君を探してた 6
人ひとり分、きっちりと空けてベンチに座った俺たち。
寒いんだから肩を寄せ合えばもう少しマシなんだろうけど、相変わらずの距離が切ないよ。
けど、それでもいいんだ。
君が居ないよりは何倍もシアワセ。
今、君が隣にいることは確かなんだから。
が自販機に向かった後、彼女が座っていた場所をぼんやりと見ていた。
マフラーは外して俺の膝の上。その上にタイヤキの袋が乗っかている。
今まで温かかった首元がスースーして、コートの襟元を深く合わせて苦笑した。
中坊でもあるまいに、何をやっているんだか。
なにやら落ち着かない鼓動に我ながら呆れつつ彼女を待った。
白のダッフルコートが薄闇の中を走ってくる。
公園の外灯に白が反射して浮かび上がるから、俺には君がスポットライトでも浴びているように見えるんだ。
コートのフードが走るたびに小さく跳ねてて君が可愛らしくてたまらない。
「はい、お待たせ。これで良かった?」
俺の前に立った君は息を切らせて、胸に抱えてきた缶コーヒーを熱そうに摘んで差し出してきた。
ほら、きた。今だ、俺。
「ありがとう。これ、良かったら・・・寒いだろ?」
片手には摘んだ缶コーヒー、もう片方の手は胸に抱えたミルクティー。
両手が塞がってる君に俺のマフラーを巻いてやる。
「え、乾クン、いいよ!そんな寒くないし、」
「、鼻の頭と耳、赤くなってる。」
「嘘!でも、」
「いいから。座ってる間だけでも、ね?」
困り顔で逃げようとする彼女の襟元をぐるぐると色気もなく包んでやった。
逃げられないと諦めたらしい彼女はおとなしくなって、
俺が巻き終わると埋もれた口元をマフラーから出して「ありがとう」と消え入りそうな声で言う。
なんとなく暗い中でも彼女の頬が赤くなってるのに気づいて、つい俺まで赤面してしまった。
俺たちの間に空く、ひとり分のスペースは見えない手塚の存在。
その場所にタイヤキの袋を破って広げた俺たちは、その存在の名前を口にすることなく色々な事を話した。
いつもはタイヤキなんて三クチもあれば食べちゃう俺だけど、今日はチビチビと味わって時間をかけて食う。
彼女もペースを合わせてくれているのか、なかなかタイヤキが小さくならない。
「乾クン、成人式に出なかったんだね。不二君とかには会ったんだけど、」
「ああ。研究に没頭しててね、帰れなかったんだ。」
「そうなんだ。ね、何の研究しているの?」
「が聞いて面白いかは分からないけど・・・聞く?」
「そんなこと言われたら、余計に興味がわくんだけど。」
「そうか。なら、話そう。途中で寝ないでくれよ?」
彼女はよく笑った。
俺が恋焦がれた笑顔が俺の隣にある。
成人式に行かなかったのは君に会うのが怖かったからだ。
大学に行って直ぐにカノジョというものが出来た。
身長が高いというだけで、なんでかモテたんだ。
テニスと人のつむじを見るぐらいしか役に立たないと思ってた身長が意外なところで効果を発揮したんだよ。
好きでもないコと次々と恋愛ごっこをした。
少しはドキドキもした。楽しいと思うこともあった。
だけど決定的に違う事も知った。
だから、君には会いたくなかった。
成人式になんか行ってしまったら、俺は必ず君を探してしまう。
そして何万人といる人の中から、きっと君を見つけてしまうことが分かっていた。
行きたくても、行けなかったんだよ。
また恋をしてしまうと・・・知っていたから。
俺のマフラーに顔半分を埋めるようにして、時々口元を下げては笑う。
白くて細い指が柔らかなマフラーを押さえる仕草が愛しい。
俺の話、つまらなくないのかい?
たいていの女のコは興味なさそうにして話題を変えようとするんだけどね。
そんなキラキラした瞳をして俺の話を聞かれると、本気でヤバクなってくる。
手塚は今も君を大事にしてるのかな?
君の曖昧な手塚に対する反応、
アイツの目標に向かうと他が見えなくなる不器用な性格を考えると二人の仲は厳しい気がする。
どうしようと考えてしまう俺を・・・手塚は許してくれるだろうか。
突然、場違いな着メロが流れてきた。
が慌ててカバンを探り携帯を出してくる。
俺は一瞬『手塚から?』と心臓が冷えたが、よく考えれば手塚はアメリカだ。
何をビクビクしているのか、後ろめたいとこうなるんだと溜息が出た。
「あ、家からだ」
「出ていいよ」
「うん、ゴメンね。・・・もしもし、お母さん?」
ちゃんと俺に断わって電話に出るのも君らしくて好感が持てる。
仕方ない。何から何まで、全てが俺の好みなんだから。
こんなにも俺のストライクゾーンど真ん中の人には、後にも先にも会えないんだろうなと思うと、
どうにも堪らない気持ちになってしまうんだ。
「大丈夫。高校の同級生と久しぶりに会って・・・うん、平気。もうすぐ・・帰るから。」
分かっていたはず。
君はもうすぐ帰るんだ。
明日も会える約束も何もなく。君が俺の前から消える。
途端に満ちてくる寂寥感は押さえられない。
彼女は携帯を閉じると、すまなそうに俺を見た。
時計を見れば本屋で会ってから既に三時間近くがたっていた。
「ゴメンナサイ。今日は早く帰るつもりだったから、母が心配して・・・」
「いいんだ。こっちこそ、少しと言っておいて随分と長く引き止めてしまった。」
「ううん。私こそ、とても楽しかったから・・・時間をわすれてた。」
「それは俺も。時間・・・わすれてた。」
俺たちの間に沈黙が落ちて、自然と見つめ合った。
は何か言いたそうな目をしてる。
俺だって言いたい言葉がある。
お互いが何かを言おうとした時、公園に高校生らしいカップルが入ってきた。
俺たちがベンチを使っているのに気づいて、奥のほうに移動していく恋人達に出かけた言葉も引っ込む。
「乾クン、帰ろ。」
「ああ、」
がマフラーに手をかけたから、黙ってそれを制した。
「駅まで、・・・寒いから。」
「でも、乾クンが寒いよ。」
「俺は寒くないよ。いいから。」
「アリガト」
小動物みたいにマフラーに顔を埋めた君の頭を撫でてやりたいと心底思う。
好きでもないコにしてきた事が、何故こんなにも好きな君に出来ないんだ?
お祭りの後みたいな寂しさを感じながら、駅まで歩いた。
あんなに弾んだ会話もどこか上滑りで、近づく繁華街の明かりがヤケに眩しい。
このまま会えなくなっていいわけがない。
また会いたい。もっと、話がしたい。
俺がコッチにいるのは正月明けの四日まで。
あと二日もすればクリスマスイブだ。
とにかく、もう一度会いたいと・・・どうにかして言わないと。
気持ちばかりが焦って、言葉は音になりはしない。
うわの空のまま駅までついてしまったら、が遠くを見ていた。
彼女の視線の先にはクリスマスツリー。
毎年、この時期になると駅前の広場に設置されるものだ。
ああ、そうだ。あのツリーに君は願い事をかけていたね。
手塚が渡米すると聞いた後、涙に濡れた睫毛を伏せて一心に願っていた。
君は手塚を愛していた。
「乾クン、ここで。」
は俺のマフラーを外すと直ぐ巻ける様に差し出してきた。
俺はツリーの思い出に酷く傷ついてしまったから、素直にそれを受け取ってしまった。
師走の駅は人が多い。
立ち止まる俺たちの肩をかすめるようにして人々が足早に通り過ぎていく。
俺は無造作に彼女のぬくもりが残るマフラーを巻くと彼女に言った。
「ホームまで送るよ。」
帰宅するサラリーマンやら何やらで混んでいるホーム。
遠慮するを半ば無視して改札を抜けた俺は残りわずかな時間を前に言葉を捜していた。
は何も喋らない。
俯き加減で靴の先ばかりを見ていた。
もうすぐ電車が来ると場内アナウンスが流れれば、もう迷う時間もなかった。
「・・できたら、また・・・会わないか?」
口の中がカラカラになって、語尾が僅かに掠れた。
顔を上げたの瞳が大きくなる。そして次には眉根が寄せられ目が伏せられた。
「ううん。もう・・・会わないほうがいい。」
「何故?」
「乾クン、優しいから・・・」
「意味が分からない、」
「乾クンには大事な」
彼女の言葉に覆いかぶさるように電車がホームに滑り込んできた。
轟音に言葉はかき消され、彼女の髪が巻き起こる風に酷くあおられる。
は乱れる髪を押さえて、後ろに入ってきた電車を振り返った。
「、」
ドアが開く。一斉に乗客が降りてきて、彼女の背が人に押された。
助けようと伸びた手をサッと避けた彼女がニコッと微笑んだ。
それは君の本当の笑顔じゃない!
「乾クン、今日はありがとう。元気でね。」
「、まだ話が終わっていない。」
「駄目。駄目だよ、乾クン。」
「何が?手塚が居るから?」
俺は必死だった。並んでいた人間が次々と電車に吸い込まれていく。
も徐々に後ずさって、今にも電車に飛び乗ってしまいそうだ。
俺の言葉にの眉が下がって歪む。
なのに口元は無理して笑顔を浮かべて・・・それ泣き笑いってやつだ。
「!」
が電車のドアに滑り込んだ。
そして、まだ開いたままのドアの前で口をひらく。
発車のベルが同時に鳴った。
「国クンとは・・・もう三年前に終わったの」
俺は一瞬、呆けてしまった。
馬鹿みたいにの瞳から零れ落ちる涙を見つめて、閉じていく扉に我に返った。
「待って、!」
動き出す電車のドアを叩く。
遠くから駅員が注意する声が聞こえたけど、俺は動き出す電車と共に走り出した。
は涙をポロポロ零しながら俺を見ていた。
なんで、なんでだ!
そんな大事なコト、なんで!
「!」
叫んでも電車は止まらない。
彼女の姿は見えなくなって、俺の脇を同じ柄の車両が容赦なく走り抜けていく。
俺は息を切らしホームの端で彼女の面影を追いかけていた。
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