君を探してた 5
香水の香りを漂わせた息子が片頬を赤くして帰ってきたら、まあ・・・いろいろと言いたくもなるだろう。
親に根掘り葉掘りと生活態度について問いただされた上に説教までされて散々の一日だった。
でも、ただ一つ。
何もかもを帳消しにして余りあるほどの再会があった。
卒業式の日、確かにバイバイしたはずの君。
だけど君の顔を見て思ったよ。
俺は君を忘れちゃいなかった。
今でも、俺は君を探していたんだってね。
翌日から俺は本屋通いを始めた。
彼女はラフな姿で、肩に大きめのバッグをかけていた。
彼女の住む街と大学の場所から考えて、あの本屋を普段から利用している確率が高い。
会えるとしたら、再会した時間前後だろうと推測して俺は待っていた。
別に手塚からどうにかしようなんては思っていない。
ハッキリしなかった手塚との事が気になったのと、彼女が言いかけた言葉が知りたかった。
本屋に通い始めて5日目。
街はクリスマス色に染められていた。
一階でテニス雑誌を立ち読みしていた。
モノクロのページだが手塚の記事を見つけて、食い入るように読んでいた。
向こうの大学に通いながら更にテニスに打ち込んでいるらしい。
肩から胸の筋肉が発達しプロらしい体格になっている手塚。
相変わらず無愛想なのが変わってない手塚らしかった。
「乾クン、」
呼ばれて振り返った先に君がいた。
あの頃と、ちっとも変わらず。
いや、違う。あの頃より、もっと綺麗になって。
なのに、やっぱり同じ声色で
俺の名前を呼ぶ君がいた。
彼女は遠慮がちに笑ってから、小さく「ひとり?」と訊ねてきた。
俺は苦笑するしかなくて、コクリと頷く。
ここで別れたカノジョのことを説明するのも違う気がして、話題にするのは避けた。
の視線が俺の手にあるテニス雑誌に気づく。
「手塚が載ってるよ?」
俺の言葉に彼女はニコッと微笑んでは見せたが、それ以上のリアクションがなくて意外に思った。
それどころか彼女は「じゃあ・・・」と俺の前から立ち去ろうとするからガラにもなく慌ててしまう。
「、待って!せっかく会えたんだから、少し・・・その、話をしないか?」
「でも、乾クン・・・」
「今日は誰も待たせてないし。に時間があるなら、ね?」
彼女の瞳に躊躇いを見て、逃げられるんじゃないかと内心で冷や汗をかいている。
戸惑いながらも頷いた彼女の仕草に心底ホッとした。
そして俺たちは肩を並べて本屋を出た。
街は赤を基調に色とりどりに彩られ、慌しく流れる人々もどこか楽しそうだ。
長く会ってなかったから俺たちはぎこちなくて、お互いが沈黙を怖がってる感じだ。
俺たちにある共通の話題といえば『手塚』しかないのだけれど、いま少しだけは彼女の息づかいだけを感じていたい。
「あそこの本屋には良く行くの?」
「あ、うん。ここの駅を使って大学に行ってるから。わりと行くかな?」
ほら、俺の予想は正しかった。
ああ。夕方は人が多いな。君の肩に人がぶつかって行きそうで心配だ。庇って歩こう。
さりげなく歩行者の多い方に自分が移動してから、
今まで付き合ってきた女のコに対して『こんなことしたっけ?』と考えて笑ってしまった。
「乾クン?」
「ああ、ゴメン。ちょっと、思い出し笑い。さてと、どこに行こうかな?」
「私は、どこでも。でも、乾クンは本当にいいの?」
「いいの。あ、そうだ。ここの近くにあったタイヤキ屋、まだあるのかな?」
「あるよ!行ってみる?」
が今日はじめての素直な笑顔を見せた。
俺は無性に嬉しくなってしまって、行こう行こうと彼女を急かす。
相変わらずの行列と小汚い小さな店に二人して並ぶと、どちらからともなく笑顔が零れた。
赤いビニールシートの看板を見上げながら木枯らしに身をすくめる。
ここはビル風が強いんだ。
「この人数だと、20分待ちかな?」
「乾クンの予想は当たるんだよね。」
「タイヤキ屋のオジサンの仕事のペースが落ちてなければだけどね?なんせ三年前のデータだ。」
がクスクスと笑った。
君が笑うだけで、俺の胸は火が灯ったような温かさだ。
なのに、彼女の華奢な体には木枯らしが体当たりしていく。
その度に露になる白い首筋が寒そうで、見ているほうが堪らない。
細い指を擦り合わせて息を吹きかける仕草をしながら、
俺を見上げて「乾クン、寒くない?大丈夫?」って君が訊ねてくる。
駄目だよ。そんなに俺に優しくしないで欲しい。
俺のマフラーを君の首に巻いてやりたいって、していいものなのか本気で迷ってる。
君の手を握って自分のポケットに突っ込んだ時には、なんて言い訳しようかって考えてるんだ。
「こそ、寒くない?俺の後ろに立てば少しは風が防げると思うけど?」
「大丈夫よ。もうすぐ、ホカホカのタイヤキにたどりつくし。」
「残り17分ほどは待つと思うよ?」
「乾クン、細かい。変わらないね。」
「いや。随分変わったよ。こそ、全然変わらない。」
「ううん、私も・・・変わっちゃったよ」
多少自省も込めて答えた俺に、は不思議な表情を見せた。
彼女は俺が今まで見たことないような愁いを帯びた瞳で足元のコンクリートを見つめている。
え?と思わず聞き返す俺に、彼女は直ぐに笑みを浮かべて顔を上げた。
「当たり前だよね、三年もたっちゃってるんだもん。」
三年たった今、まだ君が好きなんだと変わらない気持ちに気づいた俺は間抜けだと思う。
ねぇ、君は?
今も手塚が好き?気持ちは変わってない?
聞きたいけど聞けないよ。
聞きたくない答えを聞いてしまったら、俺は君の知っている俺でいられるか自信がない。
下手に大人になってしまって、プラトニックな想いだけじゃない『触れたい』と強く願っている男の俺がいるから。
うまくコントロールしないと君を傷つけてしまいそうだ。
俺は曖昧に笑って、やっぱり気になってしまう寒々しい君の仕草を見つめていた。
「まいど!」
やや白髪が増えたオジサンから紙袋を受け取ると胸にカイロの温かさだ。
「待ち時間はジャスト20分。」
「スゴイよ!乾クンのデータは健在だったね!」
「ありがとう。、ほら。これ持って、温かいから。」
「乾クン、お金。」
「いいよ、奢り。食べるのは、いつものベンチでいいかな?」
「ふふ。いつものか・・・懐かしいね。」
は大事そうにタイヤキを胸に抱くと俺の言う三年ぶりの『いつものベンチ』に向かって歩き出した。
それは、そう。制服の二人が並んで座っていた、古びた公園のベンチ。
寒々しい夕暮れの公園には、街中に住む愛犬家の老人しか歩いていない。
枯れ葉がたくさん乗ってるベンチに俺たちは腰をおろした。
「あったかいもの買ってこようか?何が飲みたい?」
「待って、私が買ってくる。乾クンは、なに?」
「ああ、そうだな。コーヒーで、出来たら・・・」
お気に入りの銘柄を口にしようとしたら、先にに言い当てられて驚いた。
「変わってないのね」
クスッと笑って、公園の向こうにある自販機に向かう彼女の背中に俺も呟く。
「君はミルクティーだろ?」
には聞こえずに。
だけど、きっと当たりだと確信している。
俺は彼女が残していったタイヤキを腕の中に抱きしめて目を閉じた。
進歩がないって、このことだ。
せめて俺のマフラーを巻いてやりたいな。巻いてやってもいいかな?
しつこく俺は考えていた。
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