。



俺は君の姿を視界の隅に収めては、心の中だけで何度も抱きしめた。










昼休みの図書室であくびをかみ殺す。
学校に戻って十日あまり。身体の疲労はピークに達している。
今朝も母親に「お願いだから体を大切にして」と泣かれてしまった。


おまけに、もうすぐテストがある。
これも柳が先回りして対策を立ててくれたらしい。
昼食を食べる気力もなく、柳と約束した時間より早く図書室についた俺は少し休もうと思っていた。


その時だ、図書室に本を抱えた君が入ってきた。
俺に気付いた途端、君の顔が強張るのを見てしまう。


当然と言えば当然だろう。
真田の友達である俺との間には秘密があるんだから。


俺は心の中にあるヒンヤリしたものを押し込めて、完璧に作った笑顔を浮かべた。
軽く会釈すれば去っていくと思ったのに、困惑した瞳の色を見せながらも俺に近づいてくる君に体が緊張する。



「幸村君・・・」
「なに?どうしたの。」


「具合…大丈夫?」
「大丈夫だよ。」


「でも…顔色が」



人が苦労して平気なふりをしているのに、何で君は心配そうに俺を見るの?
俺の額に触れようと躊躇いがちに伸びてきた手。
その手を避ければ、君は酷く傷ついた表情を浮かべた。
完璧だった笑顔が崩れるのを感じる。



「俺の心配をしてくれてるの?それとも・・・真田のために俺の心配をするの?」
「そんな・・私は幸村君が心配で」


「ねぇ、教えて欲しいんだ。君の優しさは同情?」



君の瞳が大きくなる。
震えるような唇が「私は・・・」と言葉を紡ぐ。



「気付いてるんだろう?俺は、」



感情のままに秘めていた想いを音にしようとした時、横から机にノートが置かれた。



「遅くなって、すまない。」
「柳・・・」


さんもいたのか。」
「ほ、本を返しに来て、それで。あの、それじゃあ・・私は。」



お互いしか頭になくて、二人とも柳が図書室に入ってきたのに気付いていなかった。
君は不自然な笑顔を浮かべると、返しに来たはずの本を抱いたまま図書室を飛び出していく。
普段と変わらない表情の柳が君の背を見送ってから俺を振り返った。


勘の鋭い柳だ。
何を問われるのかと身構える俺に柳は言った。



「言葉にしないと伝わらないものがある。恐れるなど、幸村らしくないな。」



やっぱりと、溜息が出た。だが、これでは焚きつけているようなものじゃないか。



「言葉にすることで壊れるものがある。と言っても、時々今みたいに感情に負けそうになるけどね。」
「ふむ。弦一郎との間の事になるだろうから口を出す気はないが・・・彼女には伝えた方がいいように思う。」



まあ・・・大きなお世話だろうがと付け加え、柳は俺の向かいに腰を下ろすとノートの説明を始めた。
さっき、柳が来なければ言ってしまってたところだったんだけどな。



『気付いてるんだろう?俺は、』 君が好きなんだ。



言えたなら、どんなにスッキリするだろう。
だけど同時に、曖昧な友人という立場を決定的に失ってしまう。
そして失ったものは二度と戻らない。


例え俺に向けられるのが同情であったとしても。
君にとって大切な真田が望むから俺に優しくするのだったとしても。


好きな人に優しくされるのは何にも代えがたい幸福。
それを失ってまで、君に想いを伝える必要があるのかと思う。


ああ・・・もうちょっとで失敗するところだった。
無防備にも君が俺なんかに触れようとするから。



「幸村」
「うん?」



考え事をしながら視線を上げれば、節のある硬い指が額に触れてきた。



「微熱があるんじゃないか?顔色が悪い。」
「柳・・・気づくのが遅いよ。」



本当なら君が触れたはずの額なんだ。



そう思えば、残酷な甘さを感じた。




















「君をください 3」 

2007/09/10




















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