恋の花咲くこともある 5












下手な同情はいらないだろう。
テキパキと指示を出し、仕事をこなしていく背中を見て跡部は思う。


憐れんだりしたら、きっと彼女は怒るだろう。
そして傷つくに違いない。


彼女はそういう女だと跡部は思った。





ちゃんさ。お昼、ちゃんと食べられた?」
「ちょっとだけね」



床に座り込んで看板の飾りつけをしているにクラスの子が心配そうに尋ねてきた。
いつの間にか自分のことを名字ではなく名前で呼んでくれるようになったクラスメイトが嬉しい。
自然と笑顔になって話していたら、頭の上から何かが落ちてきた。
作りかけの看板の上にポップな丸い包みが転がる。
見たかんじ大玉のアメのようだ。


振り仰げば素っ気ない表情をした跡部がを見下ろしていた。



「なにコレ」
「貰いもんだが、食わねぇからやるよ」


「別にいらないけど」
「タダなんだから貰っときゃいいだろ?」


「貰ったのは私じゃないし悪いよ」
「俺がいらねぇんだから、悪くないだろ?」



これは男のコが買うようなアメじゃない。
女子中高生に人気の雑貨屋で売られているアメだということぐらい、だった知っている。



「悪いのは跡部にじゃなくて、それを渡したコに・・・」



意味の分かってない男だと呆れて文句を言おうとしたら、の意志に反してお腹がグウッと鳴った。
ゲッと思った時には、跡部が容赦なくゲラゲラと笑い始める。



「お前の腹は欲しいって言ってるぜ」
「・・・それでもイラナイ」



またしてもお腹が鳴ったが、無視。
実を言うと朝も色々と忙しく食べていなかっただ。



「お前、呆れるぐらい強情だな」


「だって、それ女のコから貰ったんじゃないの?
 跡部に食べて欲しくて渡したものを私が貰うわけにはいかないよ」



一瞬は意味が分かっていない顔をした跡部だったが、直ぐに片眉をあげて意地悪そうに笑った。
こういう笑い顔を見せる時はロクなことがないと最近分かりはじめたは身構える。



するとやっぱり・・・



「なんだ。妬いてるのか?」
「はぁ?」



なにをどう解釈すれば、そうなる?



言い返すのも馬鹿らしいと、はアメの存在を無視して看板作りを再開した。
またお腹が鳴るから、後でジュースぐらいは買ってこようと心に決める。


しかし跡部は気分を害するふうでもなく声を立てて笑うと、自分の落としたアメを拾う。
そしての前には、アメに変わって紙パックのロイヤルミルクティーが置かれた。


ハッとして顔を上げたが、既に跡部はに背を向けている。
僅かに向けられた横顔に笑みをのせ、跡部はさっきのアメを口の中に放り込んだ。



「それは俺様が買ったヤツだ」
「跡部が飲もうと思って買ったんでしょう?貰えないよ」



紙パックを手に立ち上がると頬をアメで膨らませた跡部が振り返る。



「誰がタダと言った?」
「ええ?」


「あとで百円返せよ」



ひらひらと手を振って、もう次の指示を男子たちに出している跡部には言葉も出ない。



みょうに負けた気がして悔しかった。
悔しいがお腹も空いているし、意識すれば喉も乾いていた。
背に腹はかえられないと紙パックにストローを差し、勢いよく口に含めば恐ろしいほどの甘さが口に広がる。
砂糖を山ほど溶かしたようなロイヤルミルクティーは確かに血糖値が上がりそうだ。



「こんな甘いものを跡部は飲んでるわけ?」



呟いてパッケージを眺めていたら、隣から跡部とのやり取りを見ていたクラスメイトが意外なことを言い出した。



「それ・・・跡部君は嫌いだと思うよ?」
「え?なんで?」


「跡部君って、紅茶通でしょ?
 だから紅茶は紙や缶に入れて飲むもんじゃないって、そんなの買ったの見たことないよ」


「じゃあ、また誰かからの貰いもの?」



貰いものなのに百円とるのか、御曹司のくせに。



「それはないと思うなぁ
 跡部君がそういうの嫌いっていうのは、ファンのコなら絶対に知ってるよ」



ファンでもないので、は跡部の嗜好など知らない。
跡部になど興味はなかったのに、あの夜にコンビニで会ってしまったばかりに関わり合うことになってしまった。



「じゃあ・・・これ、どうしたんだろう?」


「さぁ?でもいいなぁ、跡部君から貰えて」
「なら譲ろうか?ちょっと飲んじゃったけど」



いいよ、いいよとクラスメイトが遠慮する。
目の前でお腹を空かせているから取り上げるのは、さすがに気が引けるのだろう。



「でもね。跡部君って、受け取ってはくれるけど、女のコに物をあげたりは絶対にしないんだよ?」
「貰うだけ貰って、人にはあげないの?ケチね」


「違うって。誰かに物をあげたりしたら、皆が跡部君から欲しくなるじゃない?
 あれだけ人気のある人だからねぇ。そんなところは徹底してる
 だから跡部君から紙パック一個でも貰えるなんて、すっごい珍しいコトなんだって」



興奮ぎみに話すクラスメイトの話を聞きながら、は前に貰ったペットボトルのジュースを思い浮かべていた。
あれも実は貴重なモノだったのだろうか。
あの時も彼は自分では口にしそうにもないジュースを差し出してきた。



まさか私のために。
なんてありえないって!



僅かながらも想像してしまった自分が恥ずかしくて顔が熱くなった。



「なんか今日は暑いね」
「そう?ちゃん、いっぱい働いてるからだよ」



苦笑いを浮かべ、さりげなく窓際に立つ跡部を見た。
整った顔の彼が真剣な目でファイルの文字を追いながら指示を出している。
低いのに甘さを含んだ彼の声は悪くない。


は少しだけ跡部に憧れる女のコたちの気持ちが分かった気がした。










部活を早めに切り上げ、学園祭の準備をしている教室へと戻るのが最近の跡部だ。
テニス部のレギュラージャージのままで教室に足を踏み入れれば、既に残っている生徒は僅かになっていた。



「跡部」



呼ばれて振り向けば、鼻先に紙パックのロイヤルミルクティーが突き付けられた。
思わず仰け反り、かなり目線が下にあるが精一杯に手を伸ばしている姿に笑ってしまう。



「なんだ、コレ」
「昼間に貰ったヤツを返す。もちろん新しいのだからね」


「俺は百円と言ったはずだぜ」
「やっぱり現物を返した方がいいかなと思って」



百円を返しても良かったのだが、自販機の前で自分のジュースを買っていたら気が変わった。


物には物かな、と。
彼が好きではないらしいロイヤルミルクティーを返すのは、ちょっとした嫌がらせとも言える。



「はい、さっきは御馳走様」
「そんな甘ったるそうなもの飲めるかよ」



眉を寄せて本気で嫌そうな顔を見せた跡部に、は『あら、本当だったんだ』と少し驚いた。



「やっぱりアレも貰いものだった?私、飲んじゃったよ」
「貰いものじゃねぇよ」


「だって」



言いかけて、昼間に頭をよぎって赤面した考えが再び浮かぶ。
それを先読みしたかのように、ロイヤルミルクティーを軽く手で払った跡部が顔をそむけて言った。



「お前の好みなんか知らねぇからな。とにかく甘そうなヤツにしたんだよ」
「私に・・・」


「お前、昼飯だってろくに食えてなかっただろ?空腹で倒れられても迷惑だしな」



いつの間に見ていたのだろうと思う。
昼に食べようと思っていたオニギリは、一口食べたところで人に呼ばれてそのままになっている。
手のうちにあるロイヤルミルクティーを胸の前で握りしめ、は不思議な気持ちで跡部を見上げていた。



「あと、ほらよ」



跡部がジャージのポケットに手を突っ込み、何か出してきた。
マメのある大きな手のひらに載せられているのは一口大のチョコの包みだ。
出されたチョコの包みよりも、同年代の男子が持つ長い指と大きな手のひらには戸惑う。



「これも貰いものだが、ジローがくれたんだ
 アイツは人に物をあげるのが趣味みたいな奴だから、お前が食っても文句はないだろうぜ」



食えよと急かす様に揺らされるチョコが跡部の手のひらで転がった。
急に鼓動が速くなるのを感じては焦る。赤面だけはしたくないと思えば、よけいに熱くなる気がした。



「な、なんか餌付けされてる気分なんだけど」



誤魔化す様な言葉を投げれば、ああ・・それいいかもなと跡部が答える。
なにソレと、いつものように言い返そうとしただったが、続く跡部の言葉に今度こそ顔が赤くなるのを止められなかった。



「わりとお前のことは気に入ってるからな」



顔にも頭にも血が昇ったは、咄嗟に持っていたロイヤルミルクティーを跡部の胸に押し付けた。
そして突然の行動に怯んだ跡部の手のひらから落ちたチョコも拾い、ついでだとばかりに彼の手に押し付けて返す。



「い、いらないから!」
「いらなっいて、おいっ」



跡部の言葉など聞かずに、俯き加減のは素早く身をひるがえして教室を出ていってしまった。
残された跡部は押し付けられた紙パックとチョコを手に溜息をつく。
溜息はついたが、その顔には嫌味ではない笑みが浮かんでいる。



「そんな反応されると、こっちも困るんだがな」



呟きは誰にも聞かれていない。
ただ珍しく甘ったるいロイヤルミルクティーを飲んでいる跡部を見たと、後で噂になったぐらいだった。





















恋の花咲くこともある 5  

2008/07/12




















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