あなたの声が聴きたい 2










不二君に本を貸した翌朝。
登校するなり手塚君が近づいてきて、本を差し出してきた。



「不二から預かってきた。」


「不二君、もう読んだの?」
「いや。俺の持っている本を貸して、の本は返してもらった。」


「どうして?」



同じ本なのに、と不思議に思って訊ねた。
手塚君が眉間に皺を寄せ、何事か答えようと口を開く。


その時、廊下から手塚君の名前を呼ぶ声がした。



「手塚君、ゴメン!バスの手配のことなんだけど、いい?」



女テニの部長さんだ。
手塚君は振り返り「ああ」と答えると、私に断わって廊下に向かう。
部長さんは私に視線を向けると軽く会釈してくれた。



「ごめんなさい、話の邪魔をしちゃって。でも、直ぐに提出って言われたのよ。」
「別に、たいした話ではないので構わない。」


「そう?ここなんだけど・・」



たいした話ではない。
それは、そう。たいした話じゃない。


二人は話しながら廊下を歩いて行き、そのうち声も遠ざかっていく。
顧問の先生がいる職員室にでも行くのだろう。


さっきまで手塚君の温もりを感じていただろう私の本。
取り残された淋しさに、私は手のひらの本を見つめるしかなかった。





始業ギリギリになって手塚君は教室に戻ってきた。
姿勢の良い彼の大きな背中を見るのは好き。
だけど、ちょっと遠く感じる背中。



手塚君にとっての私ってなんだろう。



『この紐をほどいても・・・俺の傍に居て欲しいという意味なんだが。』



あなたは確かに言ってくれたけど、私は手塚君の傍に居る?
私より余程、あのテニス部の部長さんの方が手塚君に近い気がする。


胸の奥に嫌な感情が芽生えてくるのを感じて頭を振った。
シャーペンをカチカチと出し、深呼吸してノートに向かう。



手塚君に嫌われたくない。
それだけは絶対に。
だから、こんな感情は封じ込めてしまわなくては。





なんとなく浮かない気持ちで昼の購買に並んでいたら、後ろから肩を叩かれた。



「珍しいね。購買に並んでるなんて。」
「不二君!あの・・手塚君から本を返してもらいました。ありがとう。」



いつものようにニコニコした不二君が声をかけてきて、私はペコリと頭を下げた。



「こちらこそ。良かれと思ってしたんだけど、悪かったね。」
「え・・悪かったって?」


「手塚に怒られなかった?」
「別に何も、」


「そうなんだ。なら良かったよ。」



不二君の言ってる意味が分からない。
私が困惑しているのに気付いた不二君が笑顔を浮かべて首を傾けた。



「ゴメン、悩ませちゃったかな。
 とにかく手塚は長く付き合えば単純なんだけど、ちょっと女のコには分かりにくいタイプだからね。
 さんは手塚に遠慮なんかしないで、なんでも訊いたほうがいいよ?
 黙ってても全て分かってくれなんて、手塚の方が我儘なんだから。」



手塚君が我儘?
私は手塚君の我儘なんて見たことも訊いたこともない。
ますます困惑する私に不二君が笑みを深くする。



「あー、そっか。さんって、ふんわりさんなんだね。」
「ふ・・ふんわりさんって」


「そのままの意味。それがさんの可愛いところなんだろうね。」



か、可愛い?
男の人に『可愛い』なんて面と向かって言われたは初めてだった。
赤面するまいと思っても、勝手に頬が熱くなってしまう。



「不二ーっ、お待たせぃ!あっ、なにやってんの?また鉄仮面を不機嫌にさせるつもりかにゃ〜」
「エージ、余計なこと言わない。ほら、並ぼう。エージの好きなエビフライサンドがなくなるよ?」



不二君は苦笑しながら菊丸君の背中を押して列を進む。
そして二人は私を振り返り、賑やかに手招きした。



さんも早くおいでよ!いいの無くなっちゃうよ〜」



手塚君と付き合わなければ話すこともなかっただろうテニス部の人たち。
向けられる彼らの笑顔も、手塚君が私にくれたものだと思うと胸が温かくなる。


今まで興味のなかった本。
知らなかったテニスのルール。
男のコたちの陽気で楽しい会話。
どれもこれも手塚君を通して知ることが出来た新しい世界。


全て手塚君のおかげだ。



その日のランチ。
不二君や菊丸君が協力してくれたお陰で、私は人気の限定メロンパンを手に入れることができた。










『部活、お疲れ様です。
 少し小雨が降っていたね、濡れなかった?
 風邪に気をつけてね。 また明日。おやすみなさい。』



たった数行のメールを何度も読み返して送信する。
習慣の様に私が毎晩送っている『おやすみなさい』のメールだ。


体育祭の日にメルアドを交換したのはいいけれど、本当にメールしていいのか随分と悩んだものだ。
最初にメールをくれたのは手塚君から。



『これからよろしく頼む。おやすみ。』



たった一行だけど、今も大事にとってある初めてのメール。
それに『こちらこそお願いします。おやすみなさい。』と返信したのが私の初めて。
送信ボタンを押すのにも鼓動が走っていたのを思い出す。



翌朝、昇降口で偶然に顔をあわせた手塚君が靴箱を閉めながら小さく言った。



「おやすみなさいとメールが来るのはいいものだな。」



そう言われて、私としては精一杯の勇気を持って訊いたの。



「じゃあ・・・またメールしてもいい?」
「ああ、もちろん。」



あの時も手塚君はメガネの奥の瞳を細めて微笑んでくれた。
私はとても嬉しくて、こんな手塚君の笑顔をイッパイ見たいと思った。





暫くすると手塚君に設定した着信音が鳴った。
メロディが鳴り終わる前に携帯を開き、メールを確認する。



『雨は大丈夫だった。心配ない。おやすみ。』



そうなんだ、よかった。
ホッとして携帯を閉じる。


今では手塚君の方からメールがくる事は殆どない。
私がメールすれば短い返信が戻ってくるだけだ。


友達はカレシと遅くまで何十通となくメールの遣り取りをすると言うけれど、そんなことは望めない。
うらやましくないと言えば嘘になるけれど、遅くまで部活をして帰ってくる手塚君にメールを望むのは無理だろう。
彼はテニスだけでなく成績も優秀だし、帰ってから勉強しているだろう事は想像できる。



手塚君の邪魔にならないようにしなくちゃ。



だって手塚君が私に与えてくれるものは沢山あるけど、私から手塚君にあげられるものがない。
せめて同じテニス部だったなら女テニの部長さんのように役に立てたかなと思うけど、運動が苦手な私には無理な話だ。
それでも私を傍にと望んでくれた手塚君だから、私が出来る精一杯を手塚君にしたい。



私が手塚君のために出来ることって何かな?



私はいつも考えていた。




















あなたの声が聴きたい 2 

2007.07.11




















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