君を探してた 2










三年の夏にもなると手塚の周囲が慌しくなった。
全国にも名を馳せ、雑誌の取材が増えてカメラの数が多くなる。


このままプロに進むのでは?


まことしやかに囁かれていたが、手塚は何も言わずにラケットを振り続けていた。



「一人かい?」
「乾クン!」



彼女はいつも図書室で手塚を待っていた。
全国制覇も成し遂げて俺たちは引退し、普通なら手塚だって受験生になるはずだった。
だが、いまだ手塚の周辺は落ち着かず忙しそうだ。



「乾クンも受験勉強?」
「まぁね、冷暖房完備で家よりは集中できるから。で、困っているのは漢文かな?」


「そう、難しいね。」
「どれどれ、」



俺は彼女のノートを肩越しに中腰で覗きこむ。
やっぱり甘い彼女の香りにくらくらしながら、この香りに包まれたことがあるだろう手塚に嫉妬する。


好感が持てる彼女らしい文字がぎこちなく漢字になって並んでいる。
そして、気がついた。手塚の文字が何処にもない。



「最近、手塚には教わってないのかい?」
「あ・・・うん。国クン、忙しいから。」


「そうか。ああ、これは意味が違うよ。これはね、」



さりげなさを装って聞いた手塚との事。
彼女の表情が翳ったのを見てとって、複雑な気持ちになる。


勉強を教えながら純粋に彼女といられる喜びに胸が躍り、
それでいて心の奥底で『チャンスかもしれない』という悪魔の囁き声を聞く。







図書室の入り口から聞こえた声に彼女が素早く反応した。
一瞬で手塚のためにだけ咲く可愛い花。
俺は遅れてゆっくりと顔を上げた。



「乾に勉強を見てもらっていたのか?」
「うん。乾クンに漢文を見てもらったの。」


「そうか。悪かったな、乾。」
「いや。俺の復習にもなるから、ちょうどいいんだ。」



彼女のことで手塚から詫びられるとは。
明らかに『自分のもの』だという恋人の態度は結構傷つくんだけどね、お前が気づくはずもないか。



、すまない。話が長引きそうなんだ。先に帰ってくれないか?」
「あ・・うん、分かった。」


「そうだ。乾、すまないが途中まで送ってやってくれないか?
 ついでに、時々でいいから勉強を見てやってもらえると助かる。
 は日本史と国語、古典あたりが弱い。乾なら、いい先生になるだろう。」


「国クン、そんな乾クンに悪いよ。いいって、」
「俺はいいけど。手塚は、いいのか?」


「ん?なにがだ?」



手塚は本気で分からない顔をして俺を見ていた。
何の疑いも、躊躇いもなく。
信用してますと釘をさされるよりも痛い、真っ直ぐな瞳で俺を見るんだ。



「いや、お前がいいなら俺はいいよ。」
「乾クン、でも」


「放課後、ここで一緒に勉強しよう。閉館時間までに手塚が迎えに来なければ俺が送っていく。
 手塚が迎えに来られれば一緒に帰ればいいし、それでどうだい?」


「乾クン、いいの?」
「ああ、」


「乾、助かる」



手塚が心を許す者だけに見せる笑顔を俺に見せた。
そんな顔をされてしまったら、悪魔の囁きは封じ込めるしかないじゃないか。



それから俺たちは共に図書室で勉強する事になった。
彼女は真面目で可愛らしい生徒だった。



「で、ココにさっきの公式を当てはめる。で、方程式を解くと・・・ほら。」
「スゴイ!スゴイよ、乾クン!」


「いや。そんなに褒められるほどのものじゃないんだけど、困ったな。」
「いいなぁ、そんなに頭がいいと色々なことが分かって楽しいでしょう?」


「そうでもないよ。見えすぎて、嫌になる事もある。」
「そうなの?」


「ハイ、次。じゃあ、これを解いて。」
「・・・出来なくても怒らないでね?」


「場合によるかな」
「乾クンの意地悪」



くすぐったくなるような会話。
俺が恋人だったなら、もっと甘い会話になるのかな。
一生懸命にノートと睨めっこしてる君が可愛くてたまらない。
肩から零れる髪をすくって、そっと唇を寄せたいという誘惑に駆られてしまうほどだ。


手塚が迎えに来る回数が少しずつ減っていく。
かわりに溜息をつく彼女を励ますようにして送っていく回数が増えていった。



、そこのタイヤキが美味いとリサーチ済みなんだが食べていくかい?」



なんとなく沈みがちの彼女を誘って寄り道する事も自然と多くなった。



「おいしい!私、粒あんは苦手だったんだけど、これなら食べられる!」
「そう、ならヨカッタ。」


「乾クン、」
「うん?」


「ありがとう。いつも・・・励ましてくれて」
「別に、俺は」


「ううん、分かってるの。国クンに頼まれたとはいえ、私に付き合ってくれて。
 おまけに・・・私が元気ないときは、いつもこうやって励ましてくれる。
 私ね、乾クンにとても救われてるの。」


、」



この時、俺は喉まで『君が好きだ』という言葉がせりあがってきていた。


口には出さなくても、彼女が手塚を失うかもしれないと恐れている事ぐらい分かっていた。
大学に進学せずプロへとか、海外に留学するらしい、など。
学園内の噂のみならず、雑誌や新聞にだって書かれている手塚だ。
手塚から先の話を聞いているかは知らないが、 不安そうな彼女の様子は分かる。
それでも手塚の前では笑顔を絶やさずに健気に振舞っている彼女を見ていると、俺の恋心は更に深くなっていた。



「俺は、」



 君が好きなんだ



「国クンが乾クンをとても信頼してる理由・・よく分かる。
 乾クンって、心が温かくて・・・傍にいるとホッとするもの。国クンにとっても、そうなんだろうなぁ。
 二人の友情が、ちょっと羨ましくなっちゃう。」



 友達の恋人である君が好きなんだ



「信頼はされているようだけど、そんなに俺たちは仲良しではないと思うけどね。」


「そう?国クンは乾クンの話をよくしてるよ?」
「へぇ。手塚が俺のことを何と話しているのか、是非聞きたいな。」


「あのね、」



俺にとってはニ度目の失恋と一緒だった。



ここで俺が「君を好きだ」と告げたなら、君はどんな顔をしただろうね。
きっと軽蔑して、ニ度と俺には近づかないだろう。


仕方ないじゃないか。
俺はずっと人の好いカレシの友達でいるしかない。
君に嫌われるほど辛い事はないと思うから。





心の中に恋心という消えない錘を飲み込んだまま、俺たちは冬を迎えた。




















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