君をください 5












病院の長いソファーに深く腰掛け、流れていく人の動きを眺めていた。
既に会計は終わり、膝の上には真新しい薬の袋が載せられている。


帰らなくちゃな。
真田も電話を待っているだろう。


頭で分かっているのに体が動かない。



小学生ぐらいの幼い女の子が大きな点滴をぶらさげて車いすに乗っていた。
病棟から外来へエコーでも撮りに来たんだろう。
自分にも経験があることだから分かる。


腰の曲がったお年寄り。
赤ちゃんを抱いた母親。
足にギプスを巻いて松葉杖をつく若い男性。


色々な人が目の前を絶えることなく通り過ぎていく。



自分だけじゃない。分かっている。
病など、ありふれて存在しているんだ。


だけど・・・


なんで俺なんだ?


俯いて唇をかんだ。
伸びた前髪を掴めば、膝の上に置いた薬袋が落ちて白い錠剤が飛び出す。
その白が・・・どうしようもなく憎かった。



『君は私が予想していたより、はるかに早く回復しているよ。
 だけどね、焦りは禁物だ。一か月や二か月で、元の自分と同じようにと思っても無理なんだよ。
 ここで無茶をすれば、もう二度と運動の出来ない身体になってしまうかもしれないよ?
 君は若い。先だって、まだまだあるんだ。今は体を労わって、徐々に回復へと・・・』



俺には一か月だって待てない。
真田たちが掴んでくれるだろう全国への切符は、今しか使えないのに。


ふと、手塚の顔が浮かんだ。
あの男なら自分の体を顧みず、全国を目指すだろうか。
だが立海と青学では条件が違う。
青学にとって、手塚はなくてはならない存在。彼の代わりなど誰もいなかった。


しかし立海には真田がいる。
柳や赤也、丸井、ジャッカル、仁王に柳生。個人としても全員が全国レベルの選手。



俺がいなくても、彼らなら全国に行ける。



のろのろと足もとに落ちた薬を拾い、袋に戻す。
自分の決心が脆く崩れていくのを感じた。



病院の玄関を出ながら携帯を開く。
真田の番号に掛ければ、不精な奴には珍しく三つ目のコールで出た。



『どうだった?』



開口一番の性急さに苦笑いして、自動ドアを通り抜ける。
むっとする夏の風が頬を撫で、オレンジに燃える西日が俺を照らした。
沈んでいく太陽に手をかざして、その鮮烈で美しい色に足を止める。



「真田、今日の夕日はすごく綺麗だ。そっちも見える?」


『ん?ああ。まだコートにいるのだが、よく見えるぞ。』
「そっか。そっちの方が遮るものがないから良く見えるかもね。」



目を閉じれば、オレンジに染まるコートと皆の横顔が直ぐに浮かんできた。



「真田、お前は奇跡を信じるか?」


『信じない。』
「即答か。真田らしいな。」


『結果が・・・悪かったんだな。』
「もともと悪いんだ。それ以上に悪くはなってないさ。」



黙り込んだ真田に何か慰めを言ってやりたいのだが言葉が浮かばない。
俺は西日を受けながら、バス停に向かって歩き出した。



『幸村、多分・・・が病院の近くにいるはずだ。』
「え?なんで、」


『やはり心配だと言って、暫くして幸村の後を追った。』



俺は慌てた。待合室に長く座っていたが、君の姿は見なかった。
もう一度戻ろうか?いや、しかし・・・それでは。


考えを巡らせた時。
オレンジに色に輝く景色の中、バス停に長い影を伸ばして君が立っていた。



『すまないが、会えたなら話を聞いてやってくれ。』


「真田は・・・いいの?」


『何がだ?』
「何が、って」



遠くを見つめていた君が俺の姿に気付く。
そして眩しそうに瞳を細め微笑んだ。



がお前の元に行くと決めたんだ。俺が口出しすることじゃない。』
「でも、」


『幸村。俺は奇跡など信じない。物事は、自分がした通りの結果しか返ってこないと思っているからだ。
 もしも奇跡があるというのなら、それは奇跡を起こすぐらい努力した人間に与えられるものだと思う。
 お前の身に奇跡が起こるかどうかは・・・やはりお前自身にかかっているんだろう。

 蓮二が呼んでいる。
 明日以降の事は、また話し合おう。じゃあな、切るぞ。』



真田は言うだけ言うと、ためらいもなく電話を切ってしまった。
俺は切れてしまった携帯を手に君を見つめる。


もう作り笑いなんか出来そうもなかった。



何故、君は此処にいるの?
真田の言葉の意味が分からないよ。どう受け止めればいいんだ?


頭の中は混乱しているのに、君は頬笑みを浮かべたまま俺の名前を呼ぶんだ。



「幸村君」



思い出したよ。
初めて君を真田に紹介された時のこと。
まだ幼さの残る君が、頬にかかる黒髪を耳にかけて微笑んだんだ。





     こんにちは、幸村君。





温かくて可愛い笑顔だった。
小学生チャンピオンとか、天才テニス少年とか騒がれて、皆が物珍しげに俺を見るなか、君は普通に笑ってくれた。
あの時、肩に入ってた力が抜けた気がしたんだ。



幸村君、すごいね。
サーブがビューンって風みたいな音がしたのよ。


弦クン、いいなぁ。
幸村君とテニスができて楽しそう。誰とするより、一番嬉しそうなんだもの。


おめでとう、幸村君!最後は幸村君が決めるって思ってた。



君は真田と俺を比べるなんてしなかった。
真田に向けるのと同じ笑顔をくれて、言葉をくれた。


だから俺は長く君を想い続けられてきたんだと思う。





「来てくれたんだ。」



やっと出した俺の言葉にも、君はやっぱり微笑んだ。




















君をください 5 

2007/09/11




















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