あなたの声が聴きたい 3
「、今・・いいか?」
顔をあげれば手塚君が机の前に立っていた。
いつもお喋りする友達は違うクラスに教科書を借りに行ってしまって居ない。
驚きながら頷けば、たまたま席を外している前の人の椅子に手塚君が腰掛けた。
途端にドキドキし始める鼓動。
髪が跳ねてないかしらなんて心配しつつ手塚君の顔を見れば、彼の視線は私のノートに落ちている。
「ダ、ダメ!」
「何がだ?」
「字・・・上手じゃないから。それに、」
手のひらで慌てて隠したノートを前に口ごもる。
数学の課題が分からなくて人のを写してるのがバレちゃうもの。
「・・・どれが分からないんだ?」
「え?」
「休み時間は残り10分だ。一問ぐらいは教えられると思う。」
手塚君はノートを隠す私の手をそっと長い指でどけた。
それだけで真っ赤になってクラクラしてしまった私は、言われるがままに不出来なノートを手塚君に見せることとなる。
「問3か?」
「そ、そうです。」
緊張して敬語になってしまったら、手塚君が小さく笑った。
私が情けない顔をしたのが分かったのか、コホンと咳払いした手塚君は真面目な顔に戻る。
「これは基本の公式を応用しないと使えないんだ。まずは・・・このシャーペンを借りていいか?」
「ハイ。」
手塚君は私がお気に入りのクマちゃんがついたシャーペンを片手に説明を始める。
私は一生懸命に訊くんだけど、あまりに素敵な声で説明されても数字が頭に入らない。
「ここまでは分かったか?」
「えっと・・・・」
「もう一度、説明しよう。」
「す、すみません!」
このままでは馬鹿な女だと呆れられる。
私は脳細胞を総動員して手塚君の説明に聞き入った。
「答えは、−2?」
「そうだ。」
「良かった!ありがとう、手塚君!」
手塚君の説明のおかげで解けた。
私は大喜びで手を叩くと、いそいそと答えをノートに書いた。
そこで予鈴がなる。
ハッとして手塚君を見れば、既に彼は席を立とうとしていた。
「手塚君、ゴメンナサイ!何か用事があったんじゃないの?」
そうだ。彼から声をかけてきてくれたのをすっかり忘れていた。
焦る私をよそに、手塚君はレンズの奥の瞳を柔らかく細めた。
「いいんだ。」
「でも、」
「が一人でいるから・・・声をかけただけだ。」
そう言って、手にしていた私のシャーペンを優しく机に置いた。
どうしよう。
私・・・嬉しくて胸がイッパイになってしまう。
ざわめく教室に生徒達がバタバタと駆け込んでくる。
手塚君が座っていた前の席の子も戻ってきた。
メガネを人差し指で押し上げた手塚君は、スッと私の席から離れて戻っていく。
自分の席につく手塚君の背中を見ながら、
私は泣きだしてしまいそうなほど『手塚君が好き』と思った。
際限なく手塚君を好きになっていく私。
ちょっと自分が怖くなると同時に幸せも感じてる。
私の恋心は日々、些細な事で右へ左へと揺れていた。
第三金曜日は定期のコート整備があってテニス部の部活がミーティングだけで終わる日。
土日も忙しくてデートなど出来ない手塚君と過ごせる唯一の日だ。
図書室でパラパラと本をめくりながら手塚君を待つ。
好きな人を待つ時間は本当に幸せ。
今日は何を話そう。
どこへ連れて行ってくれるのかな?
部活が短く切り上げられたからといって、平日の午後にそう沢山の時間があるわけじゃない。
その貴重な時間を手塚君が好きな本屋さんや静かな公園で過ごすのが私たちのデートだ。
時には二人で二段重ねのアイスクリームを食べたりして、
そんなものが似合わない手塚君の意外な姿に笑ったりする。
手塚君が見せてくれるだろう表情を思い浮かべると勝手に頬がゆるんでしまう私。
ちっとも頭に入らない活字を目で何度も追いながら、手塚君のことばかり考えていた。
「遅いな・・・」
図書室のドアが開く音がする。
その度に入ってくる人が直ぐに確認できる席に座っている私は期待を込めて顔を上げた。
また・・・違う人。
何度となく繰り返してきた仕草に溜息をついて机の上に置いた携帯を眺める。
すると急に携帯がカタカタと震え始めた。
周囲の目を気にしながら慌てて携帯を開けば手塚君の名前。
私は荷物もそのままに携帯を手に廊下へ飛び出した。
「もしもし?」
『か?すまない、待たせてしまって。』
嫌な予感がした。
手塚君が電話してくる時は、急な用事があった時。
つまりは・・・
『今日、これから遠征の件で話し合いをすることになってしまったんだ。』
「そう・・・」
『だから、』
「分かった。先に帰ってるね。」
落胆する気持ちは抑えられない。
目の前で告げられなくて良かった。
私きっとガッカリしてる顔を上手く隠せなかったと思うもの。
一生懸命に明るい声を出して、平気なフリをした。
「私も用事があったの。だからちょうど良かった。」
『そう・・なのか?』
「ウン。だから、私の事は気にしないで?」
『なら、いいんだが。』
手塚君の電話の向こうでは顧問の先生らしい声と女のコの声が混じって聞こえていた。
女テニと合同なのかと思えば勝手に胸が痛みだす。
それじゃあ、また明日ねと無理矢理に元気な声を出せば、
何か言いたそうな間があった後に『気をつけて』とだけ手塚君は言って電話を切った。
切れてしまった電話の音。
私は携帯を手にしたまま、放課後のざわめきが遠く響く廊下に暫く立ち尽くしていた。
トボトボと自分の影を踏みながら帰る。
テニスコートの見える通路で足を止め、手塚君のいない場所を眺めた。
これ位のことで落ち込んで、どうするの?
手塚君にとってはテニス部が何より大事なの。
それを理解して、彼のテニスの邪魔をしないことが大切なこと。
何も手伝うことが出来ないのなら、邪魔をしないことが手塚君のためになる。
女テニの部長さんの綺麗な笑顔が頭にちらつく。
イヤだ、私。
こんなに嫉妬深いんじゃ嫌われちゃうよ?
自分で自分に言い聞かせ、手塚君が残る学校を後にした。
だが、そのまま真っ直ぐ家に帰る気持ちにはなれない。
仕方なく駅近くの大きなCDショップに足を向けた。
ここは大きなヘッドフォンが置いてあって試聴が出来る。
買わなくても時間が潰せるうえに気分転換が出来るのが気にいっていた。
あっちこっちを覗いて、クラシックコーナーで好きなピアニストの名前を見つけた。
新しいアルバムの試聴があるのに喜んでヘッドフォンを耳に当てる。
再生を押せば、繊細で美しい調べが流れてきた。
目を閉じて聴き入ってたら、ふと手塚君の顔が浮かんだ。
すると目の奥が熱くなってきて、何が悲しいわけでもないのに泣けてきてしまう。
ヘッドフォンをしたまま俯いて鼻を押さえていたら、突然後ろから肩を叩かれた。
驚いて振り返れば、そこには笑顔の不二君が立っていた。
あなたの声が聴きたい 3
2007.07.13
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