キスして良いのは貴方だけ 5













『お前さ、大事なことほど言葉が足りないよ。』



そう赤澤に言われたのは、いつだったろう。










終電に合わせて歩いていたら胸の携帯が震えた。
半分は諦めつつ確認した名前は彼女ものではなかったけれど、出ないわけにはいかない名前だった。



「もしもし?」
『観月、家にたどり着いてるか?』



赤澤は深夜でも真昼の快活さで声が大きい。
携帯を少し遠ざけつつも肩の力が抜けた。



「帰る途中です。0時も回って電話してくるのは非常識だと思わないんですか?」


『なんだよ。こっちは日が変わらないと仕事も終わらないだろうと遠慮してやってるんだ。
 ところで恒例の忘年会は今年も来るだろう?』


「今年は、」
『日にちなんだけど』


「パスしていいですか?」



えっと赤澤が絶句した。
卒業してからも、ずっと年末にだけは集まっていたテニス部の面々たち。
年によって欠席するメンバーが一人や二人いても、赤澤と僕は皆勤賞で出席していた。



『おいおい、どうしたんだ?
 どんなに忙しくても、この集まりだけは時間をやり繰りしてきたじゃないか。』


「そうなんですけど・・・今年は貴重な時間を他に使いたいと思って。」


『まさか、女ができたか?』
「・・・ノーコメントです。」



携帯の向こうから遠慮のない笑い声が漏れてきた。
どうでもいい時にだけ発揮される赤澤の勘の良さ。
テニスに使えなかったのが残念ですよ。



『そっか、そっか、良かったな。なら、その彼女も連れてこいよ。顔が見てみたい。』
「僕は会わせてもいいですけど・・・」



彼女のことなら赤澤も知っているし、久しぶりに顔を合わせたら楽しいかもしれない。
それは僕たちが上手く付き合えているのが前提だけど。



『どうした?クリスマスを前に喧嘩でもしたのか?』



歯切れの悪い僕を敏感に察した赤澤の声が気遣わしげになる。
僕は溜息を飲み込んで、冷え込んだ冬の夜空を見上げた。



「喧嘩できるほども話せてないんです。
 大事にしたいとは思ってるんですけどね、なかなか難しい。」


『なるほどね。お前さ、忙しすぎるのもあるだろうけど、それだけじゃないだろ?
 どうでもいいことは山ほどうんちく言うくせにさ、大事なことには言葉が足りてないんだよ。
 いいか。ごちゃごちゃ考えずに当たって砕けろ!
 黙ってても相手に気持ちが通じてるなんて、ありえないからな。』


「砕けたら元も子もないでしょうに。まったく、人のことだと思って。」



文句を言うことで、弛んでくる口元を引き締める。
それぐらいの思い切りが大事なんだと赤澤が力説しているのを聞きながら歩みを止めた。


星が瞬いている。
その隣には大きな月。


君の上にもあるだろう、星と月。



そういえば、僕は彼女に『好きだ』と一度しか告げていない。
もっと傍にいて、もっと僕を愛して、もっと僕を必要として。
逃げられたくなくて、強い願いは口に出せずに仕舞ったまま。
だから苦しくて苛々するんだ。



君の気持ちが分からないと嘆く前に、僕は僕の気持ちを君に伝える努力が必要なのかもしれない。



『とにかく忘年会に連れてこいよ。俺が間を取りもってやってもいいし。』


「相変わらずお節介ですね。分かりました。彼女に訊いてみますよ。
 フラれた日には、赤澤に朝まで付き合ってもらいますからね。」


『おう、任せとけ。』



赤澤はテキパキと忘年会の日時と場所を告げ、最後に『頑張れよ』と残して電話を切った。










クリスマスイブの日、僕は裁判所からの帰りにマンションの合鍵を作った。


出来あがった真新しいシルバーの鍵を手のひらにしてみたら、
なんだか物足りない気がして傍に並んでいた赤い鈴つきのキーホルダーまで買ってしまった。


買ってはみたもののチリチリと可愛らしく鳴る鈴がついた鍵を見て、無性に気恥ずかしくなってポケットへ仕舞う。
今まで誰にも渡したことのなかった鍵が特別に思えて、自分の行動に照れてしまった。


このまま事務所に帰れば、きっと頭が冷えて渡せなくなる。
こういうものは勢いだと自分に言い聞かせ、僕はタクシーを拾った。


クリスマスの浮ついた雰囲気をまとった昼間の街中を車で走り、たどり着いたのは君の家。
家の前までは何度か君を送ったけれど、さすがに御両親のいる自宅にお邪魔したことはない。
こざっぱりした庭がある戸建てのベランダには生活感のある洗濯物が並んでいて、君の気配を感じて胸が温かくなる。



重症ですよ、僕は。
こんなところで他人の家を見上げていたら不審者として職務質問されても仕方ない。
それでも君が家族と共に生活している家にまで恋焦がれてしまうのだから。



僕はタクシーの中で走り書きしたメモと鈴のついた合鍵を事務所の封筒に入れて、静かにポストへ落した。
家族に封を開けられてしまったらと思わないでもないが、それならそれで口実にして挨拶に行ってもいい。
開き直りとも言える打算も少し封筒に閉じ込めた。



後ろに待たせたタクシーに乗り、また時間に追われる場所へ戻っていく。
それでも胸のうちは君への想いで溢れていた。




















キスして良いのは貴方だけ 5 

2007/12/09

フェードインする恋心
コは相手にしないプライド
リードする時は、いつもさりげなく
スして良いのは貴方だけ
ルーされた告白の行方

お題 キミにうたう「すき」のうた 様より




















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