君を探してた 4
「貞治、私やっぱり泊まっていこうかな。」
「泊まるのは勝手だけど、俺は忙しいから相手は出来ないよ。」
「相変わらず冷たいのね。せっかく実家まで送ってあげてるのに。」
「別に電車でもよかったのに、送るといったのは君だよ。」
「もう、嫌な人。でも、クリスマスは絶対に空けてね?約束よ。」
「はいはい」
「レストランは予約済みなんだから。」
「ああ、そこで降ろしてくれる?そこの本屋、大きいんだ。」
「なんで実家に帰ってくるなり本屋なの?こんな街中、車が停められないわ。」
「駅の近くに行けばパーキングがあるよ。別に、もう帰って貰ってもいいんだけど。」
「パーキング、探してくるわよ!」
怒ったカノジョの車が走り去るのを見送りもせず、大型書店に足を踏み入れた。
大学に進学して地元を離れるまでは一番気にいっていた場所。
さて、まずは5階の専門書から回って徐々に降りてくるかな。
ウキウキする気持ちを抑えきれずエレベーターのボタンを押した。
狭い空間に閉じ込められて初めて、自分から立ち昇る香水に気がついた。
ムスクの混じった強い香りは親にも気づかれそうだ。
親に詮索されるのも面倒だし、どっかで着替えるか。
年上のカノジョは何かと便利ではあるけれど、なかなかに厄介でもある。
そろそろ潮時かなと夏からの付き合いを清算するためのシナリオを考えている自分。
本屋は昔のままでも、自分は随分と変わってしまったものだと自嘲する。
チンという懐かしい音と共に僅かな振動。
扉が開くと同時に漂ってきた紙とインクの匂いに、纏わりつく香水が酷く場違いな気がした。
相変わらず充実した本棚に時間を忘れた。
途中で車をパーキングに入れたカノジョから電話が入ったが、
下手に邪魔されては堪らないと本屋の隣にあるカフェで待ち合わせをした。
1階まで降りてきたときには既に一時間半が過ぎていた。
これでも棚を簡単に見てきただけだ。
冬休みの間にじっくりと楽しもうと1階のレジを通り過ぎようとして足が止まった。
鼓動が徐々に早くなるのが自分で分かる。
ああ、やっぱり俺は見つけてしまうんだ。
「?」
もうとっくに彼女だと確信しているのに半信半疑のようなイントネーションで小さく名前を呼べば、
雑誌から顔を上げた彼女が瞳を大きくした。
君はちっとも変わらないんだね。
「乾だよ。覚えてる?」
ふるふると頭を横に振るから『忘れたのか?』と不安になれば、すぐに笑顔を一杯にして俺の名前を呼んでくれた。
「乾クンを忘れるわけないでしょう?でも、すごくビックリして・・あ、元気?」
「見ての通り。元気だよ。卒業式以来だね。もう、三年かな?」
いつも頭の中で再生している声と同じ。
少し化粧をしているんだね。髪も伸びて、あの頃よりずっと綺麗になってる。
「乾クンは帰省?今は大学の近くで独り暮らしをしているんでしょう?」
「ああ。やりたい事が出来る学部が近くになくてね。は?」
なんて、本当は知ってるけどね。
職員室に張り出されている各大学の合格者名をチェックしたんだ。もちろん、君目当てでね。
素直な彼女は自分の通ってる大学の説明を一生懸命してくれた。
話しながら髪を耳にかける癖、そのままだ。
ゆっくりと穏やかに話すのも変わってないね。
俺は君の話し方をとても気にいっていたんだ。
すれてなくて良かったなんて、自分の事は棚に上げてホッとしてる。
「乾クン、ひとり?」
窺うように訊ねる君に「さっき、こっちについてね。その足でココへ直行さ」とカノジョの事をはぐらかした。
どうしようか迷ったけれど、俺こそ訊きたいことがある。
後で後悔すると分かっているのに自虐的だ。
「で、手塚は元気かい?渡米してからは年賀状の遣り取りぐらいしか付き合いがなくて。」
「あ・・うん。元気、みたい。」
「元気みたいって。やっぱり、なかなか会えないのかい?手塚、時々は帰ってきてる?」
彼女の表情が途端に暗くなり返答に詰まってしまった。
手塚の奴、きっと彼女を放りっぱなしでテニスに打ち込んでいるに違いない。
大事にしないのなら俺が攫ってもいいんだよ。
なんてね、つくづく諦めが悪いな。
「あの、乾クン・・・私ね」
「なに?」
彼女が何事か言おうとした時に名前が呼ばれた。
「貞治!」
シマッタ。
溜息のような返事をすれば、不機嫌を隠しもしないカノジョが店に入ってきた。
「いったい、いつまで待たせるつもり?携帯にも電話したのよ?」
「ああ、悪い。気づかなかった。」
カノジョをには見られたくなかった。
例えが俺に対して何の感情も持ってないにしても、俺の気持ちとして。
は困った顔をして俺とカノジョの顔を見比べてから、カノジョにペコリと頭を下げた。
「偶然に高校の同級生と会ったんだ。」
「へぇ、可愛いわね。とても貞治と同い年には見えないわ。貞治、老けてるから。」
カノジョが年上の恋人をわざわざ強調するのに嫌気がさして、早くを遠ざけたくなった。
は顔を赤くして俯くと僅かに後ずさりする。居た堪れないのは俺も同じだ。
「引き止めてゴメン。会えて嬉しかったよ。手塚によろしく。」
「こっちこそゴメンナサイ・・・乾クンも元気でね。」
カノジョの登場に圧倒されたらしいは、無理した笑顔を作って俺に別れを告げた。
彼女がさっき言いかけた言葉が気になる。本当なら、もう少し話したかった。
でも、これ以上カノジョをの前にさらすのは我慢できなかった。
は再びカノジョにペコリと頭を下げると、逃げるように店から出て人ごみへと消えていく。
彼女にとても似合っていた真っ白のコートが紛れて遠ざかっていくのを俺は目を凝らして見送った。
何度こうやって君の背中を見送ってきたんだろう。
ずっと忘れていたはずなの痛みなのに、この一瞬で思い出したよ。
やっぱり君は俺の特別なんだ。
「貞治。あのコ、あなたの何?」
「するどいね。あのコは、」
カノジョが俺の腕に手をまわしてくる。
香水がキツイ、気分が悪くなってきた。
「あのコは?」
「俺が唯一、好きなコだよ」
あなた、サイテーね。
カノジョに言われて、笑ってしまった。
嘘も方便って知ってるんだけど、今は嘘をつきたくなかったんだ。
彼女に会った後だから、嘘は欲しくなかった。
「突然で悪いんだけど、別れてくれないかな?」
その日、俺は初めて女性にビンタを食らった。
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