君をください 6












いつからだろう。
目をそらさずに、真っ直ぐ君の笑顔を見られなくなったのは。


急な雨が降った日に、君と真田が一つの傘に入った日からかな。
いや、人ごみに流されそうになる君の肩を真田が抱き寄せて庇ったのを見た日だったろうか。


段々と募る恋心と真田への嫉妬。
それでいて真田を誰より信頼し、大事にしていた俺。


だから君を真っ直ぐに見つめられなかった。
君は変わらない笑顔で俺を見てくれていたのに。



「迷惑だと思ったけど・・・きちゃった。」



近づけば、君のエクボがよく見える。
俺は嬉しくなって笑おうとしたけど、きっと泣き笑いみたいな変な顔になっただろう。



「迷惑じゃないよ。ただ、もう嘘をつく気力がないんだ。」



もう疲れた。
真田に偽るのも、君に偽るのも。自分に・・・偽るのも。


君の後ろからバスが来る。
ベンチに座っていた人たちが、おもむろに立ち上がった。
そんなものに君は惑わされず俺だけを見ている。



「嘘なんか、つかなくていいの。」


「正直になれば君が困るよ。」
「困らない。」


「俺は、」



バスが向かい合う俺たちの隣に停まった。
息が詰まるような熱風を吹き上げてバスのドアが開き、俺達に不釣り合いなブザーとアナウンスが流れる。



「好きだよ。」



エンジン音にかき消されたかもしれない俺の声。
だけど君は俺の唇を見つめ、同じように唇で告げてきた。



「私も。」



ゾロゾロと乗客がバスに乗り込んだ後も、すぐに扉は閉まらない。
お互いが視線を外せずにいると、運転手は乗る気がないと判断したのだろう。
大きなブザーの音と同時にバスのドアが閉まった。


弾かれたかのように俺は手を伸ばす。
もう君を抱きしめるのに躊躇いはなかった。



「好きだった。ずっと好きだったんだ。」
「うん。」


「真田も・・・大事なんだ。」
「うん。」


「テニスも何もかも・・失くしくないものばかりなんだ。」
「うん。」



君は俺の腕の中で何度も頷いた。


バス停に二つの影が一つになって伸びている。
そう。ずっと一つになりたかったんだ。



甘い髪の香りに酔いながら思う。


大切なものを一つ手に入れたなら、同じくらい大切なものを手放さなきゃいけないのかな。
それとも大切なものを失くす代わりに、一つ大切なものが手に入るの?


ねぇ、俺は強欲なんだろうか。
俺は何一つ失わず、全てが欲しいと思うんだ。
そう願うのは許されないことなんだろうか。





建ち並ぶマンションの間に夕日が沈んでいくのを二人で見送った。
俺たちは抱き合ったバス停を遠目に見ながら、近くの寂れた公園にいる。

俺の左手には小さな君の右手がある。
公園のベンチに腰掛け、君はポツポツと子供の頃の話をしてくれた。



「気づいた時には弦クンがいて。
 弦クンは小さい時からシッカリ者だったから、一人っ子の私には同い年でもお兄ちゃんみたいな存在だった。
 母親同士が仲良くてね。『将来、二人が結婚してくれればね』なんて冗談で話してたみたい。
 私も昔は『弦クンのお嫁さんになりたい』なんて、夢を見るような感じで思ってた。
 幼稚園も、小学校も・・・ずっと一緒で。それが自然だった。

 でも、幸村君に出会ってしまった。」



君はテニスの試合会場にも真田にひっついてきていたね。
最初に紹介されたのも、テニス大会の会場だった。



「弦クン以外に、初めてスゴイと思えた人だった。
 幸村君は強くて、それでいて優しかったよね。
 いつだって負けた相手に驕った態度や下手な同情は見せなかった。

 弦クンに対しても同じ。
 どんなに仲良くなっても手加減はしなかったし、勝ったからといって見下したりはしなかった。

 私・・・幸村君に憧れてた。
 幸村君のボールを追う姿が好きだった。見ているだけで胸がドキドキしたの。」



    それが・・・人を好きになるってこと。
    恋だった。



小さく呟いた君と繋いだ手に力を込めた。
すると君が応えるように握り返してくれる。


その幸せに胸が痛む。



「真田には俺から話すよ。」



君がニコッと笑った。



「弦クンは知ってるよ。
 それでも・・・幸村君の口から聞きたいと思ってる。」



うん。分かってる。
君が隠すように目元を拭うのを見て思った。


俺を追ってくる前、君はすでに真田に告げてきたんだね。
二人の間で何が語られたかは訊かないし、訊けない。


真田と君が過ごした長い時間は、二人だけのものだから。





一番星が煌いている。


なんとなく見上げた藍色の空に輝く星。
昨日までは手が届くなんて思ってもいなかったのに。



君という大切な人を俺は貰った。




















      
君をください 6 

2007/09/11




















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