恋の花咲くこともある 3
は不機嫌だった。
だが、もともとが真面目な性格だ。
どんなに嫌でも、やらなければならないことには手を抜かない。
ただ一つ言わせてもらうなら、跡部景吾という男が大嫌いだ。
「じゃあ、次の学活でクラスの出し物を決めたらいいかな?」
跡部と共にクラス委員をしている女のコが笑顔満面で訊いてくる。
だが顔は完全に跡部の方を向いていて、に訊く気はないようだ。
「実行委員の意見も聞いてみたらどうだ?」
跡部はやる気なさそうに窓の外を見ながら言う。
そうねと、やっとクラス委員の女のコはの方を向いた。
「さん、それでいいわよね?」
よくないよと内心で溜息をつきつつ、はメガネを押し上げる。
チラリと跡部が視線を寄こしたのを感じた。
「一時間かけて希望の出し物を聞くのは時間の無駄だと思う
アンケートでも配布して希望をとっておけば候補を絞っておけるし、その分を他の話し合いに使えるんじゃない?」
「事前にアンケートとるの?なんか大変じゃない?」
「そう?紙一枚くばればいいだけだよ。ひとクラス分ぐらいの集計は難しくないでしょ」
クラス委員のコが困ったように跡部を見る。
跡部はというと笑いをかみ殺して肩を揺らしていた。
「跡部君、どうしたの?」
「いや、は忙しい人間だからな。まぁ、効率を求めるのは仕方ない」
「さん、忙しいの?塾?」
「まぁ・・・そんなとこ」
クラス委員のコの素直な質問に、跡部は我慢できないと笑いだす。
跡部はがバイトで忙しいのを知っていて言っているのだから始末が悪い。
不機嫌極まりなく跡部を睨みつければ更に彼を喜ばせるだけの結果となり、は酷く疲れた。
結局はの意見が通り、その日のうちにアンケート用紙が配られた。
二日後には用紙を回収して、希望を幾つかに絞る。
「喫茶店が多いね」
「そんなのどのクラスでもやってるだろう?つまらねぇな。俺なら・・・」
クラス委員の二人が話し合っている横で、はアンケート用紙を黙って見つめていた。
俺ならから始まって、跡部は自分が考えていた高級スイーツ店構想を語りはじめる。
いいわねぇと女子のクラス委員が可愛い声で相槌をうつのに、が口を挟んだ。
「跡部が勝手に決めたんじゃアンケートをとった意味がないじゃない
それに学園から支給される予算じゃどう考えても納まらない」
「足りない分は俺らで出せばいいだろう?どうせ後で回収できるんだからよ」
「学園祭はどのクラスも儲け除外の低価格で出すのが普通だよ?高価なものが本当に売れるか分からないじゃない」
「心配症な奴だな。余れば価格を下げればいい」
「価格を下げれば赤字が出るかもしれないよ?」
「お前、俺を誰だと思っている?俺様がいて赤字を出すようなことをさせると思うか?」
「跡部って、楽天的な人間だったんだ」
「はぁ?」
跡部とが睨み合いになり、もう一人のクラス委員は唖然とする。
この学園の女子で、こんな口を跡部にきくコは見たことがない。
「いいか、よく聞け。俺は何でも一番が好きなんだ
売上も客の入りもトップじゃなきゃ気がすまねぇ
そのために俺は自分ができることは何でもする。赤字なんか出すはずがない」
「私だってやるからにはトップを狙うよ。でもそれは跡部のためじゃない
これはクラスのための出し物であって、跡部のためのものじゃないんだよ?
決める時は皆で決める。準備も全て、皆が力を合わせて、皆の力で成功させる
跡部の学園祭じゃなくて、うちのクラスの学園祭なんだってこと忘れないで」
跡部が黙った。
同席しているクラス委員のコは恐ろしくて逃げ出したい気持ちになったが、は跡部から視線を逸らさない。
「ふん。なら、お前の考えとやらを聞かせてみろよ」
跡部は長い足を組み直し、顎をしゃくって見せる。
は真面目そうな銀縁メガネを押し上げると怯むことなく跡部を見据えて口を開いた。
学園祭のために充てられた時間、クラス内の話し合いは盛り上がっていた。
常ならば表に立って、皆を先導する跡部は椅子に座ったまま口を開かない。
実行委員であるだけが、あがってくる意見をまとめつつ話を進めていた。
既にクラスの出し物は多数決で喫茶店と決まっていいる。
あとは客を呼べて、さらに売り上げも伸ばすにはどうすればいいかに話が移っている。
「メイドさんがいいんじゃねぇ?」
「男子は嬉しいかもしれないけど、女子はねぇ」
「あ、でもメイド服って着てみたい気もする」
「ならさぁ、男子は執事服ってどう?」
「ご主人様、お嬢様ってウケそうじゃん」
「面白そう〜」
「でも衣装は?」
「レンタルって高いかな」
ワイワイと教室内から弾んだ声があがる。
跡部は複雑な気持ちで話し合いの推移を見守っていた。
今まで自分が前に立ち何かを決める時、こんなにも積極的な意見が出たことはない。
クラスメイト達は跡部の提案を待つというのが常で、それにイラついたこともあったが
私立の進学校だからこそ学園の行事になど積極的に参加する気にはなれないのだろうと理解していた。
それならば自分がやるしかないと多くを独断で進め、それにクラスメイト達が従ってくるのが当たり前になっていたのに。
いま、目の前では楽しそうにアイデアを出し合うクラスメイト達の笑顔があった。
自分なら人を呼べる、物も手配できるし、資金だって出せる。
だからこそ失敗するはずもないと思っていたが、それでは駄目なのだとが言う。
その意味が少し分かった。
「メイド服や執事服なら用意できるぜ」
跡部が声を上げれば、一斉にクラスの視線が集まった。
その瞳が期待に満ちていることに跡部は苦笑する。
「うちの使用人たちが着ている服で良ければだがな。
ただ・・どれだけの枚数が揃えられるかは訊いてみないと分からねぇが、まぁ大丈夫だろ」
家の中にメイド服や執事服を着た使用人が何人もいるのかと今更ながら跡部家の財力に呆れる。
だが使えるものは跡部も使えだとは思う。
クラスのために使うのならば、それは跡部だけの学園祭ではないはずだ。
「それってタダ?」
間髪入れずに質問してくるに、跡部はニヤッと笑ってみせる。
「もちろん無料で貸すが・・・実行委員が責任を持って返してくれよ」
「それは返すけど」
「汚したら洗濯だぞ」
「い・・いいわよ」
「ふん。なら、いいぜ」
嫌な予感はするが気を取り直してクラスメイトを振り返る。
「ということで、衣装は調達できそうです。
じゃあ、うちのクラスは執事&メイドカフェでいいですか?」
大きな拍手と笑い声があがる。
跡部も小さく息を吐き、ゆっくりと拍手した。
それから後も盛り上がったクラスからはアイデアが次々と出てきて、一日で大まかなことは決まってしまった。
カフェではジャンケンゲームをするんだとか、カフェオレやホットケーキにはハートを描いて出そうと面白いアイデアが出た。
予算的にも学園から与えられる金額で十分に賄えそうだ。
それから直ぐに学園祭の準備に取り掛かることになった。
は自分が使える時間の全てを学園祭に使う覚悟を決めて、連日黙々と作業を続けていた。
今回はクラスメイトのノリもよく協力的とはいえ、そう毎日遅くまで残して使うわけにもいかない。
学園祭の二、三日前には皆に全面協力してもらうとしても、それまでは自分でやれるだけの準備をしておくつもりだった。
跡部は部活が終わったその足で教室に向かっていた。
明かりのついた教室には誰かが残っているということだ。
覗いた教室には思った通りの人物がいて、ヘッドフォンに手をあてて何かを聴いている。
跡部は後ろから彼女に近づくと片方のヘッドフォンを軽く持ち上げて声をかけた。
「お前・・・こんな遅くまで残ってていいのか?」
耳元に囁かれたが途端に立ち上がるから、跡部の方が驚いた。
勢いで外れたヘッドフォンが床に落ち、そこからは軽やかなジャズが流れてくる。
目を見開いて振り返ったは耳元を押さえ、跡部を認識すると眉を寄せて文句を言った。
「な、なにするのよ、びっくりしたじゃない!」
「いや。俺もそんなに驚くと思わなかったから、びっくりしたぜ」
「後ろから突然耳元に囁かれたら驚くに決まってるでしょう?
なんか無駄にイイ声して、信じられない!」
「へぇ。なんだ、俺の声に感じたか?」
唇の端を上げて言った跡部に、すぐさまファイルが飛んできた。
それを難なく受け止め、跡部は声を上げて笑いだす。
は怒りが治まらないというふうで視線を逸らすとヘッドフォンを拾って帰り支度を始めた。
机の上に広げられた数枚のCDに目をやり、跡部は一枚を手に取る。
「返してよ、音楽の先生からの借り物なんだから」
取り返そうとするの手を逃れ、跡部はCDを頭の上に持ちあげ眺める。
小柄な自分を小馬鹿にした跡部の態度に、が文句を重ねようとした時だ。
「このシリーズなら俺も持ってるぜ?
店の中に流すのなら、これの次に出したアルバムの方が合う気がする」
なにを説明したわけでもないのに、跡部はのしていたことが分かっていたらしい。
「・・・こっちのクラシックとも悩んでるの」
「ああ、これも悪くはないが落ち着きすぎかもな。ただこれをアレンジして軽くしたのがあるぜ?
貸してやるから聴いてみろよ。このシリーズのCDも持ってきてやる」
戸惑いながら頷いたに、手にしていたCDを跡部は返した。
「私・・・あんまりこういうの聴かないから。その・・・助かります」
礼を言うのが気まずいのか、最後は丁寧な言葉になっているが可笑しい。
跡部は小さく笑うと「家まで送ってやろうか」と言ってみた。
なのに「それは結構です」と速攻でに返されて、また笑った。
本当に面白い女だと、そう思った。
恋の花咲くこともある 3
2008/07/06
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