恋の花咲くこともある 2
車の後部座席で外の景色を眺めていたら、煌々としたコンビニの明かりが目に入った。
「停めてくれ。」
気付いた時には口にしていた。
偶然とは恐ろしいものだと思う。
「ちっ。ビールとチューハイばっか揃えやがって。
もうちょっとマシなシャンパンかワインはねぇのか?」
ガラスケースの前で文句を言っても品揃えが良くなるはずもなく、跡部は舌打ちして目についたスパークリングワインを手にした。
この際は炭酸ジュースよろしく飲めるもので我慢すると自分に折り合いをつける。
レジに並んで、何とはなしに見た店員の顔は見覚えのあるもので
跡部は頭を高速回転させて、店員の胸にある名札と記憶を照合した。
該当者はただ一人。
跡部の記憶にある姿形とは随分と違うが、持って生まれた顔は変えられない。
コイツ、うちのクラスのか。
なんでまた、こんなとこでバイトしてやがるんだ。
アルバイト禁止の氷帝では、見つかった場合は停学。
バイトの内容によっては退学になることもある。
なのに動揺するかと思われた相手は、たいして表情も変えずにアルコールを指摘してきた。
同じクラスとはいえ目立たないとは話した記憶がない。
だからこそレジのカウンターを挟んでの会話に跡部は少なからず驚いていた。
跡部に対して媚びもせず、怯みもしない。
面白い奴だと思った。
その後に店員から返された千円札の多さと小銭には閉口したが、
嫌々付き合わされたパーティーの苦痛を忘れるぐらいには面白かった。
もちろん学園に報告する気など、さらさらない。
むこうはどうする気か知らないが、跡部自身はアルコールの件を告げ口されたとしても平気だ。
全国区のテニスプレーヤーとして名を馳せる景吾と多額の寄付をしている跡部家に対し、学園の立場はあまりにも弱い。
本当は家の名前を使って物事を握り潰したりするのは好きじゃない。
だからこそ、あの夜は油断して失敗したと思ったのだが・・・
テニス以外には、そう刺激のない学園生活。
その中で出会ったイレギュラーに跡部は興味を持った。
「立候補する人はいませんか?」
クラス委員が呼びかけるが、誰も手が上がらない。
跡部は教壇の脇で優雅に長い足を組んでクラスの様子を眺めている。
大きい行事なだけに学園祭の実行委員は敬遠されがちだ。
学園祭は楽しみだが、裏方となって働くのは敬遠したいというのが本音だろう。
跡部は後ろの席で黙々と英単語を覚えているを見つめている。
一昔前のガリ勉少女を演じているのかと疑ってしまう姿で、
話し合いは自分にまったく関係ないですとシャーペンを動かしている。
アイツ、そんなに成績良かったか?
定期テストの度に順位は発表されているはずだが、
自分とテニス部のメンバーにしか興味のない跡部は他の名前など覚えていない。
「では誰か推薦する人はいませんか?」
司会の声に教室がざわめく。
互いが牽制しつつ、誰かがやるだろうという空気が教室に漂っている。
跡部は黙って立ち上がり、チョークを手にすると一人の名前を書いた。
途端に教室のざわめきが大きくなるが、名前を書かれた本人は気付きもせずに勉強中だ。
「他に立候補、または推薦したい奴はいるか?」
カッと音を立てて黒板をチョークで叩く音がして、そこでやっとは顔を上げた。
『』と自分の名字が書かれてある。
あれは、なに?
そう思った時には、なら決まりだという跡部の声と終業のチャイムが同時に響いた。
「ちょっと待ってよ!」
チャイムが鳴り終わると、直ぐに廊下へ出てしまった跡部をが追ってくる。
よほど慌てたのか、手にはシャーペンを握ったままだ。
跡部は足も止めずに廊下の中心を堂々と歩いていく。
たまらずは小走りで彼の前にまわりこんだ。
やっと跡部の足が止まる。
「なんだ?」
「なに勝手に決めてるのよ!なんで私が実行委員!?」
「暇そうにしてたからだよ」
「暇なんてないよ!私、バイ・・」
バイトで忙しいと続くはずの言葉を飲み込む。
往来の多い廊下で言っていい単語ではなかったと、は思わず周囲に視線を走らせた。
跡部は唇の端を上げると意地悪げに笑う。
「バイなんだって?ああ、そうだ。お前の下の名前を教えろ。ここに書かねぇと」
そう言って、実行委員の名前を書いた白い紙をヒラヒラとさせる。
どう見ても面白がっている跡部の様子に心底むかっ腹が立つ。
は拳を握りしめると跡部を睨みつけた。
「あんたって、サイテー」
片眉を上げた跡部が、へぇ・・と低い声を出した。
面と向かって女に「あんた」と呼ばれたのも、「サイテー」と吐き捨てられたのも初めてだ。
ムカッときたのはお互い様で、暫し廊下で睨み合う。
「跡部〜っ!」
ふたりの間にある険悪な空気を陽気な声が破った。
途絶えた緊張感にお互いが目を逸らすと、廊下の向こうからタンポポのような頭が走ってくる。
「あのさ、今日の部活・・・って、なんか邪魔だった?」
明らかに不機嫌な顔をした二人にジローが困惑した表情を見せると、は黙って教室に戻っていった。
舌打ちする跡部に、ジローが「ちゃんと同じクラスだったんだ」と呟く。
「を知ってるのか?」
「うん、まぁ。中学の時、クラスが一緒だったからね」
振り返ってまでの背を視線で追ったジローだったが、跡部に向き直ると直ぐに人懐っこい笑顔を浮かべた。
「それよりさ、今日ねオッシーと賭けしたから。最初にスマッシュ練習させてよ」
「今度は何を賭けたんだ?」
「新発売のチロルチョコを箱買いっ」
「お前、太るぞ」
職員室まで付いてくるつもりなのか、だってだってと話し続けるジローを連れて歩く。
ふと跡部が足を止め、ジローを見下ろした。
「そうだ、ジロー。の下の名前をココに書いてくれ」
用紙の空いた部分を指さした跡部に、ジローは呆れた声を出す。
「え〜、跡部ってクラスメイトの名前も知らないんだぁ」
「苗字を知ってたんだ。上等だろ?」
「相変わらず女のコには冷たいんだねぇ」
「お前が甘すぎるんだよ」
ジローと言い合いをすることで、既にが怒っていたことなど忘れてしまった跡部だった。
恋の花咲くこともある 2
2008/06/30
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